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3.声が出ない歌手(misaki視点)
しおりを挟むもう俺は歌えない。声が出ないんだ。
病気一つしたことがなかったのに、あの事件で誹謗中傷を受けてから声が出なくなった。詞も曲も浮かばない。歌手人生は終わったんだ。
それなのに懲りもせず社長やマネージャーは俺を病院のカウンセラーのところへ何度も連れていく。
もういい加減にしてくれ。
死にたかった。
病院の帰りにレストランに寄って、もう限界だとその場から逃げた。運良く電車でも通らないかと思って線路にしゃがみ込んでいたら、残念ながら社長に見つかってしまったんだけど。
「もう、驚かすのはやめてよね。線路で蹲るとか死のうとしてるのかと思って焦ったわよ。」
そう言われて、まさにその通りだと言いたいのに声は出ない。
仕方なく席に座ると、知らない男が席に座っていた。色素の薄い白い肌と、光に透けた茶色の髪。小さくて細くて、なんだか今にも消えてしまいそうな儚さを持つ、しかしとても綺麗な男だった。
マネージャーが来ると、この男に荷物を見ておくよう、俺が戻ったら引き止めるようお願いしていたとか。
見ず知らずのこの男はそんなマネージャーの無茶振りを引き受けて、飯も食わずにここで待っていたらしい。
箸を持つ手も真っ白で細く女みたいだった。
変な奴だと思いながら見ているが、ずっと俯いていて顔を上げない。
綺麗な顔なのに勿体無いな。そんなことを思っていると、社長が余計なことを言った。
「あなた、misakiのこと、見かけたとか余計なことSNSにあげないでね。」
もうどうでもいいんだよ。むしろ上げてくれよ。misakiは線路で死のうとしゃがみ込んでいたと。再起不能とさ。
それなのに、こいつは俺のファンだと、音源も全部持っていて、救われたと恩があるからそんなことしないと言った。
「え?」
自分で色んな意味で驚いた。
俺なんかに救われたと恩があると言われたのも、自分の声が一言でも出たことにも。
社長とマネージャーも俺が声を出したことに驚いて顔を見合わせて、そんなことしなくてもいいのに、その男に俺のどの曲がどこが好きなのかと詰め寄った。
そうしたら、そいつは本当に俺のファンだった。
デビュー前から俺のことを知っていた。
「未来へ」が特に好きだと、入院中や手術前に勇気をもらったと、今日も検査結果を聞きに行ったのだと、俯いたままだったがペラペラとよく喋った。
「そっか。ありがとう。」
ずっと出していなかった声は掠れていたけど、すんなりとちゃんと言葉が出た。
事件のことだけでなく、俺の人格や容姿、声や歌詞やメロディーも否定されて、周りはみんな敵だと思った。でも違った。ここに、俺の曲に救われたなんて奴がいた。
これは夢じゃないよな?この男は幻じゃないよな?それを確かめたくて握手をしようと手を出したのに、この男は握らなかった。
なんでだ?俺のファンじゃないのか?
そう思っていたら、マネージャーが無理やり彼の手を取って握手させた。
その瞬間に僅かに違和感があって、彼はなんだか驚いたように顔を上げ、目が合った。少し潤んだ目と、真っ白だった顔に少し血が通ったように頬に色が付いて、その綺麗な目?容姿?何か分からないが彼の存在にグッと引き込まれた。
彼のその姿が俺の脳裏に焼きついて離れない。
せめて名前を聞いておけばよかった。
それから声は出るようになって、少しリハビリはしたが前のように歌えるようになった。
詞も曲も書けるようになった。
彼に救われたと言われた。今ではそのことが大きな支えになっている。
そのおかげで半年後には新曲をリリースした。
久々だしメディアへの露出はしない。それはまだ少し怖かった。
それより気になったのは、彼は聴いてくれているだろうか?ということだ。
また彼の救いになりたい。救いになれなくても一度でいいから聴いてもらいたい。会いたいな。
実は新曲は彼のことを想って書いたものだ。真っ暗で希望がない時に射した一筋の光、その君に救われたという、「未来へ」の続編のような曲だった。
確か彼は病院に通っていると言っていた。病院に通っている人なんてどれだけいるか分からないのに、その中からいつ来るかも分からない彼を探すのは大変だけど、もう一度会いたいと思った。
仕事の合間に何度もあの病院に通った。
しかし彼を見つけることはできない。タイミングが合わないのか、もう通っていないのか、しかし入退院を繰り返していると言っていたし、通院をやめるとは思えなかった俺は、病院に通って探し続けた。
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