瀬をはやみ

怜悧(サトシ)

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ときは(常磐)なるひと 

side Hasegawa

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オレは結局のところ、これからどうするかすら、あの人に伝えることもできないまま、もう遅いからというありきたりの理由だけで、彼の家をでてきてしまった。

何度も夢にまで見ては忘れようとしてきた存在だった。
どこか、寂しそうな表情でオレを見返す表情を浮かべるあの人から目を逸らして、そのまま扉を閉めた。
どうしたいか、どうすればいいのかなんてもうわからなくなっている。

ふっと無意識に足を運んだのは、アニキの住んでいるマンションだった。

「あれ、びっくりした。西覇がココにくるなんて珍しいね。何かあったの?」

インターフォンを押すとスグに顔を出したのは、少し濡れた髪を降ろした恐ろしいほど整った顔立ちの男、アニキの恋人だった。
「あ、康史さん。今晩わ。ちょっと、色々あって、気がついたらここにきてました……」
女性を虜にする甘いフェイスで柔らかく笑い、オレを部屋の中へと入れる。
モデルらしい優雅な仕種で、はいっとスリッパを差し出しながらオレの肩をとんっと叩く。
大学時代にスカウトされて、最近ではパリコレとかにも出ているくらいの有名なモデルになっている。
近くにいるだけで、なんだかいい匂いすらしそうだ。一般人とは、本当に放つものがちがう。

「いつも冷静な西覇が、そんなに取り乱すなんて珍しすぎるしな」

「アニキは?」
居間からもでてくる様子がまったく無いのに、首をひねると、康史さんは、ふっと天井を見上げて苦笑を浮かべる。

「オレ、昨日帰国したばっかでさ、トールはちょっとばかりムリさせたんで、今はダウン中なんだよね」
この人のちょっとムリさせたのレベルは、昔から常軌を逸しているからなと思いながら、居間へと足を踏み入れた。
アニキの部屋とは思えないくらい洗練されたセンスのいい内装は、全て康史さんの趣味だろう。
通されるまま、座り心地のいいソファーに腰を下ろすと、キッチンで康史さんが慣れた手つきで珈琲を入れ始める。

「夜遅くにごめんなさい」
「気にしねーの、西覇はオレにとっても弟みてーなもんなんだからさ」
王子のような爽やかな笑顔で言われて、思わず安堵の息をつく。
「で、何があったの?」
カシャンとカップをオレの目の前に置くと覗き込み綺麗過ぎる顔を近づける。
これじゃ、誤魔化しのウソもつけないな。
「覚えてますか?僕が、高校の時に付き合った人のこと」
逆に問い返すと、康史さんは少し苦い表情を浮かべて、うーんと唸る。

「忘れいでか。まあ……あん時はさ、色々大変だったしな……。まさか、あの彼氏に会ったのかな」
疑問系ではなく確認のように聞かれて、オレは頷いた。
この人なら、きっとアニキよりもずっと的確な答えをくれそうな気がした。
ことの顛末を全て吐き出し、気を落ち着けようと、暖かな薫りの良い珈琲を口にして飲み込む。
「確かにな、一度負った傷は二度と負いたくないからな」
「康史さんは、アニキに逃げられたらどうしました?」
逆に問い返すと、彼はそうだなっと呟いて天井を再度見上げて考える。
この人は考える時に、いつも天上を見上げる癖があるようだ。
「追いかけるしかないなー。でも、トールのことだから、何も言わずに消えることはしねえかな。アイツは隠し事できねえからな」
シュミレーションしたのか、ちょっと気分を盛り下げた表情を浮かべて答える様子に本気でオレの話を聞いてくれているのだと感じた。
アニキは何はともあれ、この人と一緒にいて幸せそうだ。
「まあ。康史さんは、アニキの身体の方も支配してるから、逃げられるなんてことないでしょ」
なんだかんだ、絶対にアニキを離さないように裏で画策するタイプで、単純明快な絵に描いたような脳キンである、簡単に罠にかかるのだろう。
康史さんは、肩を聳やかして、軽く眉をあげて首を軽く横に振った。
「トールに関しては、オレは自信なんかいつだってねーよ。支配なんかできりゃいいのにっていつでも思ってんだけどね。あいつはいつだって王様だからな」
ふっと気弱そうな口調で語る様子が意外な思いでじっと見入ってしまう。
「オレがトールを抱けるのも、あいつの精神力の賜物だし、唯一の頼みの綱は俺の顔くらいいだけどな。今後どうなってくかなんて神のみぞ知るだけどな」
頬を掻いて言いにくそうに語る様子が、今まで思ってきた自信たっぷりのイケメン王子のイメージからかけ離れて思えた。

誰だって先のことは分からない。

続いて行く関係なのか、途切れてしまう絆なのかなんてわかりはしない。
努力だけではどうにもならないこともある。
だけど、これだけは言って置かないといけない。

「アニキがさ、長距離の仕事やめたのも康史さんの為だと思うし、中途半端じゃ、籍なんか入れないと思います。」
「ありがとな。大丈夫、信用してねえわけじゃないよ。でも、なんか、西覇に康史さんとか改まって言われるとくすぐったいな」
「ガキの時みたいに、ヤッちゃんなんて呼べないですよ」
珈琲をすすりながら、頭の回転が速くて美形で何も手に入れられないものもないような男が、脳キンでむさ苦しい男1人のことで悩んでいる。
入籍までしているのに、先のことがわからないというのなら、俺が、彼との先がわからないのは普通のことなんだなとおもう。

一度いなくなられた記憶もあるのだから。余計にだ。

がチャッと乱暴に居間の扉が開き、上半身裸で大あくびをかましながら、寝癖のついた甘栗色の髪をしたオレの実のアニキが入ってくる。

「んあ、はよ。セイハ、来てたンか。」
「……おはようにはマダマダはえーよ」

少し気だるそうな表情を浮かべながら、どすっとオレの隣に腰を下ろす。

「ヤスが隣にいねえから、何事かと思った」

オレの前から当然のように残っていた珈琲を飲み干して、アニキはオレの肩を叩いた。
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