僕の過保護な旦那様

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二章

109.独り占め

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「あら、マティアスくんすっかり元気になったのね。お肌も艶々じゃない」
 マチルダさんにそう声をかけられて恥ずかしくなった。
 後になってよく考えてみたら、ラルフ様が僕のことを拒絶するなんてあり得ない。あの時は虫刺されのことと「出ていけ」って言葉に動揺して正常な判断ができなかった。
 そんな僕のせいでラルフ様がちょっと沈んでいる姿を見るのが辛い。

 どうしたらラルフ様が元気になってくれるのかと考えた。
 何をしたら喜んでくれるのか、あと半月もすれば、ラルフ様は王家直轄の迷宮がある街に赴任してしまう。招待してくれるって言ったけど、ずっと一緒にいられるわけじゃない。離れる前に元気になってほしい。
 赴任期間は半年か……僕は迷宮に観光に行けることが楽しみだってことしか考えていなかったけど、ラルフ様に半年も会えないなんて寂しい。観光に行くって言っても二、三日だと思うし、それ以外は一人で眠らなきゃいけないのかと思うと想像しただけで寂しくなった。
 迷宮なんて物語を読んで楽しむだけでよかったんだ。失敗したかもしれない。
 なんだか僕まで気分が沈んできちゃったな。

「シル、図書館に本を返しにいくけど一緒に行く?」
「パンとあそぶから、きょうはいかない」
「そっか、じゃあ行ってくるね」
 僕はバルドを連れて図書館に向かった。

「バルド、ロッドとは仲良くしてる?」
「そうですね。ああ見えて、あいつ繊細ですぐ凹むんですよ。とことん話を聞いてやるとしおらしくなって、そこを攻めてやると可愛い反応するんですよね」
「そ、そうなんだ。なんか、うん、いいと思う」
 とことん話を聞いてやるのか。ラルフ様はあまり多くを語らない。いつもどっしり構えていて、必要以上のことをペラペラ喋るタイプではない。だからとことん話を聞くってことはしたことがなかった。

 饒舌に多くを語らなくても、何も考えていないわけじゃない。よし、帰ったらラルフ様といっぱい話すぞ。僕が話すんじゃなくて、話を聞き出すってことをしてみようと思った。

 新しい本は借りずに返却だけで帰ると、ラルフ様が帰っていた。その手にはポポが握られている。なぜ?
「ラルフ様、それ、どうしたんですか?」
「シルが貸してくれた。元気が出るそうだ」
 なるほど。シルにとってポポは元気の出るもので、誰もがポポを握っていれば元気になれると思ってるのか。ちょっと複雑な心境になるけど、僕も本意ではないが何度か救われている気がするから、間違いともいえない。

「元気になりましたか?」
「そうだな、元気になった」
 ラルフ様はそう言ったけど、それは嘘だ。嘘つきってわけじゃなくて、僕とシルを気遣った発言だ。僕は今日はちゃんとラルフ様の話をとことん聞くって決めてる。だからラルフ様、さぁ、お話の時間ですよ。

 夕食をいただいて、早めに僕たちは部屋に引き上げた。
 そしてラルフ様と一緒に少しお酒をいただく。たぶんだけど、少しお酒を飲んだ方が話しやすくなると思うんだ。

「マティアス、どうした?」
 そう言うラルフ様の手には、まだポポが握られている。別にいいんだけど邪魔はしないでね。

「ラルフ様のお話を聞いてみようと思ったんです。ポポを握ってるってことは、まだ元気じゃないんでしょう?」
「ポポ? ああ、これか。」
 ラルフ様は握りしめていた木彫りのチンアナゴに視線を落とした。

 いつも僕はラルフ様に抱きしめてもらってるから、今日は僕がラルフ様に膝を貸してあげた。膝枕だ。
 僕がソファーの右端に座って、ラルフ様は頭を僕の膝の上に乗せて右を向いて横になっている。膝を折り畳んで窮屈そうに体を丸めているから、ソファで膝枕をするのは失敗だったかもしれない。
「不安に思うことがあればなんでも言ってください」
「…………」
 ラルフ様はしばらく無言だった。焦らせたらいけない。話してくれるまで待つんだ。

 僕は最近、図書館で借りた冒険の本の話ばかりしていた。ラルフ様にとっては面白くない話だったと思うんだけど、ラルフ様は嫌がることなく毎日静かに僕の話を聞いてくれた。だから僕もラルフ様の話を聞くんだ。

「マティアス、俺と結婚して幸せか?」
「幸せですよ」
「そうか。でも俺は上手くできない」
 上手くできない? それはなんのことだろう? 僕はラルフ様の何かを下手だと思ったことはない。
 いつも僕のことを守ってくれるし、頼りになるし、たくさん愛を伝えてくれる。

「俺はマティアスを幸せにしたいし、守りたい」
「はい。いつも守ってもらっていますし、僕は幸せですよ」
「マティアスを泣かせて悲しませた」
「それは僕も同じですね。今ラルフ様に辛い思いをさせています」

「それは違う!」
 ラルフ様はガバッと起き上がった。
 違わない。僕のことで悩んで辛いんでしょ?

「俺は、マティアスのことが好きなんだ……大切に思ってる。それなのにいつも上手くいかない。危険に晒したくないし、独り占めしたくなる。失いたくないのに、マティアスに嫌われるようなことをしてしまう。いつも間違える……いつか、愛想尽かされて……それで……」
 ラルフ様は視線を下げてポポを見ながら話した。
 それ、僕の話だよね? ポポに言ってるんじゃないよね? なんか僕はポポに負けた気がするんだけど……

「ラルフ様、僕はたぶんラルフ様が思ってる以上にラルフ様のことが好きですよ。ラルフ様は間違えてないし、嫌いだと思ったことなんて一度もない。ずっとそばにいてください」
 顔を上げたラルフ様の目は少し潤んでいて、やっぱり僕はラルフ様のことが好きだなって思った。
 ソファの上に膝立ちになってラルフ様の頭を胸に抱きしめた。
 心配しないで。僕はずっとラルフ様のそばにいる。

 それはいいんだけど、僕の肋骨に硬い感触があって地味に痛いんですけど……
 少し体を離して見てみると、そこにはつぶらな瞳のポポがいた。お前か!
 ポポ、お前はシルのところに帰りなさい。僕たち二人だけの時間は誰にも邪魔させない。

「ラルフ様、失礼しますね。このまま待っててください」
 僕はラルフ様の手からポポを奪うと走ってシルに返しにいった。

「ラルフ様、一生僕のこと独り占めしてください。僕も一生ラルフ様のこと独り占めします」
「分かった。いいんだな?」
「いいですよ」
 そんなに僕のこと独り占めしたかったの?


 夜中に目が覚めてしまった。安心したのか、眉尻を下げて眠るラルフ様を眺める。
 僕もたまには腕枕をしてみたい。たまにしてもらうけど、してあげたことはないから。
 ラルフ様の首の下にそっと右腕を滑り込ませる。そしてそのままラルフ様を抱えるように再び眠りについた。

「ラルフ様……起きてください」
 朝起きたら、右腕の感覚がなくなっていた。ラルフ様の首の下から抜き取ろうとしても、動かせなかったんだ。
「マティアス、どうした?」
 ラルフ様が起き上がると慌てて腕を引いた。腕に血が巡って段々と感覚は戻ってきたんだけどジンジンと酷い痺れが出てきた。夜中にラルフ様に腕枕をしたら腕が痺れたとは言えない。
「いえ、おはようございます。ラルフ様はたまに僕に腕枕をしてくれますが、腕が痺れたりしないんですか?」
「痺れるが、その痺れがいいんだ」
 そうなんだ。ラルフ様は嬉しそうにそう言ったけど、何がいいのか僕には分からない。

「腕枕するか? まだ早い。もう少し寝よう。独り占めさせてくれ」
 僕はラルフ様に腕枕をされ、というか抱き枕と化して二度寝することになった。
 まあいいや。今日も幸せだ。

 
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