山奥の神社に棲むサラマンダーに出逢ったので、もう少し生きてみようかと決めた僕と彼の話

萩尾雅縁

文字の大きさ
10 / 12

10.道 その1

しおりを挟む
 日が高く昇ってから訪れた滝壺は、水煙に緩く霞む、静かで美しい、どこか神聖さを感じさせる場所だった。
 夜に見たどこまでも続く暗闇、底へ底へと導いていく黄泉比良坂よもつひらさかの死のイメージなんか寄せつけないほどそれはきらきらしく、飛沫とともに降り注ぐ日の光を弾いている。

 でも、岸壁に立って、じっとこの深く透き通った碧を眺めていると、目眩がしそうになる。服のはしや、指の先っぽを引っ張られてでもいるように、平衡感覚が定まらなくなる。

「おい、こう、お前、揺れてるぞ。危なっかしい奴だな」

 頭上を旋回していたサラマンダーが、僕の髪をくいくいと引っ張る。シルフも真似をして首筋の髪を吹きあげる。僕は顔をしかめて頭を振った。

「ほら、見てみろ、道が開くぞ」

 宙に留まりじっと水面を睨めつける彼を横目に、目眩を起こさないように気をつけながら、深い水を湛える壺の壁面に似た内側に張りだす広い岩石の上に腰をおろした。ざらざらとした感触と石の冷たさが、ジーンズを通してしんしんと伝わってくる。

「あ!」

 僕は思わず大声をあげていた。ちょうど向かい合う岩場に生い茂る樹々の狭間から誰かが身を投げたのだ。白い着物を着た人が、あっと言う間に滝壺に吸いこまれ、大きな水飛沫が立ちあがる。

 あまりの出来事に、僕は蒼白なままぶるぶると震えるだけで身動ぎすることさえできなかった。

 また誰かが飛び降りた。きっちりと胸の前で手を合わせて。次々と行儀よく順番に並んで――。
 一人飛び降りる度に水飛沫があがる――、ように見えるだけだ。実際の水面は静まり返っている。轟轟と落ちる滝の流れ、風の揺らす葉擦れの音、虫の声、そんな囁くような音しか聞こえない静寂の中で、透き通る人が、透き通る飛沫をあげて水底に溶けていくのだ。何人も――。何人も――。

 魂が水に落ちる度、ウォータークラウンが水面に跳ねる。それは水の中を漂う彼女の額を飾る王冠のようで。その王冠めがけて飛び降りる魂たちの道標のようで。


 ここは、黄泉比良坂よもつひらさかの言い伝えのある、あの世とこの世の堺。


 この滝壺は黄泉の国へと繋がっている。僕はそう思っていた。けれどサラマンダーはその黄泉の国への道が、水の精霊ウンディーネの開けた穴のせいでできた別の『道』のせいで塞がれて、行き止まりになっているのだという。この滝壺に、魂が溜まりに溜まって膨れあがっているという。

 その新しくできた道のせいで、サラマンダーたちはここへ飛ばされてきたのだという。

「あの女は美味しい水の匂いを嗅ぎつけると、どこでもひょいひょい行きたがるんだ。おかげでこっちは大迷惑だ!」

 彼はまた、キィキィ怒り始めている。
 もう何度も聴いたって。
 ウンディーネがそうやって広げた気脈のせいで時空が捻じれ、本来あるべきでないところに道ができ、他の道を塞いだり繋いだりしてるってこと。


 飛び込み続ける魂たちから目を逸らし、あるべきではない道はどこにあるのか、と深い碧に目を凝らす。
「あれ、なんだろう?」
 水面を漂う木の葉のようなトランプに、見覚えがあった。
「見つけた! 捉まえろ、契約しろ、早く!」

 後ろから蹴り飛ばされたような衝撃で、僕の身体が浮きあがる。
 オレンジ色に輝いたかと思うと、滝壺に真っ逆さま!

 僕もとうとう、黄泉の国行きか!

 思わず手を組んで、お父さん、お母さん、お祖母ちゃん、ごめんなさい、と――。


 ザッバーン! 立ちあがる本物の飛沫。
 水色の竜巻が僕を包み、水面への衝突を和らげてくれている。だけど僕は透き通る碧の水底にぶくぶく沈んでいるのだ。頭上を覆う水面はきらきらの、ぼってりと歪みのある手作りガラスを通す光のようだ。

 僕は身体を捻り反転させた。視界のはしに見つけたゆらゆらと揺蕩うトランプに手を伸ばし、それを掴んだ。

 ハートのエースの札だ。

 と、そのトランプの向こうにゆらゆらと広がる街並みが見えた。
 水底からそびえ立つ尖塔、時計台、ゴシック様式の建物の数々に瞬きを忘れて見入ってしまう。

『ビッグ・ベン……』

 呟いた言葉が七色の泡になり昇っていく。
 僕の身体も引き戻されるように、水面に浮いていた。

「サラマンダー! この底に、ロンドンの街が沈んでいる!」

 ザバリ、と水から顔をあげるなり、僕はじっと成り行きを見守っていた彼に向かって叫んでいた。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」 魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。 ――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。 「ここ……どこ?」 現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。 救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。 「ほら、食え」 「……いいの?」 焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。 行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。 旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。 「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」 「ウチの子は天才か!?」 ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。 これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。 ※若干の百合風味を含みます。

甲斐性無し王子と共働き聖女

あんど もあ
ファンタジー
国で唯一の聖女のルーナは18歳のお年頃。いい加減に寿退職したいのだが、そうはさせまいと国王は第二王子とルーナの婚約を決める。 「なぜ王子の私が平民の聖女などと!」 「王子様と結婚しても聖女を続けないといけないの? 王子って、共働きしないといけないくらい甲斐性無しなの?!」 さて、すれ違ってる二人は結ばれるのか……。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

新緑の光と約束~精霊の愛し子と守護者~

依羽
ファンタジー
「……うちに来るかい?」 森で拾われた赤ん坊は、ルカと名付けられ、家族に愛されて育った。 だが8歳のある日、重傷の兄を救うため、ルカから緑の光が―― 「ルカは精霊の愛し子。お前は守護者だ」 それは、偶然の出会い、のはずだった。 だけど、結ばれていた"運命"。 精霊の愛し子である愛くるしい弟と、守護者であり弟を溺愛する兄の、温かな家族の物語。 他の投稿サイト様でも公開しています。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...