僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
232 / 597
二章

230.職人魂

しおりを挟む
  
 屋敷に戻ってからも僕はずっとラルフ様の腕の中だ。
 こうなりますよね……

「ママ、まいごなったの?」
「うん、そうだね、迷子になって街の人に助けてもらったよ」
 シル、僕のこと分かってるね。迷子だと思ったから先に戻ることに了承したのかもしれない。攫われたのだと思ったら、きっとシルは剣を背負ってラルフ様と一緒に行くと言ったんだろう。

「シル、ポポは余分に持ってきてる?」
「ないよ。タルクおにいさんにあげたから」
 そうなのか……
 僕がなぜそんなことをシルに聞いたのかというと、メイカーさんの街に一緒に行ってほしいというお願いをした時にチンアナゴがほしいと言われたんだ。
 よし、約束したんだし迷子になって迷惑もかけたし、作るぞ!

 僕はメイドのカヤさんに木材と小型ナイフとヤスリをお願いした。
 ちょっと恥ずかしかったけどピエール二号を見せて、こんなのを作るためのものですって言ったら、「綺麗な色ですね」なんて言われた。きっとそれくらいしか褒めるところがなかったんだろう。
 そして翌日には木材が用意された。木材が置かれた部屋に案内してくれたのはサンチェス侯爵家の若い執事の男性だった。

「これは?」
「マティアス様がご所望された木材でございます」
 僕の前には直径が手のひらより大きく、家の柱に使うような僕の身長の倍くらいある木材が置かれている。しかも二本。
「こんなには要らないんですけど……」
「はい、余ったら冬の薪にしますので、好きなだけお使いください。こちらがオーク材、こちらがパイン材でございます。この工房も道具もご自由にお使いください」
「うん、ありがとう」

 オーク材、パイン材、何それ? それにここは本格的な工房に見える。ここにある道具、自由に使っていいの? 僕には使いこなせないけど。僕は小さな手のひらサイズのナイフとヤスリがあればいい。こんな工房が敷地内あるなんて侯爵家ってすごいんだな。

「ラルフ様、これって……」
「ふむ、木の素材が違う。こっちの方が硬そうだが、ナイフを使うことを考えるとこっちの方が作りやすいだろう」
 ラルフ様は二本の丸太をそれぞれコンコンと叩いて硬さを確認している。
 そうなんだ……

「小さくカットしてもらわないと、こんなに太くて長い丸太から彫り出すなんてできないよ」
「俺がノコギリで切るか?」
「ぼくもするー!」
 ラルフ様とシルがカットするところまではやってくれるそうだ。ノコギリなら、ナイフを使うよりは危なくない気がする。ラルフ様がついていてくれるならシルが扱っても大丈夫かな。
 あとは僕が彫ってシルにはまた色を塗ってもらおう。
 親子三人での共同作業だ。

「……ラルフ様、僕を抱えていてはノコギリが使えませんよ」
 ラルフ様は僕を抱えたまま、どうにかしてノコギリが使えないものかと四苦八苦している。部屋の中にいるし、勝手に出て行ったりしないからそろそろ腕を放してくれないかな?

「よし、暇してそうなあいつを呼ぼう」
 そうラルフ様が言うと、扉を開けて近くを歩いていた兵にメルクリオ様を呼んでもらっていた。
 メルクリオ様ってさ、団は違うけどラルフ様より立場は上だよね? それに侯爵家の令息だよね? そんな風に便利に使っていいの?
 昨日僕が街で行方不明になったせいで、サンチェス家の私兵は鍛え直されることになった。それと連携の見直しも行われ、僕を含め客人が攫われたり行方不明にならないよう、街だけでなく屋敷の敷地内も全て見回りが強化された。

 昨夜は夕食が終わった後でサンチェス侯爵が部屋を訪ねてきた。護衛が対象を見失うなどとんでもないことだと謝罪されたのと、ラルフ様が空き家を根城にしていたスリ集団を捕まえたことを感謝された。
 待って、それ僕聞いてないんだけど。僕が迷子になっている間に一体ラルフ様は何をしていたの? もしかして僕を探していたわけじゃなくて罪人を追っていた?
 それとは別に、ルーベンとタルクも森に潜んでいた野盗を捕まえたと聞いた。みんな何してるの?

 ふぅ、昨夜のことを思い出しただけで僕はちょっと疲れてしまった。ラルフ様もシルも、カヤさんが入れてくれた香り高い紅茶をゆっくりと飲んでいる。僕はラルフ様の膝の上で、右手はシルにしっかりと握られている。なんでも、「ママはまいごになるから」だそうだ……

 メルクリオ様はすぐに工房に来てくれた。
「シュテルター隊長! 私のこと呼びましたか!」
 メルクリオ様はラルフ様がこんな形に木材をカットしてくれと指示すると、シルに教えながらノコギリをギコギコしてくれた。意外と面倒見がいいんですね。

「へ~、そうやってポポ隊は作られていたのか。私もやってみたい!」
 僕の手元を覗き込んで感心したように呟くと、メルクリオ様は高そうな衣装を気にすることなく床に直に座り、並んでいたナイフを手に取って木を削り始めた。
 もっと汚れてもいい服を着ないと、木の屑や塗料がつくし、床に座っていたらロンターニ侯爵に怒られるんじゃない?

 一体目のチンアナゴが仕上げに入った頃、メイカーさんがルーベンとタルクと他の私兵を連れて戻ってきた。街の巡回の交代と、屋敷の訓練場でこれから訓練をするため、今から短い休憩を取るのだとか。

「え!? マティアス様が自ら彫られたものだったのですか?」
 普通は僕が彫っているなんて思わないよね。僕もそれは言っていなかったし。
「俺のこれもマティアス様が仕上げたものだ」
 別にそんなこと言わなくていいのに、ルーベンまでどうだと見せびらかしてきた。ルーベンのは騎士団に渡したポポ軍団艶消しブラックの中の一体だ。
「俺のはマティアスが俺のために作ってくれた!」
 ラルフ様も対抗するようにポポママとピエール三号を堂々と掲げた。ラルフ様のは恥ずかしいから他の人に見せてほしくない。

 そしたら、お金は出すから作ってほしいと周りの私兵まで言い始めた。
「全員分は無理です」
 どれだけの個数作らなければならなくなるのか。僕はずっとここにいるわけじゃない。イルデフォンソ様とフィオリーナ様の結婚式が終わったら国に帰るのに、作るまで帰るなと言われたら困る。
「作れるだけでいいです。我らも手伝いますし、足りなければ兵たちの間で共有で使いますから」
 こんなのを共有で使うの?
 自分に合った剣を使った方がいいと思う。安全に打ち合いたいなら木剣を使えばいい。なんなら適当な木の棒でもいい。わざわざチンアナゴである必要はないんじゃない?
 なんでそんなに欲しがるのか僕には分からないよ。

 僕には迷子になって迷惑をかけたという負い目もあって、結婚式までの間にできるだけという約束で作ってあげることにした。

 私兵のみんなは入れ替わり立ち替わり、木を削り出すのを手伝ってくれた。しかし何故か仕上げは僕に任される。
「やっぱりマティアス様が仕上げた方がしっくりきますね。握り心地が違う」
「そう、かな?」
 塗装はシルと、イルデフォンソ様の妹と弟も一緒にやっている。三人で見せ合って楽しそうだ。

 僕は隣国まで来て何をしているのか……考えないでおこう。考えたら負けだ。

 
しおりを挟む
感想 237

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

「最高の縁談なのでしょう?なら、かわってあげたら喜んでくれますよね!」

みっちぇる。
恋愛
侯爵令嬢のリコリスは20歳。立派な嫁きおくれである。 というのも、義母がなかなかデビューさせてくれないのだ。 なにか意図を感じつつも、周りは義母の味方ばかり。 そん中、急にデビュタントの許可と婚約を告げられる。 何か裏がある―― 相手の家がどういうものかを知り、何とかしようとするリコリス。 でも、非力なリコリスには何も手段がない。 しかし、そんな彼女にも救いの手が……?

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

婚約破棄が聞こえません

あんど もあ
ファンタジー
私は、真実の愛に目覚めた王子に王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣言されたらしいです。 私には聞こえないのですが。 王子が目の前にいる? どこに? どうやら私には王子が見えなくなったみたいです。 ※「承石灰」は架空の物質です。実在の消石灰は目に入ると危険ですのでマネしないでね!

処理中です...