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二章
226.街に行きたい
しおりを挟む「ラルフ様、街に行きたいです」
「分かった」
そう言うとラルフ様は僕を抱きかかえ、シルも抱きかかえ、侯爵邸の門へ向かった。
ちょっと待って、僕のこと抱っこして街に行く気?
「だっこ!」
シルは嬉しそうだけど、僕は自分の足で歩きたい。
「ラルフ様、僕は降ろしてください。自分の足で歩きます」
「分かった。チェーンメイルを着てピエール二号を構え、大盾を持った兵十人に囲ませるのなら歩いてもいい」
大盾って僕の腰の高さと同じくらい大きいやつだよね? そんな盾を持った人十人に囲まれたら、街の景色なんて見えないし、どんな要人が来たのかと、かえって注目の的になってしまう。
これは、街へは行かせないっていうことだろうか? 今はリーブとグラートは王都だし、ルーベンとタルクは今日も私兵の皆さんと一緒に森へ訓練に行っている。ラルフ様一人では不安ということだろうか?
リーブとグラートを行かせたのは失敗だった? いや、二人は二人だけの時間を楽しんでほしい。他にも誰か連れて来たらよかったのかな?
フェリーチェ様とか……と考えて僕はダメだと首を横に振った。
「ママなにしてるの? イヤイヤしてるの?」
「なんでもないよ」
首をブンブン振っているところをシルに見られていた。
そうだ! メルクリオ様を連れて行くとかどうだろう? きっと彼は暇していると思うし。何ならシル作のポポ一族から一体くらい譲ってあげてもいい。
お金は渡せないけど、賄賂はなにもお金である必要はない。よし! お金で解決できると思っている人なら、物で釣ることができるんじゃないかと考えた。
「ラルフ様、護衛が足りないのならメルクリオ様を連れて行きましょう。それなら不安はないでしょう?」
「不安しかない」
ラルフ様からは思わぬ答えが返ってきた。
えー!? なんで? メルクリオ様ってそんなに信用ないの? 確かに彼は若い。でもあの早着替えができるんだよ?
侯爵家という肩書きで若くして隊長になったという疑いはあるけど、あの早着替えができるなら、それなりに強いと思うんだ。
違うのかな?
「それならイルデフォンソやメイカーの方がマシだ」
そうなんだ……メルクリオ様、どんまい。まだ若いんだから頑張って名誉挽回してください。
新郎のイルデフォンソ様を連れて行くのは無理だと思う。メイカーさんなら頼めば付いてきてくれるかもしれない。
「分かりました。明日出かけられないかメイカーさんに聞いてみます」
屋敷の中でも退屈ってわけじゃない。数日では回りきれないほど広い庭園と、サンチェス侯爵家の歴史を体感できる、博物館のようなものまである。歴代当主や歴史的な資料、昔使われていた武器や防具なども展示されている。
書庫には一生かかっても読みきれないような本が、見上げるほど高い本棚にびっしりと詰まっている。敷地内であれば私室を除き好きに使ってもいいと許可までいただいている。
でも僕は貴族の歴史や財力を見たいわけじゃない。その地域の街並みや名物を見たり食べたりしたいんだ。
メイカーさんを見つけて、街へ行きたいから付いてきてくれないかと聞いてみると、拍子抜けするほどあっさりと許可してくれた。
馬車も出してくれるそうだ。
ちょっとした交換条件というかお願いがあったけど、まあそれは後で考えればいい。
ラルフ様、もしかしてリーブがいなくて馬車を出せないから抱っこして行こうとしたの?
ラルフ様を見上げると、繋いだ手に力を込められた。それってどういう意味?
僕たちが使う部屋を整えてくれるメイドは、サンチェス家にもう四十年も勤めているカヤさんというおばあちゃんだ。
「お風呂はいつでも入ることができますよ。ベッドメイクも完了しておりますのでお昼寝も可能でございます」
僕たちが部屋に戻ると、ニコニコと柔らかい笑みを浮かべ、皺々の手を重ねて一礼をすると部屋を出て行こうとした。
「あ、待ってカヤさん」
僕はメイドのカヤさんを引き留めた。無計画に行くより、ずっとここに住んでいる人にお勧めの場所や食べ物を聞いた方がいいと思ったんだ。
「どうかなさいましたか?」
「サンチェス領のことをお聞きしたいんです」
おばあちゃんを立ちっぱなしにするのは申し訳ないし、ソファに座るよう促し、僕は向かいに座った。
ラルフ様はシルを膝に乗せて本を読んでいる。
領都は街の中心に大きな時計台があり、その周りを囲うように公園があるそうだ。待ち合わせ場所として使ったり、迷ったときは時計台を目印に戻ればいいから便利なのだとか。
公園は花壇が整えられ、屋台や露店が並んでベンチも置かれているから、晴れた日は多くの人が集まるそうだ。
この街で有名なのは氷菓子で、夏でも氷が溶けない洞窟が近くにあるため、そこで通年作っている。特に夏には大人気だとか。
それ最高じゃない?
もう昼間はかなり暑い。よく晴れた暑い日に冷たいお菓子を食べるなんて最高だ!そのお店は必ず行こうと決めた。
他にもお勧めのレストランやお菓子屋さんを教えてもらった。
「あなた方を結婚式にお招きできて、坊ちゃまは大変お喜びです。憧れの夫夫ですからね」
カヤさんはニコニコしながら最後に小さな火種のようなものを落とした。
僕たち夫夫が憧れ?
詳細を聞こうかどうしようか迷った挙句、僕は聞いてみることにした。
ランバートが書いた本を読んで、イルデフォンソ様は僕たち夫夫に憧れを持った。とてもおモテになる彼が結婚相手を選ぶ決め手になったのが国だ。
僕たちと同じ国出身のフィオリーナ嬢との縁談が持ち上がった時、すぐに乗り気になった。
住んでいる国は同じでも、理想の相手とは限りませんよ。
そう思ったのだけど、イルデフォンソ様はフィオリーナ嬢に『真実の愛の物語』の本を贈って感想を求めたそうだ。そこで返ってきた返事が「互いを信じ守り合う夫婦は理想です」という内容だったから、結婚を決意したのだとか。僕の中で何かが引っかかったけど、その正体には辿り着けなかった。
へえ……
それで我が国に来た時、フィオリーナ嬢の元へ行く前にわざわざうちに来たのか。
憧れねえ……
ラルフ様をチラッと見たけど、シルと一緒に本を読んでいて、僕たちの話は聞いていないようだった。
「戻ってから益々鍛錬に力を入れております。坊ちゃまのよい刺激になったのでしょう」
なるほど?
僕には関係ないけど、誰かに刺激を受けて頑張ろうと思うことはいいことだと思う。
「メイカーさん、彼らは全員護衛として付いてくるのですか?」
翌朝、朝食や軽い鍛錬を終えて外に出てみると、侯爵家の豪華な馬車と、馬車を囲む二十人を超える私兵が整列して待っていた。
「ええ、足りませんか?」
逆です。多すぎない? 大盾は持ってないけど、こんなに人数要らないよね?
「最低限だな。いいだろう」
ラルフ様が答えた。これで最低限なの?
僕としてはメイカーさん一人と、あとは御者さんがいればよかったんだけど……
まさかこんなに大袈裟な事態になるとは。高位貴族の考え方は僕には分からない。
僕がボーッと豪華な馬車を眺めていると、隣ではメイカーさんと、シルを抱っこしたラルフ様が護衛計画を話し合っていた。そこまでしなくてもよくない?
「マティアスは危なっかしいから、一瞬たりとも目を離さないよう気をつけてほしい」
ラルフ様の口から僕の名前が出て聞き耳を立ててみると、僕の扱いに関する注意が行われていた。
ラルフ様がしっかりと手を握っているし、子どもじゃないんだから土地勘のないところで勝手にいなくなったりしませんよ。
僕ってそんなに危なっかしいんだろうか?
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