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二章
310.仕事の日
しおりを挟むマチルダさんから僕を指名して配達の注文が入ったと連絡を受けた。今日は花屋の仕事の日だ。
この時期に入る注文は庭に植える苗ではなく、お茶会や夜会の会場に飾る花がほとんどだ。
朝からマチルダさんが必要な花を揃えてそれを運ぶことが多い。でも今日のお花はいつもと違って小さな花束だった。
こんなのを注文する貴族なんて珍しいと思って眺めていたら、経理を担当している人が注文票を見せてくれた。
お届け先は、アリオスティ侯爵家……
これ絶対ロランドのことを僕に聞きたいだけだよね?
うちに直接、お茶会やなんかの手紙を送るとロランドに見つかるし、ラルフ様が反対するとでも思ったのかな?
もしかして、手紙は送ったけど僕に届く前にラルフ様に握り潰された?
僕は侯爵に本当のことを言ってもいいんだろうか……
ロランドはうちで下働きをしていますなんて言ったら、激怒して私兵を集めてうちに向かったりしないよね?
例えそんなことが起きても、うちには一歩も入れないと思うけど、もし僕が人質に取られたらどうなるか分からない。
大事に発展しなきゃいいんだけど……
届ける花は小さいし、今は騎士がたくさん街を巡回しているから一人で向かうことにした。誰も巻き込みたくはない。
「マティアス様、ようこそいらっしゃいました。旦那様がお待ちです」
前にロランドの衣装を届けにきた執事が、笑みを浮かべながら当たり前のように僕を侯爵の部屋に連れて行った。
僕は侯爵に家に招かれたのではなく、お花の配達の仕事中なんですけどね。
「忙しいところよくきた。店主には少し色をつけてマティアス殿の時間を借りたんだ」
マチルダさん、侯爵が提示したお金に目が眩んだんじゃないよね?
お金で解決できると思っているところが大貴族らしい。
僕が侯爵に促されてソファに座ると、メイドが色とりどりの宝石のように綺麗なお菓子と、いい香りのする紅茶を出してくれた。
侯爵家ではこのような綺麗なお菓子を日常的に食べているんですね。紅茶もいつも飲んでいる紅茶より少し赤みが強くて、甘い香りがする。お花が入っているんだろうか?
侯爵は紅茶のカップを手に持ったけど、口をつけることもなく視線を落としている。なかなか話し始めないのは何かの意図があるのか、それとも僕が話しかけるのを待っているのか、僕にはよく分からない。
「ロランド様のことをお聞きになりたいのですよね?」
長すぎる沈黙に耐えられなくなって僕から聞いてみた。不敬じゃないよね?
侯爵はチラッと僕を見て、また紅茶に視線を落とした。僕の対応が間違っていたんだろうか?
「……ロランドは似ているんだ」
ん? なんの話?
ようやく口を開いたかと思ったら、侯爵は意味の分からないことを言い出した。僕はどう返事をすればいいのか分からず、「そうですか」と曖昧に答えた。
「私も次男だ。私の兄は武勇に優れ、みんなの憧れだった」
急にどうしたんだろう? 僕は戸惑うことしかできなかった。
「だが、そのせいで兄は戦争に参加して命を落とした。それで私が家を継ぐことになった」
「そうですか」
「ロランドは温厚だろ?」
「はい。温厚で、真面目な方だと思います」
相変わらず何を言いたいのかは分からないけど、ロランドが温厚であることは確かだ。
「そして気が小さい」
僕は思わず肯定の返事をしそうになって、罠かもしれないと思い口を閉じた。危なかった。肯定していたら不敬だと言われて拘束されたかもしれない。
「婿に出しても、他所の家で上手くやっていけるとは思えず、騎士として身を立てる道を作った。だが向いていなかった」
戦いが向いていないのは確かだけど、周りが余計なことをしなければ、指揮官としてどうなったかは分からない。僕は案外いい上司になったんじゃないかとも思っている。
「私も向いていないのに覚悟を決めた。だからロランドにもそうあってほしかったんだが、部下の責任をとって辞めてしまった」
向いてないって、最初の似ている発言はもしかしてロランドと侯爵が似ているということ?
そうなの? 侯爵も実は体力がなくて体が弱くて、気が小さくて真面目なんだろうか? もしかして体力をつけるためにチェーンメイルを着て生活しろと言われたら、着たりするんだろうか?
そんな想像をしたら可笑しくなってきて、思わず笑いそうになってゴホゴホと変な咳で誤魔化した。
いけない、余計なことを考えすぎた……
「ロランドは、熱を出して寝込んでいないか?」
侯爵は至って真面目な顔だ。変なこと考えてごめんなさい。
「夜会に参加した日の夜は熱を出すこともありますが、普段は元気にしています」
「そうか。昔の不甲斐ない自分を見ているようで、顔を合わせるとキツく当たってしまう。フォローもするんだが、上手くできていない……」
ロランドが言っていた、「父上は何もできないと罵るくせに諦めてもくれない」の真実はここにあった。
要するに自分に似て世渡りが下手な息子が心配で堪らないんですね。
僕は今回、初めて侯爵と話をしたけど、思っていた人物とはかなり印象が違う。貴族主義の筆頭として威張っているように見えたのは、弱い自分を隠すためだった。
目の前にいる侯爵は弱々しく、その姿って僕が見ても大丈夫? と心配したくなるほどだ。
僕は貴族とも言えないような立場だし、そんな僕が貴族主義の人たちと話す機会などない。だから僕には打ち明けてくれたんだろう。
是非ともその話はロランドに直接どうぞ。彼も色々悩んでいるみたいだし、気持ちが分かるなら、これから先どうするかは親子で話し合ったらいいと思う。
「ロランドはマティアス殿の屋敷で何をして過ごしているんだ? 分かるなら聞きたい」
それ、聞いちゃいます?
言っていいのかな……?
嘘をつくわけにはいかないし、侯爵も本音を話してくれた。だから僕も話すことにしたんだ。
うちに来た流れから、どういう経緯で使用人の仕事をしているのか、今は無理をさせないよう気をつけていることも伝えた。
「そうか。ずっと部屋に籠っているわけではないんだな」
え? まさかロランドは騎士団の中だけでなく、家でも部屋に籠ってたの?
それは心配にもなりますよね……
結婚生活はどうしていたんだろう?
「仕事を休んでいた時は部屋にいましたが、調理の手伝いを任せて、ルキオが護衛になった辺りからは部屋に籠ることはなくなりました」
「そうか。あの子にはうちよりもマティアス殿の屋敷の方が合っているんだな。引き続きよろしく頼む」
「いいんですか? 結婚はまだしたくないと言っていましたが、仕事はもっと相応しいものがあると思います」
うちで使用人なんて本当にいいの?
「あの子には無理をさせたから、しばらくは好きなことをさせたい。
次の就職についてはどうとでもなる。君に心配されるようなことではない」
なるほど。そこは金と権力を使ってどうにかするんですね。急に太々しさを出してきた侯爵の変わり身の早さに感心した。
話が終わると、侯爵はすぐに執事を呼んだ。
「マティアス殿がお帰りだ」
僕が見たことのある、ちょっと威張った感じの侯爵に戻った。
使用人の前でも、こうして虚勢を張らなければならないのは大変そうだ。
「ラルフ様、貴族って大変ですね」
「なんの話だ?」
僕は帰るとラルフ様に今日あったことを話した。ロランドには話していない。ロランドには侯爵が自ら話すべきだよね。
フェリーチェ様にも話すつもりはない。信頼していないわけじゃないけど、人にペラペラ話すことではないと思ったからだ。話すのはラルフ様だけ。
「侯爵は昔から息子を心配していた。子どもの俺にも何度も『息子を頼む』と言ってきた。気付いていないのはあいつだけだ」
なんだ、そうだったんだ。
「そうだラルフ様、厩舎は来週から増設の工事が入ります」
「分かった。マティアスは庭に出ることを禁止する。監視もつけるか」
「へ? なんで?」
「外部から人が来るからだ。何かあってからでは遅い」
工事の人が僕に何かするとでも思ってるの? それとも、僕が工事の邪魔をすると思ってる?
どっちもないよ。
「分かりました」
大規模な工事ではないから数日で終わるし、大人しくラルフ様の意見に従うことにした。
「マティアス、熱が出たか?」
「出てませんよ。なんで熱が出たと思ったんですか?」
「いつもなら反対するのに、すぐに聞き入れたからだ。さては俺がいないところでこっそり覗きに行くつもりだな?」
僕ってラルフ様にそんな風に思われてたの?
少しショックを受けた日から数日後、厩舎の増設工事が始まった。
外からカンカン何かを叩く音や、ガタガタ、ガサガサと謎の音が聞こえてくる。
ラルフ様の考えは正しかった。音が気になってソワソワしてしまう。見に行きたくて仕方ない。
「フェリーチェ様、ちょっとだけ見に行きませんか?」
「ダメだよ。シュテルター隊長と約束したんでしょ?」
まさか監視役ってフェリーチェ様ですか? ラルフ様はもしかして、こうなることも予測してたの?
僕の完敗です。ラルフ様、いつも僕に負けるなんて言ってたけど、今回は勝ちを譲ります。
あー、厩舎建ててるところ見たかった。
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