婚約破棄されたので、心置きなく殿下×騎士を推します!

パリパリかぷちーの

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カリカリカリカリッ!!

静寂に包まれた「執筆室」に、私のペンの音だけが響き渡る。

「……乗ってる。今の私、神懸かってるわ!」

私はインクをつけ直し、羊皮紙に猛スピードで文字を刻み込んでいた。

キース閣下からこの部屋をプレゼントされて一週間。

私の創作意欲は、かつてないほどの高まりを見せていた。

今回の新作。

タイトルは『氷の貴公子は、捕らえた小鳥を逃がさない』。

あらすじはこうだ。

冷徹無比で「氷」と恐れられる公爵が、ある日、敵国のスパイである青年騎士を捕らえる。
拷問(という名の甘い尋問)を繰り返すうちに、公爵の歪んだ独占欲が騎士に向けられ、騎士もまた、公爵の不器用な愛に堕ちていく……。

「ふふふ……この公爵のモデル、完全に『あの人』だけどね」

私はニヤリと笑った。

眼鏡。冷徹。仕事中毒。そして異常な独占欲。

書けば書くほど、キース閣下そのものになっていく。

(でも、フィクションだから許されるわよね! それに、この『攻め様』の格好良さを世に広めるのは、私の使命だわ!)

「できました……! 脱稿です!」

最後の一文『俺の檻の中で、一生さえずっていろ』を書き終え、私はペンを置いた。

達成感で震える。

コンコン。

タイミングよく、控えめなノックの音がした。

「どうぞ、開いてますよ」

「失礼しますぅ~」

ドアから顔を出したのは、ふわふわピンクドレスのミシェル嬢だ。

彼女は今や、私の「一番弟子」兼「テスト読者」として、この聖域への出入りを許可されていた(※閣下の渋々とした許可済み)。

「アイビーお姉様! 新作、できたんですか!?」

「ええ、今しがたね。インクが乾いたばかりのホカホカよ」

私はドヤ顔で原稿の束を差し出した。

「さあ、読みなさいミシェル。そして率直な感想を聞かせてちょうだい」

「はいっ! 楽しみですぅ!」

ミシェル嬢はソファに座り、恭しく原稿を受け取った。

彼女が読み始める。

私は固唾を呑んで見守る。

最初の数ページ。ミシェル嬢の表情は真剣だ。

中盤。彼女の頬が赤く染まり始める。

「……あっ、この公爵様、意地悪ですぅ……騎士様の手首をネクタイで縛るなんて……」

「それは『束縛』のメタファーよ。逃がしたくないという愛の深さなの」

「なるほどぉ……」

そして終盤。

ミシェル嬢の目が潤み始めた。

「……うっ……ううっ……」

「ミシェル?」

「素晴らしいです、お姉様ぁぁぁ!」

ミシェル嬢は号泣しながら顔を上げた。

「この公爵様、愛が重い! 重すぎて地球の引力が変わっちゃいそうです! でも、そこが素敵!」

「でしょ!? この重さこそがスパイスなのよ!」

「はい! 騎士様も『酷い男だ』とか言いながら、結局公爵様から離れられない……これはもう、運命(デスティニー)ですね!」

ミシェル嬢はハンカチで鼻をかんだ。

「それにしてもお姉様。この公爵様……なんだか義兄様(キース閣下)に似てません?」

ギクリ。

「き、気のせいよ。これはあくまで架空のキャラクターで……」

「特にこの『仕事の邪魔だ、膝に乗れ』ってセリフとか、義兄様がよく言ってそう!」

「……ええ、まあ、取材の成果というか、なんというか」

私は冷や汗を拭った。

バレてる。天然娘の直感、恐るべし。

「でも、義兄様がモデルなら納得ですぅ。あの方、怒らせると怖いですけど、身内には甘々ですから」

ミシェル嬢はニコニコしながら言った。

「私、この作品大好きです! 特にラストシーンの『檻の中でさえずっていろ』ってセリフ、プロポーズみたいでキュンとしました!」

「ふふ、ありがとう。ミシェルにそう言ってもらえて自信がついたわ」

私たちは手を取り合って、新作の完成を祝った。

「じゃあ、次はこれを清書して、裏ルートで製本業者に……」

ガチャリ。

その時、施錠していたはずのドアが開く音がした。

「……何の製本だと?」

「ヒッ!?」

そこに立っていたのは、モデル本人――キース閣下だった。

手には合鍵が握られている。

「あ、義兄様! こんにちは~!」

ミシェル嬢が無邪気に手を振る。

私は原稿を背中に隠そうとしたが、遅かった。

「……貸せ」

「い、嫌です! まだ推敲が!」

「検閲だと言ったはずだ」

閣下は長い腕を伸ばし、私の手から原稿をひったくった。

終わった。

私の命運が尽きた。

この中には、閣下をモデルにしたキャラが、あんなことやこんなこと(R15スレスレ)をする描写が満載なのだ。

閣下は立ったまま、パラパラとページをめくる。

執筆室に、紙が擦れる音だけが響く。

ミシェル嬢は「義兄様も読みたいんですね!」とニコニコしているが、私は生きた心地がしない。

(怒られる……絶対怒られる……『私をこんな変態扱いするな』って……)

数分後。

閣下が読むのをやめた。

そして、ゆっくりと眼鏡の位置を直した。

「……アイビー」

「は、はいっ!」

私は直立不動で返事をした。

「……この公爵のセリフ。『黙って口を開け』というのは、少々品がないな」

「へ?」

「私ならこう言う。『……ねだるなら、声に出して言ってみろ』とな」

「……は?」

私は目を丸くした。

怒るポイント、そこ?

「それと、拘束具にネクタイを使うのは強度が不安だ。私の執務室には、護身用の魔法紐が常備してある。リアリティを追求するならそちらを使え」

「……閣下?」

キース閣下は、真顔で赤ペン(どこから出した?)を取り出し、私の原稿にサラサラと修正を入れ始めた。

「あと、この騎士の抵抗が弱すぎる。もっと嫌がらせて、それを無理やり屈服させる過程を描写しろ。その方がカタルシスがある」

「……あの、閣下? もしかして、ノリノリですか?」

「黙れ。……自分がモデルにされた以上、中途半端な作品が出回るのは我慢ならんだけだ」

閣下は原稿を私に突き返した。

その耳が、ほんのりと赤い。

「……修正して再提出しろ。合格なら、製本費用は私が出してやる」

「!!」

神だ。

この男、やはり神か、あるいは極上の変態だ。

「ありがとうございます! 直します! 閣下の監修付きなんて、プレミアがつきます!」

「誰にも売るなよ。……私とミシェルだけの秘密だ」

「えーっ」

「当然だ。私の恥ずかしい性癖(創作だが)が漏洩したら、国が傾く」

閣下は呆れたように溜息をつき、それから私を見て、ふっと優しく笑った。

「……だが、悪くなかったぞ。『愛が重い』という解釈は、否定しない」

「……っ」

その一言に、私は胸がキュンとなった。

「ご馳走様ですぅ~!」

ミシェル嬢が両手で顔を覆って叫ぶ。

「もう! 二人ともイチャイチャして! 私の目の前で『リアル新作発表会』はやめてください!」

「い、イチャイチャなんてしてません!」

「してたわよお姉様! 顔真っ赤です!」

私は熱くなった頬を押さえた。

私の書いた小説よりも、現実の恋人(閣下)の方が、何倍も甘くて刺激的だなんて。

作家としては複雑だけれど、女としては……うん、悪くない。

「さあ、修正作業だ。アイビー、私の膝に乗れ。直接指導してやる」

「えっ、今ここで!?」

「ミシェル、お前は帰れ」

「はーい! お邪魔しましたぁ!」

ミシェル嬢が嵐のように去っていく。

残された私と閣下。

そして、赤ペンだらけの原稿。

「……覚悟はいいか? 私の『愛の重さ』、文字通り教えてやる」

こうして、私の新作発表会は、キース閣下による「マンツーマン執筆指導(という名のイチャイチャ)」へと移行していくのだった。
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