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二章
254.小さな誤解
しおりを挟むシュッシュッと僕の袖からナイフをとって振るうのはラルフ様だ。
今日も相変わらず僕の敵を倒している。
「日差しが強いですね」
「そうだな」
バルドにサンシェードを建ててもらっているから、庭のベンチは日陰になっているけど、もう秋も終わりだというのに日差しは強い。
今日はエルマー様が遊びに来る日だ。シルもパンもエルマー様が来る日を楽しみにしている。
二人と一頭でどんな話をしているのかは知らないけど、二人は庭を駆け回るよりも庭のガゼボでお話をしたり、パンとゆっくり散歩するのが好きみたいだ。
先にうちに到着したのはフェリーチェ様だった。ポポ軍団つや消しブラックを高く振りながら庭に向かってくるのが見えた。被っている兜が変わっている。またアックアで新しい兜を作ったんですね。
フェリーチェ様にフェンスタの情報を聞いてみることにした。ラルフ様が言っていた、「メテオリティス様が王位を継ぐのにそれほど年数はかからない」ってことを詳しく知っているんじゃないかと思ったんだ。
「フェリーチェ様、フェンスタの中枢が今どうなっているかは知ってますか?」
「うーん、国外だししっかりと調べたわけじゃないから分からない。王太子が決まりそうって噂は聞いたよ」
メテオリティス様が王太子になったことがフェリーチェ様の元にもまだ入ってきていないということは、メテオリティス様が僕に手紙を書いたのは、王太子になってすぐだってことが分かる。
それを考えると、王位を継ぐ時に僕たちを招待する可能性が高いことは信憑性が増した。
でもそれってさ、ラルフ様たちが第一王子を失脚させたことも関係あるよね?
ラルフ様をジッと見ると、ラルフ様は不自然な感じで「今日は午後から訓練をみると約束していたんだった」なんて言って逃げるように門から出ていってしまった。
どこへ行くにも僕を抱えて移動して、絶対に離れないと気を張っていた頃のラルフ様からは想像できない。
それだけ我が家は安全だと思ってるんだろうか?
うん、確かに安全だ。サンチェス侯爵からもらった、かなり多い額の報酬で門は二重になったし、ロンターニ家から顔見知りの私兵を門番として派遣してくれている。
「マティアス様、エルマー様が来たみたいだよ。なんか今日は送りの近衛が多いね」
フェリーチェ様の言葉に門の付近に目を向けると、いつもは前後四人から多くて六人くらいなのに、今日は十名を超える騎士に囲まれている。
「あ~、そういうことか」
フェリーチェ様はすぐに理由が分かったみたいだけど、僕には全然分からなかった。
シルとパンが迎えに行くと、開けられた扉からエルマー様が飛び出してきて、一緒に仲良くガゼボへと向かった。
いつもはそれを見届けると、侍女を一人残して騎士たちは一旦帰るのに、今日は帰る気配がない。不思議に思って見ていると、続いて出てきたのはいつものエルマー様付きの侍女ではなく、豪華なドレスを着たセリーヌ様だった。
聞いてないよ……。
慌てて馬車のところまで迎えに行くと、「お気遣いは不要ですわ」なんて言いながら扇子で口元を隠してクスクス笑っている。
それって、言葉通りに受け取っちゃダメだよね? お出迎えが遅いという文句だろうか。
フェリーチェ様は一歩も動かず、ベンチに座ったまま優雅にお茶を飲んでいる。
あれ? 今回は言葉通りに受け取ってもいいところだったの?
貴族って本当に難しい。
「今日は如何致しましたか?」
「息子がいつも楽しかったと自慢してくるのよ。だからわたくしも見てみたくなりましたの」
「そうですか」
エドワード王子の奥方になるだけあって、フットワークが軽いみたいだ。それでも、一人で護衛も付けずに街を彷徨いたりはしないから、最低限の常識はあるんだろう。
「マティアス様、フェンスタ王国の王太子が決まりましたわ。あなたもご存知のメテオリティス殿下が王太子ですって」
「そうですか」
「あら、あまり驚かないのね。もうご存知だったかしら?」
「ええ、詳細は存じ上げませんが、メテオリティス様が王太子になられたことだけは知っています」
僕宛に手紙を書くと同時に、周辺の各国へも王太子が決まったことを周知したんだろう。
「あらそう。では知らせに来る必要はなかったのね」
なるほど、セリーヌ様がわざわざうちに来たのはメテオリティス様が王太子になったことを知らせるためでもあったのか。
エルマー様の遊ぶ姿を見たいと言っていたし、庭のベンチに案内すると、リーブが紅茶とお菓子を出してくれた。
「あの二人、何を話しているのでしょうね?」
「それは僕にも分かりません。子ども同士なのに、たまに真剣な顔をして話していたりするのは気になりますね」
気にはなるけど、言いたければ言いに来るし、シルの好きにさせている。
その後は最近の騎士団の様子や、来年入団する騎士の入団試験の話などをした。
「それでセリーヌ様、知りたかったことは知れた? マティアス様は回りくどく聞いても察してはくれないよ」
フェリーチェ様の言葉に僕は首を傾げた。セリーヌ様は僕に聞きたいことがあったんだろうか?
だからわざわざうちに来たの?
「ふぅ、そうですわね。真っ直ぐに聞かないと答えてもらえそうにありませんわ。
それでマティアス様、メテオリティス殿下の元へ行くのですか?」
セリーヌ様は小さなため息を吐いてから扇子を閉じ、真剣な表情で僕に向き直った。
「はい? どういう意味ですか?」
「マティアス様は我が国を捨ててフェンスタ王国の民になるおつもりですか?」
僕はセリーヌ様が何を言っているのか分からなかった。分からなさすぎて、キョトンとしてしまったかもしれない。
隣ではフェリーチェ様が笑いを堪えきれない様子で、必死にハンカチを口に押し当てている。
どこからどう話が捻じ曲がってそんな話になったのか。
「なんでもあなた方夫夫の名前でフェンスタ王国に孤児院を建てたとか。他にも武器や兜を献上し、メテオリティス殿下が王太子になれるよう力を貸したとか。現王にも謁見したと伺っていますわ」
概ね事実ではある。だけど半分くらいは語弊だ。チンアナゴの妖精とその兜は、武器や兜と言えるのだろうか? それに孤児院の件を説明しようと思うと、あの物語のことを説明しなければならないのが憂鬱だ。
僕は今すぐここから逃げ出したい。
「あ~あ、マティアス様を困らすと、大変なことが起きるよ? 私は知らない」
フェリーチェ様が遠くを見つめながら降参するように両手を挙げた。何をしているのかと思って見ていたら、頭上から低い声が降りてきた。
「そうだな。マティアスを困らせるような輩が多いのであれば、この国を出るのもありかもしれん。リーブ、招かれざる客は摘み出してくれ」
僕は逃げ出す必要がなくなった。訓練を見に行くなんて言って出ていったはずのラルフ様が戻ってきてくれたんだ。
セリーヌ様がうちに向かったと聞いて戻ってきてくれたんだろうか? それとも訓練が終わったから帰ってきた? どちらにしてもタイミングよく帰ってきてくれてありがとうございます。
「畏まりました。セリーヌ様、どうぞお引き取りを」
「でも、う……分かったわ」
男なら無理やり引き摺っていったんだろうけど、セリーヌ様は女性だから、気軽に触れることはできない。
リーブはとても怖い微笑みでも向けたんだろうか?
セリーヌ様はエルマー様を呼び寄せると一緒に帰っていった。
「なんだか面倒なことになった気がします」
「じゃあいっそ、フェンスタに逃げちゃう?」
フェリーチェ様は面白そうに言ったけど、僕はこの家が好きだしこの国も好きだ。フェンスタへ遊びにいくのはいいけど、この国を出て他の国に移り住む気は今のところない。
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