山奥の神社に棲むサラマンダーに出逢ったので、もう少し生きてみようかと決めた僕と彼の話

萩尾雅縁

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11.道 その2

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「当然だろ。道が繋がってるんだからな!」
 短くて細い小さな腕を胸の前で偉そうに組んで、僕を見下ろしながら、サラマンダーがキィキィ声で叫んでいる。
 その言い草に腹が立った。僕は水面からかろうじて顔をだして、あぷあぷしているというのに。

 水をかけてやろうか! 

 と――、思っただけで彼はもうポーンと、さらに高い空中に飛びあがっている。

 ざまあみろ!

 その慌てっぷりがおかしくて、声を立てて笑ってやった。



「気脈が狂っているから人間が影響を受けて、太陽が眩しかったから人を殺したとか、朝起きたら毒虫になっていたとか、訳の解らないことを言いだすようになるんだ!」

 サラマンダー……。また、お祖父ちゃんの蔵書を食べたね……。

 僕は呆れてため息を吐く。

「それよりいい加減僕をここから引きあげてよ。身体が凍りつきそうだ」
 水中にいるときはなんとも思わなかったのに、空中に顔をだしたとたん、刺すような冷気が頭部を包んで、ぴしぴしと指先足先の先端にまで痺れる寒気が広がってくる。

 彼は、半ば飛びだした大きな目を覆う瞼を細く眇めて、ニヤニヤ笑いながら僕の上を旋回している。余裕しゃくしゃくと――。
 僕は今度こそ本当に腹が立って、頭で考えるよりも先に、ビシッと透き通る水面を跳ねあげた。

 飛び散った飛沫は、彼の周りでジュッっと音をたて、白い煙になり蒸発して消えた。キキーと彼の甲高い笑い声が、水面に響いて独特の水紋を刻んでいく。

「カードは? 捉まえたんだろ?」

 くるりくるりと宙返りしている彼に、仕方なく、寒さで震えるトランプを挟んでいた手を高々と掲げてみせた。もうどうでもいいから、早くなんとかしてくれよ……。

 とたんに、そのカードは七色の光を映すあぶくに変わり、ぽろぽろと指の間から零れ落ちていった。
 零れる雫が水面に跳ねて、くすくす、くすくす、っとさざ波のような笑い声になって水面を揺らす。

 ちっ、とサラマンダーが舌打ちする。
 と同時に僕の身体は温かなオレンジ色の光に包まれて、宙に浮いていた。
 そしてここに来たときに立っていた、張りだした岩石の上にそっと降ろされるころには、衣服も、頭髪もすっかり乾いていた。いつの間にか身体はぽっと温まり震えも止まっている。
 それでもなんだかかじかんだままで上手く動かない頬を両手で擦りながら、苛立たしげな黄色に変化して目まぐるしく旋回している彼をそっと眺めた。

「またあの女に逃げられた!」
 苦々しげに呟く彼を、僕は岩の上で胡坐をかいて見上げている。
「この水底に沈んでいるロンドンの街に逃げ込んだっていうこと?」

 さっき彼が口にした『道』の意味が解らなくなって、もう一度尋ねた。僕の中では彼の言う『道』は、霊道のようなものだと思っていたのだ。それなのに、この滝壺に沈むロンドンは現実の街並みにしか見えなかった。光の屈折で多少揺らぎ、歪んで見えはしていたけれど――。
 そのまま水底に潜っていけば、あのビッグベンの尖塔に手が届くんじゃないかと思えるほどの鮮明さだ。

 一瞬、夢の中で垣間見た、ウンディーネの艶やかな笑みが脳裏をよぎる。

 彼女は、彼の言う道を通って向こう側に行ってしまい、もうこの滝壺にはいないのだろうか?

「おい、コウ、お前もう一回この中に飛び込んで、ロンドンに行ってあいつを捕まえてきてくれよ」

 案の定、彼はとんでもないことをさらりと言ってのける。

「嫌だよ、パスポートを持っていないもの。それに、一人で闇雲に追いかけたって捕まえられるとも思えない。どうせきみにはこの道を通り抜けることはできないんだろ? 水の底になんてさ」

 僕はいたって現実的に返答した。彼はもう、腹を立てて燃えあがっている。いつものパターンだ。きらきらと火花を散らし、不機嫌そうに旋回する。
 ほら、シルフが心配そうに渦を巻いて見てる、っていうのに。

「どうすればロンドンに繋がっている道を塞いで、元の道に戻すことができるの?」

 頭上で八の字に飛び廻っている彼が可哀想になってきて、僕はため息交じりに声を張りあげて訊ねた。

 彼はぴたりとその場に留まった。
 面倒臭そうに、ふうーと薄青色の吐息の焔を細く吐きだす。

「あの女がいないと無理なんだよ。水の中だからな。だからまず、あれをだな、」

 大きく飛びでた眼球に、薄い瞼が何度も暫く。

 無理難題が出てくるぞ――。

 僕は慎重に身構えて、落ち着かない彼の揺らめく輪郭を凝視していた。




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