俺たちの××

二学期編

火のないところに煙はたたない →side T

無言で波砂と見つめ合うこと、約30秒。

「……いや…………まあ、本当は本当なんだが……」
ぐっと詰め寄る元カノに、嘘をつくことを諦めて俺は白状した。
カッと見開かれた綺麗なアーモンド形の目に怒りが見えて、俺は一瞬怯む。
「え……本当なの？！トウルが、そんな酷いこと出来る男だとは思わなかったわ。……ヤッちゃんを自由にしてあげなよ！」
必死の形相で掴みかからんばかりの波砂に、俺は驚いて、どうどうと暴れ馬を落ち着かせるように両手を目の前にひろげる。
「まあ、ナズ、落ち着け…………。そっちは違くて……えーっと、ナズ……ウワサ話ってのは、全部本当の話じゃねーよ｣
波砂はじゃあどうなのと、更に詰め寄るように顔を寄せてくる。
この顔に詰め寄られるのは、とても苦手である。
｢確かに付き合ってるのは本当だけどョ……、……無理矢理襲われたのは、どっちかってと……俺の方」
あまり話してカッコイイと言えるようなこともない。
視線を下ろして。
落ちたタバコを拾い上げて視線をそらして銜え直す。
「え……ヤっちゃんが襲ったの？………ねえ、トウルは、ヤッちゃんのこと好きなの？」
「ンだよ……当たり前だろ。好きじゃなきゃ付き合わねェし、襲われたら反撃するだろ。……俺は男なんだしよ」
多分、無理矢理襲われたときも、本当に嫌だったら拘束しているビニールテープなんか簡単に引きちぎれたと思う。
康史に嫌われているか憎まれてるかとか、昏い考えに至っていた自分は絶望してそんな気力がなかっただけなのだ。
「そっか、無理矢理とかだったら、わたしがトウルとヨリを戻して、ヤッちゃんを解放しなきゃとか、わたし使命に燃えてきたんだけど、見当違いか」
ちょっとだけ残念そうな顔が可愛い。
｢はっ、ヨリ戻すってなあ……。ンな、使命はいらねーよ。……バーカ｣
｢あ、ひどい！一応心配したんだからね！｣
学年でも１番か2番くらいに人気のある女の子である。
もったいないことをしたとは思うけど、これでよかったのだとも思う。
「ははっ、アリガトウな、ナズは優しいヤツだよな」
ぽんっと頭に手を置くと、昔のように照れくさそうな笑みを浮かべる波砂は本当に可愛いと思う。

でも、もうすべて終わったことだ。

それに俺の全部はアイツにささげた。

「……でも、トウルが襲われちゃったんだ」
「なんだよォ、……襲われちゃったって……」
含みのある波砂の言葉に俺は唇を尖らせた。
確かに、元カノにこの巨体をヤられている姿の想像をされるのはキツイ。
「ヤっちゃんも大概趣味悪いんだなーって」
「ちょっと待て、そんな俺と付き合ってたオマエはどうなの？」
「へへ、わたしは女だしね。まあ、昔からわたしと居るときより、ヤッちゃんと居るときの方がトウルは楽しそうだったけどね」
思い出したように、波砂は寂しそうな顔をする。
喧嘩ばかりして康史と一緒にいることが多く、ちっともデートにも連れて行かなかった。
「そうか？そりゃあ悪いことしてたな。ゴメン」
「いいの。トウルは、鈍感だしね。ホワイトデーをブッチされてわたしもついつい怒って別れるって言ったけど。その後のフォローなかったから、そのまま諦めたけどね。ああ、でも。他の子達になんていおうかな」
征伐隊を組まれてしまうのだろうか。
女子のリンチは大概男より恐ろしいといわれている。
別に気にはしないけどな。
「まあ、俺ァ元々女たちには嫌われてるしなァ。アイツが無駄にイケメンなのが悪ィな」
「ノロケ、ごちそう様。わたしは応援するよ、二人のこと。他の子たちには相思相愛だよって伝えておくね」
ふふっと笑う波砂に、素直にお願いしますと伝える。別に隠したり嘘をつけと言う気もなかった。
「まあ元々俺の名前出して断るヤスが馬鹿なんだけどな」
「そうね。ちょっとだけ、トウルも大人になったよね」
確かに昔なら討伐される前にやっちまうと公言して脅しまくるくらいのことをしていたような気がする。
「征伐隊来たら適当にやられとくよ。女に手をあげないのは、一応俺のポリシーだからな」
「わたしはトウルの喧嘩好き認めてあげられなかったけど、ヤッちゃんは一緒に喧嘩してくれたもんね。それがわたしの敗因かな」
波砂は、ちょっとだけ悔しそうに呟いて、俺の顔を見つめる。

「ナズは俺にとってはすげえイイ女だったぜ」

喧嘩をやめて欲しいという願いはかなえられなかったけども。
俺にとっては、最後の女。

「ふふ。過去形だけどね。ちゃんとタバコ消してから教室戻るんだよ。じゃあ、戻るね」
くるっと背を向けた波砂の横顔にちらっ光るものを見た気がした。
多分俺は俺が思ってたよりずっと、この娘には愛されていたと思う。
「おう。またな」
声をかけると、手にしたタバコを地面にこすり付けると吸殻入れ吸殻を収めて、ゆっくりと腰をあげた。

でも、みんな康史には適わないし、俺も……大概だ