42 / 44
伝えたい
42.
しおりを挟む草木が生い茂った森を抜けると、目の前には聳え立つ岩壁が見えた。登るしかない。ロッククライミングなんてしたことないけど、必死に岩にしがみついて登っていった。あと少しだ。
殿下、必ず生きていてください。生きてさえいれば、僕がなんとかするから。
カーンッ
剣を打ちつけたような音が僅かに聞こえた。殿下はきっと生きていて、まだ諦めていないのだと分かった。僕が助けます。
岩をよじ登って、ようやく巣の入り口についた。
殿下はワイバーンに最後の力を振り絞って抵抗していた。いつも使っている大きな剣ではなく、刃渡が二十センチほどの短剣で必死に抵抗している。起き上がることもできず、必死に転がりながら避けて短い剣を振り回しているのが見えた。
ワイバーンにとっては玩具で遊んでいるような感覚なのかもしれないけど、明らかに劣勢だった。
「今助けるから! 死なないで!」
無我夢中で魔法を飛ばして、ワイバーンを全て氷漬けにすると、殿下に近づいてヒールをかけた。大丈夫。まだ助かる。
殿下の大きな体を抱き起こすと、背中に触れた時、生温かいぬるりとした感触があった。
「リアン……俺を置いて、逃げろ」
「嫌だ! 僕は殿下を連れて帰る!」
いいよ、僕のこと愛してなくても生きていてくれればいい。だから神様……。
「俺は今度こそもう……こんな時に言うのは卑怯だけど、最後に言わせてくれ。……リアン、愛してる。傷つけてごめん」
「嘘……殿下、やだ目、閉じちゃダメ。僕も愛してる」
なんでそんなこと言うの? 最後だから? こんな別れの言葉嫌だよ。僕は必死にヒールをかけ続けた。どんどん魔力が削られていく。
「間に合ったか? これ、なんなんだ? ワイバーンが全部氷漬けになってるぞ」
「リアン! いるか? ポーション持ってきたぞ」
友達の声が聞こえた。追いかけてきてくれたの? こんな危険なところに?
「ここです!」
僕がが叫ぶと走ってくる足音が聞こえた。腕の中で今にも止まってしまいそうにか細くなっていく殿下の呼吸。必死に意識を繋ぎ止めようと声をかけ続けた。
「意識はあるか? 飲ませられるか?」
友達が持ってきたポーションは紫だった。みんなありがとう。
「飲ませる! 貸して!」
僕は血で真っ赤に染まった手でポーションを友達から奪い取って、口移しで殿下に飲ませた。喉がゴクッと音を立てたのが分かった。まだヒールはかけ続けたままでいる。どうか間に合って……。
呼吸は止まっていないけど、殿下は完全に目を閉じてしまった。いつ呼吸が、心臓が止まってしまうのかと怖くてたまらなかった。
「殿下! お願い、起きて……」
洞窟の中には、僕の殿下を呼ぶ声だけが響いていた。
しばらくすると長いまつ毛がピクピク動いて、殿下は目を開けた。
「天国でもリアンに会えるなんて夢みたいだ」
「死んでないから! 勝手に死ぬな! 僕のこと愛してるなら、死なないで……」
「うん、ごめん」
よかった。戻ってきた。嘘でもいい、殿下は僕に最高の言葉をくれた。
「殿下の意識が戻ったなら撤退するぞ、ここにいるワイバーン五体は凍っているが、まだ四体が戻ってくるかもしれん」
「殿下のこと、背負ってもらえませんか?」
「分かった、背負っていこう」
「俺も手伝うぞ」
ここにくるだけでも大変だったのに、背負って山を降りろなんて頼んでいいのか少し迷った。でも友達は当たり前のように了承してくれた。
「ヤバいぞ、残りのワイバーンが戻ってきた!」
入り口で見張りをしていた友達が僕たちのところに駆け込んできた。
当たり前だが、彼一人で戻ってくるワイバーン四体を相手にするなんて無理だ。通常ワイバーンはたくさんの騎士で囲んで集中攻撃を喰らわせながら倒す。ここにいる騎士は三人が戦闘職で一人が救護班、そして一人では動けない殿下と僕だ。
みんなはせっかく助かったのに、もう終わりだと青い顔をしている。
「僕がやります」
命より大切なものなどない。僕は迷わず前に出て、巣の奥へと進んでくるワイバーンを氷漬けにした。他にいないといいんだけど。一応確認したと言われていた九体は全て氷に閉じ込めた。
「これ、他のもリアンがやったのか?」
殿下が言ったけど、僕はどう答えていいのか分からなかった。
「さ、さぁ……」
実に苦しい誤魔化し方だ……。
「リアン、強いな。俺の愛する男はこんなに格好いいのか」
そう言われて急に現実が押し寄せてきて、ビクリと体が揺れた。なかったことには、できませんよね?
「リアン、堂々としていろ。お前はまた俺を救ったんだ」
殿下はそう言ったけど、僕はそう気楽に考えることはできなかった。
みんなに見られた。これで僕の『戦いに参加せず救護班で活動する』という騎士団での立ち位置は終わった。
「この状態ならワイバーンを安全に倒せる。俺は先行して戦える騎士連中を呼んでくる!」
「ダメ……」
僕は駆け出そうとした友達を引き留めていた。
586
あなたにおすすめの小説
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
【8話完結】俺は推しじゃない!ただの冒険者だ!
キノア9g
BL
ごく普通の中堅冒険者・イーサン。
今日もほどほどのクエストを探しにギルドを訪れたところ、見慣れない美形の冒険者・アシュレイと出くわす。
最初は「珍しい奴がいるな」程度だった。
だが次の瞬間──
「あなたは僕の推しです!」
そう叫びながら抱きついてきたかと思えば、つきまとう、語りかける、迫ってくる。
挙句、自宅の前で待ち伏せまで!?
「金なんかねぇぞ!」
「大丈夫です! 僕が、稼ぎますから!」
平穏な日常をこよなく愛するイーサンと、
“推しの幸せ”のためなら迷惑も距離感も超えていく超ポジティブ転生者・アシュレイ。
愛とは、追うものか、追われるものか。
差し出される支援、注がれる好意、止まらぬ猛アプローチ。
ふたりの距離が縮まる日はくるのか!?
強くて貢ぎ癖のあるイケメン転生者 × 弱めで普通な中堅冒険者。
異世界で始まる、ドタバタ&ちょっぴり胸キュンなBLコメディ、ここに開幕!
全8話
【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?
銀花月
BL
魔導師マルスは秘密裏に王命を受けて、花街で花を売る(フリ)をしていた。フッと視線を感じ、目線をむけると騎士団の第ニ副団長とバッチリ目が合ってしまう。
王命を知られる訳にもいかず…
王宮内で見た事はあるが接点もない。自分の事は分からないだろうとマルスはシラをきろうとするが、副団長は「お前の花を買ってやろう、マルス=トルマトン」と声をかけてきたーーーえ?俺だってバレてる?
※[小説家になろう]様にも掲載しています。
【完結】流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。
時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!?
※表紙のイラストはたかだ。様
※エブリスタ、pixivにも掲載してます
◆この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」もあります。そちらも気になったら覗いてみてください。
◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。
悪役令嬢の兄に転生!破滅フラグ回避でスローライフを目指すはずが、氷の騎士に溺愛されてます
水凪しおん
BL
三十代半ばの平凡な会社員だった俺は、ある日、乙女ゲーム『君と紡ぐ光の協奏曲』の世界に転生した。
しかも、最推しの悪役令嬢リリアナの兄、アシェルとして。
このままでは妹は断罪され、一家は没落、俺は処刑される運命だ。
そんな未来は絶対に回避しなくてはならない。
俺の夢は、穏やかなスローライフを送ること。ゲームの知識を駆使して妹を心優しい少女に育て上げ、次々と破滅フラグをへし折っていく。
順調に進むスローライフ計画だったが、関わると面倒な攻略対象、「氷の騎士」サイラスになぜか興味を持たれてしまった。
家庭菜園にまで現れる彼に困惑する俺。
だがそれはやがて、国を揺るがす陰謀と、甘く激しい恋の始まりを告げる序曲に過ぎなかった――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる