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一章
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「ヘンリーは、部屋でちゃんと眠ってる?」
ハーフターム休暇の初日、自宅に向かうリムジンの中で、デヴィッド・ラザフォードは唐突に杜月飛鳥に尋ねた。
「昨夜は夕飯も食べずに爆睡してたよ。僕も寝ちゃってて、気づいたら夜中だった。二人してお腹が空いて堪らなくて、ちょうど日本から送ってもらっていたおかきを一緒に食べたんだ」
「おかき! おせんべい! 日本のお菓子だね! いいなぁ、僕も食べたかったよ!」
デヴィッドは、大きなヘーゼルの瞳をまん丸くして小さくため息をつく。
「お土産に持ってきているよ」
飛鳥がにっこり笑って告げると、デヴィッドは「ワオ!」と、奇声を上げて喜んだ。
ヘンリーの友達といっても、デヴィッドはずいぶんタイプが違うようだった。子どもっぽくて憎めない。常に冷静沈着、あまり感情をおもてに出さないヘンリーと正反対だ。車内ではしゃぐ彼の無邪気さを、飛鳥は作り物ではない自然な笑みを浮かべて眺めている。
「じゃ、ヘンリーとは上手くいっているんだね。良かったぁ。ずっと心配していたんだ。きみはどうみてもヘンリーを襲うようには見えないし、杞憂だとは判っているんだけどね。なんといっても、ヘンリーだから」
デヴィッドは心から安心した様子で、喋り始める。
「彼、他人と同じ部屋じゃ、怖くて眠れないんだ。寝ている間に何されるかわかったものじゃないだろ? そのくせ不眠が続くと、今度は誰かがそばにいないと眠れなくなるんだ。もう、心配で心配で、こんな所までついてきちゃったよ。ほら、土日とか、いないこと多かっただろ? 彼は、僕の部屋か、エドの部屋に泊まってるんだ」
飛鳥はいきなりこんな話を聞かされて、何と答えていいのか皆目見当がつかない。
「きみ、ヘンリーのこと好き?」
デヴィッドはまたしても、答えにくい質問を直球で投げてくる。
「好きっていうか、感謝してるかな。いろいろ助けてもらってるし」
「ああ、やっぱりきみは合格だよ!」
デヴィッドは困惑している飛鳥の様子など気にも留めず、その手を握るとぶんぶんと振った。
「ヘンリーに好きって言っちゃ駄目だよ。彼がもっとも嫌がる言葉だからね」
「きみは、ヘンリーのこと好きじゃないの?」
「好きだよ。当然じゃないか! 僕と、エドと、アーニーは特別さ。僕たちは、家族以上に長い時間を一緒に過ごしてきているんだもの!」
デヴィッドは自信満々に胸を張って答える。
飛鳥にはますます訳がわからない。
でも取りあえず、デヴィッドは飛鳥を認めてくれているようだ。学校の冷たいクラスメイトたちと比べると格段にフレンドリーなデヴィッドに、飛鳥は胸を撫で下ろしていた。
そうか、だからヘンリーは昨日のうちに彼に紹介してくれたんだ。僕が、敵じゃないって示すために。
飛鳥は、昨日紹介されたヘンリーの友人たちを思い返した。あのうかつに近寄れない一団の独特の雰囲気、そして、その輪の中心にヘンリーがいたことを。
デヴィッドは唐突にヘンリーの話を始めたように、今度は唐突に話を打ち切ってゲームの話題に移っている。
違う、そうじゃない――。デヴィッドは、飛鳥の気持を知りたいわけではない。
これは牽制と警告。
俺たちのヘンリーに何かしたら、ただじゃ済まないぞ、て意味だ。
なんて、回りくどい。
やっぱりアーネストの弟だ。英国人にしては童顔の、こんなにかわいらしい顔をしているのに。
類友だ……。さすが、ヘンリーの友人。
天啓を得たように突然そう思いいたり、飛鳥は小さく首を振る。そして、ここは英国なんだな、としみじみと実感せずにはいられなかった。
ハーフターム休暇の初日、自宅に向かうリムジンの中で、デヴィッド・ラザフォードは唐突に杜月飛鳥に尋ねた。
「昨夜は夕飯も食べずに爆睡してたよ。僕も寝ちゃってて、気づいたら夜中だった。二人してお腹が空いて堪らなくて、ちょうど日本から送ってもらっていたおかきを一緒に食べたんだ」
「おかき! おせんべい! 日本のお菓子だね! いいなぁ、僕も食べたかったよ!」
デヴィッドは、大きなヘーゼルの瞳をまん丸くして小さくため息をつく。
「お土産に持ってきているよ」
飛鳥がにっこり笑って告げると、デヴィッドは「ワオ!」と、奇声を上げて喜んだ。
ヘンリーの友達といっても、デヴィッドはずいぶんタイプが違うようだった。子どもっぽくて憎めない。常に冷静沈着、あまり感情をおもてに出さないヘンリーと正反対だ。車内ではしゃぐ彼の無邪気さを、飛鳥は作り物ではない自然な笑みを浮かべて眺めている。
「じゃ、ヘンリーとは上手くいっているんだね。良かったぁ。ずっと心配していたんだ。きみはどうみてもヘンリーを襲うようには見えないし、杞憂だとは判っているんだけどね。なんといっても、ヘンリーだから」
デヴィッドは心から安心した様子で、喋り始める。
「彼、他人と同じ部屋じゃ、怖くて眠れないんだ。寝ている間に何されるかわかったものじゃないだろ? そのくせ不眠が続くと、今度は誰かがそばにいないと眠れなくなるんだ。もう、心配で心配で、こんな所までついてきちゃったよ。ほら、土日とか、いないこと多かっただろ? 彼は、僕の部屋か、エドの部屋に泊まってるんだ」
飛鳥はいきなりこんな話を聞かされて、何と答えていいのか皆目見当がつかない。
「きみ、ヘンリーのこと好き?」
デヴィッドはまたしても、答えにくい質問を直球で投げてくる。
「好きっていうか、感謝してるかな。いろいろ助けてもらってるし」
「ああ、やっぱりきみは合格だよ!」
デヴィッドは困惑している飛鳥の様子など気にも留めず、その手を握るとぶんぶんと振った。
「ヘンリーに好きって言っちゃ駄目だよ。彼がもっとも嫌がる言葉だからね」
「きみは、ヘンリーのこと好きじゃないの?」
「好きだよ。当然じゃないか! 僕と、エドと、アーニーは特別さ。僕たちは、家族以上に長い時間を一緒に過ごしてきているんだもの!」
デヴィッドは自信満々に胸を張って答える。
飛鳥にはますます訳がわからない。
でも取りあえず、デヴィッドは飛鳥を認めてくれているようだ。学校の冷たいクラスメイトたちと比べると格段にフレンドリーなデヴィッドに、飛鳥は胸を撫で下ろしていた。
そうか、だからヘンリーは昨日のうちに彼に紹介してくれたんだ。僕が、敵じゃないって示すために。
飛鳥は、昨日紹介されたヘンリーの友人たちを思い返した。あのうかつに近寄れない一団の独特の雰囲気、そして、その輪の中心にヘンリーがいたことを。
デヴィッドは唐突にヘンリーの話を始めたように、今度は唐突に話を打ち切ってゲームの話題に移っている。
違う、そうじゃない――。デヴィッドは、飛鳥の気持を知りたいわけではない。
これは牽制と警告。
俺たちのヘンリーに何かしたら、ただじゃ済まないぞ、て意味だ。
なんて、回りくどい。
やっぱりアーネストの弟だ。英国人にしては童顔の、こんなにかわいらしい顔をしているのに。
類友だ……。さすが、ヘンリーの友人。
天啓を得たように突然そう思いいたり、飛鳥は小さく首を振る。そして、ここは英国なんだな、としみじみと実感せずにはいられなかった。
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