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二章
383.侵入者に警戒せよ
しおりを挟む「シル、これってなんだと思う?」
「パンのおともだち」
うん、たぶんそうなんだろう。
早朝訓練を終えて騎士のみんなを見送った僕とシルとピグロは、パンの小屋の前で見知らぬ動物を前に固まっていた。パンは他の馬に比べるとずいぶん小さい。しかしこの白と黒の動物は更に小さい。僕が抱えて運べそうなくらいの大きさだ。
「ヤギの子どもに見えるー」
ピグロ、僕もそれはなんとなく分かってた。これが何の種類の動物かが問題なのではなく、なぜここにいるかということが問題なんだ。
今朝の早朝訓練、パンはいつも通りシルの近くでシルの訓練を見守っていた。その時はこのヤギを連れていなかった。その後、みんなで食堂に移動して朝食をとり、騎士のみんなを送り出す間に入り込んだ?
それともパンがシルの訓練を見守っている時はすでに小屋の中にいたんだろうか?
メェェ
白と黒の動物が鳴いた。やっぱりこれはヤギに違いない。
リーブがちょっと怖い笑顔を浮かべてこっちに歩いてくるのが見えた。さっきの鳴き声を聞いて来たの? 耳よすぎじゃない? それとも見知らぬ気配があったから見に来たんだろうか?
妙な緊張感が漂った。
「ピグロ、動物を連れ込むのは禁止されていますよ。それを破ったのですか?」
リーブはこのヤギをピグロが連れてきたのだと思ったらしい。ピグロは前にホープを連れてきたし、それで疑われたんだろう。
「えー? 俺じゃないよー、俺ヤギなんて連れ帰ってないしー」
ピグロは可哀想な馬を見つけたらなんとかしようとするかもしれないけど、この怪我もなく健康そうな子ヤギを連れてくるとは思えない。もし連れてくるとしたら、ラルフ様に報告するだろう。
「リーブ、この子はたぶん自分で勝手に入ってきたか、パンが連れてきたんだと思う」
「そうですか。動物といえど、この屋敷には簡単に入れないと思うんですがね」
確かにうちには簡単に入れない。となると、やっぱりパンが連れてきたんだろうか?
パンを見てみたけど、パンはシルに顔を擦り付けて甘えている。パンもヤギも話せるわけじゃないから真相は分からない。
「マティアス様、このヤギどうするのー?」
「まだ子どもみたいだし、飼い主が探しているかもしれない。各所に聞いてみるよ」
愛玩用か、それともミルクを取るためか、僕はリーブと一緒に商店街や王都郊外の牧場を回った。だけど残念ながら飼い主は見つからなかった。ヤギは草を食べてくれるから、除草目的で農家が飼っていることもある。農家を全部回るのは難しい。
「みんな知り合いにも聞いてくれるって言ってたから、しばらくは待つしかないね」
「ええ、そうですね」
「リーブ、ヤギって野生のもいる?」
「ええ、おりますね。岩山に生息していると聞きます」
岩山は王都の周りでは見たことないけど、僕が見たことないだけで実際にはあるかもしれない。それに森には絶対いないってこともないだろう。だとしたら野生のヤギだったりする?
野生のヤギが王都に入って、そしてうちに入ってくるなんてことある?
「パン、君が連れてきたのかな?」
パンに尋ねても分かるわけじゃないけど、一応聞いてみたら「ヒンッ!」と鳴いた。
そんな返事すると肯定ととるよ?
もしパンが連れて来たのだとしても、パンに「勝手に動物を連れ帰っちゃダメ」と言っても分からないだろう。
子ヤギは、厩舎のパンの区画で大人しくしている。シルが飾ったポポの家族たちを眺めているように見えるのは気のせいだろうか?
「マティアス、そいつは何だ?」
シルと一緒にヤギを観察していると、いつの間にかラルフ様が帰ってくる時間になっていた。
「どうやって入ったのか分かりませんが、今朝ラルフ様たちを見送った後で厩舎に来たらいました。自分で入ったのか、パンが入れたんだと思います」
「ふむ、やはりマティアスの忠告は正しかったようだ」
え? 何の話?
いつまでもヤギを観察しているわけにもいかない。夕食の準備ができたとメアリーが呼びに来てくれたから、ラルフ様とシルと一緒に食堂へ向かった。
ピグロが見当たらないと思っていたら、リーノを出迎えに行っていた。
ピグロもラルフ様の部下ではないのに気配が探れる。リズの弟だと思えば当然かもしれない。そしてその能力を活かして、リーノが帰ってくると、いつも門まで迎えに行くんだ。
ピグロって馬に優しいし馬を大切にするけど、恋人にも優しいし尽くすタイプみたいだ。ピグロとリーノって見ていて可愛い。
今も、手を繋いで食堂に入ってきた。それは他のカップルも同じなんだけど、この中で一番若いからか、初々しさがあるんだよね。
「みんな聞いてくれ。うちの敷地内に侵入者が入り込んだ。マティアスが思い込みはいけないと忠告してくれた途端に起きた」
へ? 僕そんな忠告してませんけど?
しかも侵入者って……もしかして子ヤギのこと?
侵入者と聞いて、みんながざわついた。きっとみんなは刺客でも入り込んだと思ってるんだ。
「隊長、侵入者は一体どこから?」
ハリオが心配そうにラルフ様に尋ねた。
「それは分からん。正門の可能性が高い。明日の早朝から調査を始める!」
みんな鋭い視線を各所に飛ばして警戒を強めている。要塞とまで呼ばれ、王都の中でも安全とされるうちに侵入者を許したことで、警戒したんだろう。
「ちょっとみんないい?」
僕が手を挙げると、みんなが一斉に僕に鋭い視線を向けた。ちょっと怯みそうになったけど僕は口を開いた。
「侵入者と言っても、刺客やなんかの危ない人が入ってきたわけじゃないからね。子どものヤギがいつの間にかパンの小屋にいたんだ。人の侵入を許したわけじゃないから、そこまで警戒しなくていいよ」
「そういうことだ。マティアスは必要以上に警戒することで、敵の思うつぼだと言っている。ここは相手の思い込みを利用するところだ」
そんなこと、僕は一言も言ってない。ラルフ様の頭の中ってどうなってるんだろう?
相手の思い込みって、ヤギの? どういうこと? 僕は全然理解できないんだけど、みんなには分かるの?
「ほう、思い込みは我らの弱点ともなり得るが、敵の弱点にもなり得るということですね。なるほど」
リーブ、ラルフ様の功績捏造にのらないでよ。
みんなも、「なるほど」じゃない。ニコラまで頷かないでよ……
ねえみんな、よく考えてみて。入ってきたのはヤギの子どもだよ?
何をそこまで警戒することがあるのか、僕にはさっぱり分からない。
そして、思い込みは今現在のみんなだ。
本当に思い込みって怖い……
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