婚約破棄されたので、心置きなく殿下×騎士を推します!

パリパリかぷちーの

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「……署名はここでいいか?」

「はい。震えてますよ、アイビー」

「だ、だって……こんな契約書、見たことありませんから!」

王城の宰相執務室。

私は今、人生の岐路に立たされていた。

目の前には、最高級の羊皮紙に記された『婚約契約書』。

そして、それを突きつけているのは、私の恋人であり、この国の宰相であるキース閣下だ。

「一度目の婚約(エリックとの時)は、親同士が決めた口約束のようなものだっただろう。だが今回は違う」

閣下は腕を組み、真剣な眼差しで私を見下ろす。

「これは『政治的契約』であり、同時に『終身独占契約』だ。……内容は確認したな?」

「は、はい。確認しましたが……」

私は契約書の条文に目を落とした。

第1条:甲(キース)は乙(アイビー)を生涯の伴侶とし、その身の安全と幸福を保障する。

第2条:乙は甲に対し、誠実な愛を捧げ、他の異性に目移りしないこと(※推し活は除く)。

ここまではいい。

問題は、追記された第3条以降だ。

第3条:乙は甲に対し、週に一度『エリック王太子および近衛騎士ルーカスの観察日記』を提出すること。

第4条:甲は提出された日記を検閲し、国家の安寧に関わる記述(過激な性描写等)があった場合は、これを修正・没収する権利を持つ。

第5条:乙が創作活動に行き詰まった際、甲は可能な限りその取材に協力する(膝枕、壁ドン等の実演を含む)。

「……閣下。この第3条はどういう意図ですか?」

私は恐る恐る尋ねた。

「日記の提出って……監視ですか?」

「共有だ」

閣下は涼しい顔で答えた。

「共有……?」

「お前は放っておくと、すぐに暴走して危険な場所に飛び込むからな(例:隣国の陰謀事件)。だから、お前が普段何を考え、どこを見ているのか、私が把握しておく必要がある」

「なるほど、リスク管理ですね」

「それと」

閣下は少し視線を逸らし、咳払いをした。

「……お前の視点を通して見るエリックたちは、少々……興味深い」

「はい?」

「お前の日記を読むと、エリックの精神状態や、ルーカスの苦労が手に取るように分かる。……宰相として、彼らを管理する上で参考になるのだ」

私はジト目で閣下を見た。

「……閣下。本音は?」

「…………」

閣下は眼鏡の位置を直した。

「……お前が夜な夜なニヤニヤしながら書いている内容が、単純に気になっただけだ」

「素直じゃない!」

私は吹き出した。

つまり、閣下も私の「腐ったフィルター」を通して見る世界を、少しだけ面白がってくれているのだ。

「いいでしょう! この条件、謹んでお受けします!」

私は羽ペンを取り、サイン欄にサラサラと署名した。

『アイビー・ローズブレイド』

その名前を書くのも、これが最後かもしれない。

結婚すれば、私は『アイビー・クリフォード』になるのだから。

「……書き終わりました」

「うむ」

閣下は契約書を取り上げ、満足げに確認すると、それを厳重な金庫へとしまった。

「これで逃げられないぞ」

「逃げませんよ。……こんな変な条件を出す婚約者、世界に閣下だけですから」

私が笑うと、閣下もフッと口角を上げた。

そして、私の左手を取り、改めて薬指の指輪に口づけを落とした。

「……愛している、アイビー」

「私もです、キース様」

甘い空気が流れる。

このまま感動のキスへ……という流れかと思った、その時。

コンコン。

無粋なノックの音がした。

「兄上ー! 入っていい?」

「失礼します、閣下」

返事も待たずにドアが開く。

現れたのは、エリック殿下とルーカス様だった。

「チッ……」

閣下が露骨に舌打ちをする。

「……なんだ、エリック。私は今、人生で最も重要な『契約』を締結した直後なのだが」

「え? 契約? また隣国との条約改正?」

殿下はキョトンとしている。

「まあいいや。それより兄上、アイビー! 結婚式の招待状リストについて相談があるんだ!」

「結婚式?」

私が首を傾げると、殿下は満面の笑みで言った。

「僕とミシェルの結婚式だよ! やっと日取りが決まったんだ!」

「おおっ!」

私は思わず拍手した。

「おめでとうございます殿下! ついに身を固めるのですね!」

「ああ。ミシェルも『アイビーお姉様を一番良い席に!』って張り切ってるんだ。……で、相談なんだけど」

殿下は一枚の紙を広げた。

「披露宴の余興で、僕とルーカスで『愛の共同作業』をしたいんだけど、何がいいかな?」

「ブフォッ!」

私は咳き込んだ。

「あ、愛の共同作業……? 新郎新婦ではなく、主従で?」

「うん。ミシェルが『それが一番盛り上がります!』って言うから」

(ミシェル様……あなたって子は、本当に優秀なプロデューサーね!)

私は感動で震えた。

自分の結婚式を、推しカプの晴れ舞台にしてしまうなんて。

その自己犠牲の精神(?)、見習いたい。

「いいですね! では、ケーキ入刀ならぬ『魔物討伐演武』などいかがでしょう? 二人の息の合った剣技を見せつけるのです!」

「なるほど! それならルーカスの格好良さもアピールできるね!」

殿下と私が盛り上がっていると、背後から冷気が漂ってきた。

「……おい」

キース閣下だ。

「私の婚約者が、目の前で他の男の結婚式に熱狂しているのだが」

「あ、すみません閣下」

私は慌てて振り返る。

「でも、これはビジネスチャンスです! 殿下の結婚式で『萌え』を提供できれば、国民の支持率も爆上がりですよ!」

「……お前の思考回路は、本当に国益(と私利私欲)に直結しているな」

閣下は呆れつつも、諦めたように溜息をついた。

「いいだろう。……だがアイビー、忘れるなよ」

「はい?」

閣下は私の腰を引き寄せ、殿下たちの前で見せつけるように抱きしめた。

「エリックたちの式の次は……『私たち』の番だ」

「えっ」

「私の結婚式だ。……地味になどさせんぞ。国中が驚くほど盛大に、そしてお前が私のものだと世界中に知らしめる式にする」

「ひぃぃっ! 公開処刑!?」

「公開『愛妻』宣言だ」

閣下はニヤリと笑った。

エリック殿下が「うわぁ、兄上がデレた」と引き、ルーカス様が「お幸せそうで何よりです」と微笑んでいる。

私の二度目の婚約。

それは、一度目よりも遥かに刺激的で、重たくて、そして最高に幸せな未来への約束だった。

「……覚悟しておきます、閣下」

私は赤面しながら、その胸に顔を埋めた。

さあ、忙しくなるぞ。

殿下の結婚式のプロデュースと、自分の結婚式の準備。

そして何より、今日から始まる『観察日記』の執筆。

悪役令嬢アイビーの毎日は、これからもネタと愛に溢れているのだから!
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