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二章
181.パン大冒険をする
しおりを挟む「ママ! いない!」
朝早くからシルが僕たちの寝室に飛び込んできた。いない? 僕もラルフ様もここにいるよ?
「シルおはよう。どうしたの?」
「パンがいないよ」
え? パンがいない?
そこから僕たちは慌てて起きて厩舎を見に行ったり、使用人やラルフ様の部下もみんなで探したんだけどパンはどこにもいなかった。
脱走した? 僕が見た時には門は閉まっていたけど、深夜や早朝に誰かが出入りしているかもしれないから、その時に出ていったのかもしれない。
さすがにこの塀は越えることができないし、正門か裏口から出ていったんだと思うけど、裏口はほとんど使っていないから、やっぱり正門が開いている時に出ていったんだと思う。
うちの敷地内のどこにもいないことが分かると、シルが号泣して、これもまた手がつけられないほどだった。
普段シルはいい子で、ほとんど泣かない。だから泣き出してしまうと、僕はオロオロするしかなかった。
ラルフ様がシルを抱っこして「俺が必ず連れ帰る」と約束するも、なかなか泣き止んでくれなかった。毎日一緒にいて、パンもシルに懐いているように見えた。それなのになぜ?
まさか夜中か明け方に連れ去られたんじゃないよね?
「ラルフ様、パンは敵に拉致されたのですか?」
「そういうことだ。早く助け出さなければならない」
やっぱりそうなんだ……
そんなことするのはどこのどいつだ?
犯人候補一、副団長? よくパンを撫でているけど、毎日フェリーチェ様を迎えに来るんだから、その時に思う存分撫でているし、パンに会いたければ堂々と会いに来られる。連れ去る理由はない。
犯人候補二、イーヴォ隊長? リヴェラーニ夫夫の新婚旅行の再現が終わってから、たまに訪れてはシルとパンと遊んでいく。彼も堂々と遊びに来ているんだから連れ去る理由はない。
犯人候補三、エルマー様? エルマー様がパンを欲しいと言い出したら……いや、王家が人の馬を連れ去るわけがない。「献上せよ!」と言い出す可能性はあるけど、黙って連れ去るとは思えない。
犯人候補四、誰か分からないけどパンを狙っている人がいたとか?
考えても分からないな……
自ら出ていったとしたら……パンが行きそうなところってのも全然分からない。パンがうちに来てから連れていった場所は少ない。
お気に入りの場所は、イーヴォ隊長が作ってくれたシルとお揃いのクッションの上じゃないの?
今はラルフ様たちが探してくれている。僕の足では、パンを見つけたとしても逃げられたら追いつけない。シルが勝手に探しに行きそうだったから、僕はシルの見張りという意味も兼ねて家に残ることになった。
フェリーチェ様も事情を知ると、なんと諜報部を動かしてくれた。「久々に腕がなる」なんて言って張り切って出かけていった。
それはちょっと大袈裟じゃないかな?
パンは大切な家族ではあるけど馬だ。
途中でラルフ様が何度か進捗を持ってきた。
王宮や騎士団の敷地内にはいなかったそうだ。怪しそうな貴族の家も確認して回ったけどいなかったそうだ。
怪しそうな貴族って何なの? そんな貴族いる? 馬を盗みそうな貴族ってこと?
よく考えてみても、うちに誰かが侵入してパンを連れ去るっていうのは無理があると思う。侵入者があったら誰も気付かないわけがない。
うちには見上げるほどに高い塀と頑丈な門、庭には見えない罠が張り巡らせてある。夜中や明け方の視界が悪い中で難なくそこを突破できる人は、ラルフ様とその部下とうちの使用人くらいだ。副団長やイーヴォ隊長でもたまに引っかかって転びそうになっている。
だとすると、やっぱりパンは自ら出ていった可能性が高いということ。
それをラルフ様に伝えると、「ふむ」とだけ言って出ていった。
街の人の目撃証言ってのも曖昧なものばかりだった。
そして夜になって今日の捜索は打ち切られた。
「なんで? なんで?」
シルは必ず連れ帰ると言ったラルフ様が嘘をついたのだと思って号泣した。ラルフ様は悔しそうな顔をして、「何日かかっても必ず連れ帰る」と再びシルに約束した。
「シル、ラルフ様は朝からずっと探してたから、夜は休まないとね。明日はまた朝からみんなで探すからね」
泣き止まないシルをラルフ様と僕で交互に抱っこしながら宥めて、久しぶりに三人で同じベッドで寝ることになった。
シルが真ん中で、左右に僕とラルフ様だ。二人でシルを挟んでシルの頬にキスをすると、シルは泣き疲れてやっと眠ってくれた。
パン……どこに行った?
そこから三日、捜索は難航している。
街から出たのだとしたら、探すのは難しい。
フェリーチェ様の諜報部をもってしても全然情報が集まらなかった。相手は人ではなく馬ですからね……
五日目の朝、僕は門の方からガタガタいう音がして目が覚めた。まだ夜が開けきっていない薄暗い時間だ。
「待て」
ラルフ様も起きていたみたいで、僕が見に行こうとするのを止められた。
警戒しながらラルフ様が部屋を出ていくと、すぐに帰ってきた。
「どうしたの? 敵?」
まさか襲撃なの!?
「パンが戻ってきた」
「はい?」
ガタガタしていたのは、パンが開けてくれと門を外から叩いていたからで、リズが門を開けてパンはそのまま厩舎に向かって、今は寝ているのだとか。
戻ってきたならいいか……
何だか腑に落ちないまま、僕たちは再び眠りについた。
そして翌日、何事もなかったかのようにシルとパンは庭を散歩している。シルがいいならいいんだけどさ……
どうせパンに尋ねたところで、パンが人間の言葉で説明してくれるわけはない。
だけど首の鬣のところに紙みたいなのが絡まっているのが気になった。ゴミでもついているのかと思って見てみたら、それは手紙でしっかり取れないように巻きつけてあった。破れないようにそっと外すとシルに渡す。
「シル、手紙だよ」
「おてがみ?」
その手紙はルカくんからだった。
『シルくん、パンが持ってきてくれた緑のチンアナゴを受け取りました。ありがとう。
ルカ』
ええー!?
まさかパンは一人で、いや一頭でラビリントに行ってきたの?
「パン、えらいね。ぼくがルカくんにあげるっていってたミドリのちゃんとどけてくれたの?」
シルが偉い偉いとパンを褒めると、パンは誇らしげにムフーっと鼻息を吐いた。
「パン、君は本当にすごいよ」
フェリーチェ様が感心したようにパンを撫でている。そしてその周りには、かつてフェリーチェ様が纏めていた諜報部の方々がいる。
「この子、ラビリントまでお使いに行ったんだって。どうやって王都を出たのか不思議だけど、とにかく君たちに見つかることなく行って帰ってきた。みんなも見習うように!」
見習う? 馬の行動を人が見習うなんて無理だと思うけど、パンは諜報部のみんなの人気者になった。
イーヴォ隊長も、「さすがパンだな」なんて言って、新しいクッションを与えていた。
しかしラルフ様だけは一人落ち込んでいた。見つけて連れ帰るはずが、何の情報も得られないまま自分で帰ってきたからだ。
「ラルフ様も捜索お疲れ様でした。パンが攫われたんじゃなくてよかったですね。パンは冒険をして帰ってきたんですから、ラルフ様もそんなに落ち込まないで下さい」
「ふぅ、そうだな」
僕がラルフ様の髪をヨシヨシと撫でてあげると、ラルフ様はようやく顔を上げて僕に微笑んでくれた。
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