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二章
268.誤解
しおりを挟む翌日、いつの間にか外は明るくなっていた。
花屋は内装を変えているからお休みだし、僕は外でシルが剣の稽古をしているのを見に行くこともなかった。外でシルや他のみんなの声がしているのを聞かないように布団に潜り込んだ。
コンコン
「マティアス、体調はどうだ?」
シルの剣の稽古が終わった頃、ラルフ様が訪ねてきた。例え扉の向こうでも、ラルフ様にそこにいてほしくなかった。
「ラルフ様は仕事に行ってください」
その後もラルフ様は扉の外で、中に入ってもいいかとか、顔を見せてほしいとか、心配だとか、色々言っていたけど、今はラルフ様の声だって聞きたくはない。布団に潜り込んで耳を塞いだ。
僕が何も答えないでいると、しばらくして静かになった。たぶん仕事に行ったんだろう。本当に仕事なのかな? また仕事の途中で浮気するのかな?
それで何事もなかったかのように平気な顔で家に帰ってくるの?
その後、リーブが訪ねてきた。
「マティアス様、チェルソがお腹に優しいスープを作ったのですが、いかがですか? 少しは口にしていただかないと体力が落ちてしまいます」
「分かった。部屋のテーブルに置いておいて」
僕が答えるとリーブはスープを持ってきて、テーブルに置くと、暖炉を確認して部屋を出て行った。
僕はリーブが部屋を出るまで頭の上まで布団をかぶっていた。
リーブがいなくなったのを確認して、ゆっくりベッドから出て、テーブルの上を見た。野菜がたくさん入ったスープからは湯気が立ち昇っている。他にも白くて柔らかいパン、花の香りのハーブティーとハチミツが添えられていた。少しだけスープをいただいたけど、優しい味でちょっと泣きそうになった。
「マティアス様、遊びにきたよー」
フェリーチェ様の声が聞こえた。僕は席を立って慌ててベッドに潜り込んだ。頭までしっかり布団を被る。今は誰にも会いたくないんだ。
リーブがいるし部屋までは入ってこないだろうと思ったんだけど、フェリーチェ様は普通に部屋に入ってきた。誰も入れないでって言ったのに。リーブも僕を裏切るの?
「マティアス様、体調が悪いならベッドの中でいいからちょっと聞いてね」
フェリーチェ様は僕の返事も聞かずに話し始めた。
「もしかして昨日見ちゃったんじゃないかと思って。私の元部下が現場の近くでマティアス様を見かけたって言うからさ~」
なんの話か僕には分からないけど、フェリーチェ様は話を続けた。
違法薬物の取引現場を押さえるために、昨日は密かに作戦が決行されていた。そこにはラルフ様の分隊も組み込まれていて、ラルフ様は宿街の取引現場の担当だったそうだ。
敵に怪しまれないように潜入して押さえたのだとか。
僕のことを見かけたフェリーチェ様の元部下も、作戦中だったから持ち場を離れるわけにはいかなくて、声をかけられなかったそうだ。
「──ってことがあって、なんか体調を崩したマティアス様を背負って帰ったって騎士もいたからさ、誤解してるかなって思って来てみた」
誤解なの? 恥ずかしい。
ちなみにラルフ様と組んだのはメルクリオ様ではなかった。
僕は違う意味でベッドから出られなくなった。
「だから心配しないで。シュテルター隊長に限って浮気とか無い無い」
フェリーチェ様にそう言われると、確かにそうかもしれないと思った。あの時は僕も冷静じゃなかった。
「昼間に宿に入るわけだから、恋人同士のような演技をしろって言われたみたいなんだけど、すごい嫌そうな顔してたって聞いてるよ」
そっか、あれは仕事で演技だったんだ……
「マティアス様、きっと昨日眠れなかったでしょ? 私は帰るから今日はゆっくり休んで。シュテルター隊長にも伝えておくね。シルくんも心配してたよ」
それだけ言うと、フェリーチェ様は部屋を出て行った。
そして入れ替わりにシルが入ってきた。
「ママ、くるしいの? かなしいの?」
「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだから。寝てれば治るからね」
「うん……ママいいこいいこ」
シルは小さな手で、布団から顔だけ出した僕の髪をそっと撫でてくれた。
シルにも心配をかけてしまった。
フェリーチェ様が言ったように、僕は昨日の夜、全然眠れなかった。離婚するのかと思って、そしたらどこへ行けばいいのか分からないし、シルや他の使用人もロンターニ家に連れて行かれたら僕は独りぼっちになると思った。
怖くて悲しくて、何がいけなかったのか、僕に何が足りなかったのかとずっと考えていた。
シルが髪を撫でてくれると、だんだん心が落ち着いてきて、急に眠気に襲われた。閉じていく瞼が重くて、抗うことができなかった。
僕はそのまま寝てしまったようで、目が覚めるとシルはいなかったんだけど、枕の横にポポ一族がたくさん置かれていた。横を向いたら複数のポポ一族のつぶらな瞳と目があった。こんなにたくさんいたっけ?
ポポ一族に囲まれて眠るって……
勘違いもそうだけど、この複数の妖精に見つめられるという状況がおかしくて笑いが漏れた。
ふふふ。
起き上がると頭の中がスッキリしていた。テーブルの上に置き去りになっていた、一口だけ手をつけた食べかけのスープとパンとハーブティーも、冷めてしまっていたけど全ていただいた。
昨日の夜も何も食べなかったし、これだけでは全然足りなくて、僕は籠城をやめて扉を開けて部屋の外に出た。
トレイに乗ったスープの器やお皿を持ってキッチンに向かう。
途中でリーブが僕に気づいてトレイを持ってくれた。
リーブは何も言わなかった。ただいつもと同じような微笑みを僕に向けてくれた。リーブもごめん、裏切ったなんて疑って。フェリーチェ様を部屋に通したのは、事情を知って通すべきと判断したからなんだろう。やっぱりリーブは優秀だ。
「リーブ、ありがとう」
「いいえ、マティアス様が元気になられて何よりです」
「うん。もう大丈夫だから。心配かけたね」
何も聞かないで、僕の失敗を笑うことなくいつも通り接してくれるのが嬉しかった。
チェルソにもお礼を言った。それでお腹が空いたと言うと、チキンのサンドイッチを作ってくれた。病気ではないし、小さなパンと野菜スープだけでは足りなかったんだ。食いしん坊ってわけじゃないからね。
キッチンの椅子に座ってサンドイッチを食べているとシルが走ってきた。
「ママなおったの?」
「うん、もう治ったよ」
そう言うとシルは僕の膝の上に乗って抱きついてきた。もしかして僕が死んじゃうと思ったんだろうか? ごめんね、心配かけて。
たくさんの人に心配をかけてしまった僕は、ちゃんと反省することにした。ラルフ様を疑ったことも、何も悪くないラルフ様を遠ざけてしまったことも、本当に申し訳なかった。そんなことをするくらいなら恐れずラルフ様に真実を聞けばよかった。
大切な人を傷つけたのは、ラルフ様じゃなくて僕の方だ。今日帰ってきたらごめんなさいを伝えて、たくさん抱きしめてあげようと思う。
「ポポの家族はこんなにたくさんいたんだね」
シルと一緒に僕の枕元に置かれたポポ一族を片付けた。
「パンもおきにいりのミドリちゃんかしてくれた」
「そっか、パンにも後でお礼言わなきゃいけないね」
パンにまで心配をかけてしまったのか。馬に心配される僕って一体……
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