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二章
230.職人魂
しおりを挟む屋敷に戻ってからも僕はずっとラルフ様の腕の中だ。
こうなりますよね……
「ママ、まいごなったの?」
「うん、そうだね、迷子になって街の人に助けてもらったよ」
シル、僕のこと分かってるね。迷子だと思ったから先に戻ることに了承したのかもしれない。攫われたのだと思ったら、きっとシルは剣を背負ってラルフ様と一緒に行くと言ったんだろう。
「シル、ポポは余分に持ってきてる?」
「ないよ。タルクおにいさんにあげたから」
そうなのか……
僕がなぜそんなことをシルに聞いたのかというと、メイカーさんの街に一緒に行ってほしいというお願いをした時にチンアナゴがほしいと言われたんだ。
よし、約束したんだし迷子になって迷惑もかけたし、作るぞ!
僕はメイドのカヤさんに木材と小型ナイフとヤスリをお願いした。
ちょっと恥ずかしかったけどピエール二号を見せて、こんなのを作るためのものですって言ったら、「綺麗な色ですね」なんて言われた。きっとそれくらいしか褒めるところがなかったんだろう。
そして翌日には木材が用意された。木材が置かれた部屋に案内してくれたのはサンチェス侯爵家の若い執事の男性だった。
「これは?」
「マティアス様がご所望された木材でございます」
僕の前には直径が手のひらより大きく、家の柱に使うような僕の身長の倍くらいある木材が置かれている。しかも二本。
「こんなには要らないんですけど……」
「はい、余ったら冬の薪にしますので、好きなだけお使いください。こちらがオーク材、こちらがパイン材でございます。この工房も道具もご自由にお使いください」
「うん、ありがとう」
オーク材、パイン材、何それ? それにここは本格的な工房に見える。ここにある道具、自由に使っていいの? 僕には使いこなせないけど。僕は小さな手のひらサイズのナイフとヤスリがあればいい。こんな工房が敷地内あるなんて侯爵家ってすごいんだな。
「ラルフ様、これって……」
「ふむ、木の素材が違う。こっちの方が硬そうだが、ナイフを使うことを考えるとこっちの方が作りやすいだろう」
ラルフ様は二本の丸太をそれぞれコンコンと叩いて硬さを確認している。
そうなんだ……
「小さくカットしてもらわないと、こんなに太くて長い丸太から彫り出すなんてできないよ」
「俺がノコギリで切るか?」
「ぼくもするー!」
ラルフ様とシルがカットするところまではやってくれるそうだ。ノコギリなら、ナイフを使うよりは危なくない気がする。ラルフ様がついていてくれるならシルが扱っても大丈夫かな。
あとは僕が彫ってシルにはまた色を塗ってもらおう。
親子三人での共同作業だ。
「……ラルフ様、僕を抱えていてはノコギリが使えませんよ」
ラルフ様は僕を抱えたまま、どうにかしてノコギリが使えないものかと四苦八苦している。部屋の中にいるし、勝手に出て行ったりしないからそろそろ腕を放してくれないかな?
「よし、暇してそうなあいつを呼ぼう」
そうラルフ様が言うと、扉を開けて近くを歩いていた兵にメルクリオ様を呼んでもらっていた。
メルクリオ様ってさ、団は違うけどラルフ様より立場は上だよね? それに侯爵家の令息だよね? そんな風に便利に使っていいの?
昨日僕が街で行方不明になったせいで、サンチェス家の私兵は鍛え直されることになった。それと連携の見直しも行われ、僕を含め客人が攫われたり行方不明にならないよう、街だけでなく屋敷の敷地内も全て見回りが強化された。
昨夜は夕食が終わった後でサンチェス侯爵が部屋を訪ねてきた。護衛が対象を見失うなどとんでもないことだと謝罪されたのと、ラルフ様が空き家を根城にしていたスリ集団を捕まえたことを感謝された。
待って、それ僕聞いてないんだけど。僕が迷子になっている間に一体ラルフ様は何をしていたの? もしかして僕を探していたわけじゃなくて罪人を追っていた?
それとは別に、ルーベンとタルクも森に潜んでいた野盗を捕まえたと聞いた。みんな何してるの?
ふぅ、昨夜のことを思い出しただけで僕はちょっと疲れてしまった。ラルフ様もシルも、カヤさんが入れてくれた香り高い紅茶をゆっくりと飲んでいる。僕はラルフ様の膝の上で、右手はシルにしっかりと握られている。なんでも、「ママはまいごになるから」だそうだ……
メルクリオ様はすぐに工房に来てくれた。
「シュテルター隊長! 私のこと呼びましたか!」
メルクリオ様はラルフ様がこんな形に木材をカットしてくれと指示すると、シルに教えながらノコギリをギコギコしてくれた。意外と面倒見がいいんですね。
「へ~、そうやってポポ隊は作られていたのか。私もやってみたい!」
僕の手元を覗き込んで感心したように呟くと、メルクリオ様は高そうな衣装を気にすることなく床に直に座り、並んでいたナイフを手に取って木を削り始めた。
もっと汚れてもいい服を着ないと、木の屑や塗料がつくし、床に座っていたらロンターニ侯爵に怒られるんじゃない?
一体目のチンアナゴが仕上げに入った頃、メイカーさんがルーベンとタルクと他の私兵を連れて戻ってきた。街の巡回の交代と、屋敷の訓練場でこれから訓練をするため、今から短い休憩を取るのだとか。
「え!? マティアス様が自ら彫られたものだったのですか?」
普通は僕が彫っているなんて思わないよね。僕もそれは言っていなかったし。
「俺のこれもマティアス様が仕上げたものだ」
別にそんなこと言わなくていいのに、ルーベンまでどうだと見せびらかしてきた。ルーベンのは騎士団に渡したポポ軍団艶消しブラックの中の一体だ。
「俺のはマティアスが俺のために作ってくれた!」
ラルフ様も対抗するようにポポママとピエール三号を堂々と掲げた。ラルフ様のは恥ずかしいから他の人に見せてほしくない。
そしたら、お金は出すから作ってほしいと周りの私兵まで言い始めた。
「全員分は無理です」
どれだけの個数作らなければならなくなるのか。僕はずっとここにいるわけじゃない。イルデフォンソ様とフィオリーナ様の結婚式が終わったら国に帰るのに、作るまで帰るなと言われたら困る。
「作れるだけでいいです。我らも手伝いますし、足りなければ兵たちの間で共有で使いますから」
こんなのを共有で使うの?
自分に合った剣を使った方がいいと思う。安全に打ち合いたいなら木剣を使えばいい。なんなら適当な木の棒でもいい。わざわざチンアナゴである必要はないんじゃない?
なんでそんなに欲しがるのか僕には分からないよ。
僕には迷子になって迷惑をかけたという負い目もあって、結婚式までの間にできるだけという約束で作ってあげることにした。
私兵のみんなは入れ替わり立ち替わり、木を削り出すのを手伝ってくれた。しかし何故か仕上げは僕に任される。
「やっぱりマティアス様が仕上げた方がしっくりきますね。握り心地が違う」
「そう、かな?」
塗装はシルと、イルデフォンソ様の妹と弟も一緒にやっている。三人で見せ合って楽しそうだ。
僕は隣国まで来て何をしているのか……考えないでおこう。考えたら負けだ。
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