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二章
369.面白いことの仕上げ・後編
しおりを挟む「陛下、手紙が多数届いております」
「多数? 分かった確認しよう」
宰相から手紙を受け取り、開封していく。
手紙を送ってきたのは、アリオスティ侯爵、ロンターニ侯爵、シュテルター伯爵、セルヴァ伯爵、プロッティ子爵家の嫡男ヴィート、フックス男爵、コレッティ男爵。開封する前から陛下は少し嫌な予感がしていた。
宰相も緊張した様子で陛下の手元を見ている。
「ふぅ~、これを読んでみよ」
陛下は宰相にアリオスティ侯爵からの手紙を渡した。恐る恐るといった様子で宰相は受け取り、静かに読み、彼もまた深い溜め息をついた。
「エドワードを呼んでくれ」
「畏まりました」
力なく言った宰相は少し前屈みになり腹部を手で押さえ、眉間に皺を寄せた。
彼にはしばらく休暇を取ってもらおう。……この件が片付いたら。宰相の丸まった背中を眺め、陛下は宰相に休みを与えることを決めた。
他の手紙も内容は大体同じだろうが、読んでみるか……
陛下はペーパーナイフを手に取り、一通ずつ開封して読み進めた。
手紙の内容はどれも同じような内容だった。
騎士団の使えない老害を排除するために、エドワードがシュテルター隊長の息子を使った。成人を迎えるどころかまだ十にも満たない子を巻き込み、シュテルター隊長はこの国を去ることを決意した。エドワードは何度かシュテルター隊長に迷惑をかけており、それを野放しにした王家の責任を追求するという内容だ。
やはり早めに対処しておくべきだった。あの子は孫のエルマーにもよくしてくれていると聞いていた。それをエドワードは仇で返した。
「エドワード様をお連れしました」
来たか。覚悟を決める時がきたようだ。陛下は拳を握り込んだ。
「エドワード、なぜ呼ばれたか分かっているな?」
「大体は……」
「多数の抗議が届いておる。読んでみるか?」
エドワードもこれはさすがに不味い状況だと思ったのか、いつもより随分大人しい。
コクリと頷いた彼に陛下は手紙を渡した。
「それで、シュテルター隊長が国を出てから、いくらでも私に言う機会はあったな?」
「はい、申し訳ございません」
「この出奔は用意周到に準備されている。お前は途中で気づいていたはずだ。黙っていた理由はなんだ?」
「申し訳ございません」
「どうするつもりだ?」
陛下は謝るだけで何も答えようとしないエドワードに苛立ちを覚え、震える拳を必死に抑えながら静かに問うた。
「呼び戻しに──」
「バカなこと言うな!」
陛下はエドワードの言葉に被せるように声を荒げ、残りの手紙を怒りに任せてエドワードの顔に向かって投げつけた。
エドワードの顔面に当たった手紙はバサバサと虚しく床に落ち、辺りはしんと静まり返った。
「近衛、ここへ!」
陛下の声に部屋の外で待機していた近衛数名が入室すると、エドワードを罪人の牢へ投獄することを伝えた。
エドワードが連れていかれると、宰相が床に膝をつけて散らばった手紙を拾い集めた。
「すまんな、苦労をかけて。どうやら私も引退する時がきたようだ」
「その際には私の宰相の任も解いていただきたく存じます」
宰相は膝をついたまま、陛下に頭を下げた。
「分かった」
呟いた陛下の声は掠れていた。
*
その頃マティアスたちは……
「ピグロ、買い過ぎじゃない? どうやって持って帰るの?」
ピグロはリーノと共に大量のお菓子を持ち帰った。リーノが荷物持ちみたいになってるけど、リーノはそれでいいの?
「もう来られないかもしれないって思ったら、今のうちに買っとかないとって思うよねー」
それはそうかもしれないけど、日持ちしないものは大量に買っても傷んでしまうだけだ。
「シルはそれだけでいいの?」
「うん」
シルはパン用のブラシを買った。ブラシの背の部分に妖精の絵が描かれているやつだ。こんなところにまで妖精は侵略の手を伸ばしていた。
まさか人間界だけでなく馬にも侵略の手を伸ばし始めた?
出立の前日にはクロノス様もお別れの挨拶に来てくれた。
「ピグロ、シル、リーノ、またあいたい」
泣くのを必死に堪えているクロノス様。もっと嫌だと泣き喚いたりするのかと思ってた。会いたいけど会えないこともあるんだと知っているからだろう。
「てがみ、かくね」
「ぼくもかく!」
シルが言うと、クロノス様は顔を上げて、力強い目になっていた。
またいつか会えるといいね。
一応『愛の巣』孤児院にも挨拶に行った。
「マティアス様」
職員の女性にこそこそと話しかけられ、何かと思ってついていくと、小瓶をいくつか渡された。
「えっと、これは?」
裏庭で育てた例の花を使った精力剤だった。製造工場に花を卸したら、試作品をくれたそうだ。職員には既婚者も恋人がいる人もいないから貰ってほしいと渡された。
それは分かったけど、なぜ僕なの?
ラルフ様に渡すなら分かるけど。しかもこそこそ渡してきたところが怪しい。
「なぜ僕に?」
「ラルフ様はこのようなものは必要なさそうだと思いました。感度も良くなるそうなので、マティアス様にお渡しした方がよろしいかと……」
僕だって気にならないわけじゃない。この人の言うとおり、ラルフ様には必要ない。
必要なのは僕の方だったのか……
ラルフ様と違ってすぐにバテてしまうから、必要な気がしてきた。
「ありがたく受け取っておきます」
「いえ、リピーターになっていただければ、子どもたちが豊かに暮らせますので」
彼女はにっこり微笑んだ。
そう言われると、買わないわけにはいかなくなってしまうじゃないか。
シスターたちと違って、ここの職員には給料も払われるんだろう。これからの孤児院の経営には商売の腕も必要なのだと知った。
ラルフ様に見つからないよう、こっそりしまっておこう。小瓶だからハンカチで包んで割れないよう鞄に入れた。試してみたいような試すのが怖いような……
初めて、ラルフ様が精力剤を買ったけど隠していた気持ちが分かった。
なんとなく恥ずかしくて言い出せない。隠しておかなければいけない気持ちになるんだ。
後ろめたいわけじゃないけど、見つかってはいけない気がしてしまう。
離宮に戻って帰り支度を進める。
「マティアス、少し出てくる」
「うん、分かりました」
ラルフ様がアマデオと共に出かけて行った。二人で出掛けるなんて珍しい。もしかして、先日倒した闇組織のことだったりする? 実は騎士団に協力してて、今でも残党がいないか確認してるとか……
フェリーチェ様は副団長とイチャイチャしてるし、ルーベンはタルクと毎日王都の近くの森に出かけてるから、アマデオを連れていくのだとしたら説明がつく。
「ニコラ、これ食べる? ピグロが買い過ぎて、馬車に積めないから消費しなきゃいけないんだよね」
「これはまた……」
ニコラもお菓子の山に驚いている。
「ルカくんは出かけてるんだっけ?」
「そうですね。彼はハリオさんと一緒に杏子の加工品を買うと言っていたような……」
王都に戻ったら杏子を使ったお菓子を作るのかもしれない。フェンスタから輸入するとなるとお値段が気になるところだけど、貴族に向けて作るのなら珍しくて高価なお菓子ってのもありだと思う。
みんなフェンスタを満喫してるね。
僕とニコラも束の間の休息を楽しんだ。
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