【短編】病弱な僕を救ってくれた歌と歌えなくなった歌手の話 -ドースバース-

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4.ユキとの時間(misaki視点)

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 はー、転院って可能性もあるよな……
 名前も知らないのにどうやって探すんだよ。
 諦めそうになる気持ちで病院の中庭をボーッと眺めていたら、彼を見つけた。
 あの白く儚く美しい顔は彼に間違いない。
 彼はパジャマで車椅子に乗っており、それを看護師が押していた。
 携帯で看護師が呼び出され、一人になった彼はゆっくり自分で車椅子を動かしながらイヤホンを耳にして何か聞いている。

 ショックだった、自分が復帰に向けて忙しくしている間に、再び立ち上がる勇気をくれた彼が歩けないほどに衰弱してしまったことが。
 しばらく立ち尽くしていたが、我に返って彼に近づく。

 俺の存在に気づいた彼は驚いた顔をしていたが、俺と合った目を逸さなかった。

「どうしてここに?」

 掠れた声で彼は必死に絞り出すように俺に聞いた。

「復帰したんだ。新曲も出た。」
「うん、知ってる。今も聴いてた。」

 と言いながら彼は、その白く細い指でイヤホンを外した。

「入院してたんだな。」
「うん。4ヶ月前にまた検査で引っ掛かっちゃって。ちょっと今回は体調がね……
 でもmisakiさんの新曲に救われてる。」

 力なく微笑んで、本当に儚く消えてしまいそうで心配になったが、俺の曲で救われたと言ってくれることが素直に嬉しかったし、彼を救えたのだと思ったら誇らしく思った。

「名前、聞いていい?」
「僕の?」
「他に誰がいるんだよ。」
「そうだね。僕はユキヒロ。ユキでいいよ。」

 連絡先を交換したいというと、僕はただのファンだし畏れ多いとか何とか言って断られたけど、しつこくしたら交換してくれた。
 ユキは俺にとってただのファンじゃない。

 それから俺は暇さえあればユキのところに通った。その白く細い指に触れると何か分からないが少しピリッとしたような違和感があって、そしてとても気持ちいい。

 最近はユキの調子がいい。前はそれほど長く外に出られなかったし、出られるのも週に1度だったけど、俺が支えればゆっくり立って歩くこともできるようになった。


「ちょっと君。」

 ユキの病室から帰る時に、白衣を着た初老の男、たぶん医師に引き止められた。
 なんだ?もしかして俺のファンか?なんて思って作り笑顔で振り向いたのに、難しい顔をしていた。

「何ですか?」
「ユキくんのことなんだが。」
「え?」
「少し話をしていいか?」

 まさかユキの話?なんだろう?

「君はもしかしてドラッグか?」
「は?」
「違うのか?いや、でもそんな気がするんだが。それにクランケのユキくんの回復具合は異常だしな。」
「ドラッグって、あの病気を治せるドラッグですか?ユキはクランケなんですか?」
「え?ユキくんはクランケだが、君はまさかの無自覚?ドラッグはクランケに触れれば分かるはずだが気付いてなかったのか?ダイナミクス検査を受ける機会が無かったということか。検査を受けてみる気はないか?」

 クランケ、ドラッグ、その名を聞いたことはある。聞いたことはあるが詳しくは知らない。
 俺は孤児で社長とマネージャーの婦婦に拾われて、育てられた。

 ユキがクランケ。もし俺がドラッグならユキを救えるのでは?そう思った俺はすぐにダイナミクス検査を受けることにした。
 結果はドラッグだった。

 これで俺はユキを救うことができると思ったが、番になるにはドラッグがクランケに血を飲ませるというくらいの知識しか無く、俺にはあまりにも知識が無さすぎるため、見切り発車することなくちゃんと調べてから話すことにした。
 帰りに本屋で本を買って調べると、クランケはドラッグと触れ合うだけでも体調が回復するのだとか。なるほど、それで医師が気付いたんだな。

 ノーマルと長時間一緒にいると相手が体調不良になるらしい。ん?じゃあ社長とマネージャーはどうなんだ?俺のスケジュール管理は分単位でしっかり管理されていて、確かに今まで他の誰かと長時間触れるほどの距離にいたことはない。
 あの俺とコラボしたアイドルが難聴になった事件も、最初は俺のせいだと言われて意味が分からなかったが、俺がドラッグならあり得ない話ではないのか。
 あの子は俺にベタベタと触れてきたし、なるほど。それなら確かに俺のせいとも言える。

 しかし社長とマネージャーは一緒にいる時間が長い。あの分刻みのスケジュール、俺がドラッグだと知っていて管理されているように思えて仕方ない。俺に言わなかった理由が分からないし、あの二人が平気な理由も分からない。
 俺に番がいれば誰と一緒にいても相手が不調になることはないが、俺には番がまだいない。どういうことだ?
 これはもう聞くしかないな。

  
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