瀬をはやみ

怜悧(サトシ)

文字の大きさ
7 / 14
ときは(常磐)なるひと 

side Hasegawa

しおりを挟む
オレは結局のところ、これからどうするかすら、あの人に伝えることもできないまま、もう遅いからというありきたりの理由だけで、彼の家をでてきてしまった。

何度も夢にまで見ては忘れようとしてきた存在だった。
どこか、寂しそうな表情でオレを見返す表情を浮かべるあの人から目を逸らして、そのまま扉を閉めた。
どうしたいか、どうすればいいのかなんてもうわからなくなっている。

ふっと無意識に足を運んだのは、アニキの住んでいるマンションだった。

「あれ、びっくりした。西覇がココにくるなんて珍しいね。何かあったの?」

インターフォンを押すとスグに顔を出したのは、少し濡れた髪を降ろした恐ろしいほど整った顔立ちの男、アニキの恋人だった。
「あ、康史さん。今晩わ。ちょっと、色々あって、気がついたらここにきてました……」
女性を虜にする甘いフェイスで柔らかく笑い、オレを部屋の中へと入れる。
モデルらしい優雅な仕種で、はいっとスリッパを差し出しながらオレの肩をとんっと叩く。
大学時代にスカウトされて、最近ではパリコレとかにも出ているくらいの有名なモデルになっている。
近くにいるだけで、なんだかいい匂いすらしそうだ。一般人とは、本当に放つものがちがう。

「いつも冷静な西覇が、そんなに取り乱すなんて珍しすぎるしな」

「アニキは?」
居間からもでてくる様子がまったく無いのに、首をひねると、康史さんは、ふっと天井を見上げて苦笑を浮かべる。

「オレ、昨日帰国したばっかでさ、トールはちょっとばかりムリさせたんで、今はダウン中なんだよね」
この人のちょっとムリさせたのレベルは、昔から常軌を逸しているからなと思いながら、居間へと足を踏み入れた。
アニキの部屋とは思えないくらい洗練されたセンスのいい内装は、全て康史さんの趣味だろう。
通されるまま、座り心地のいいソファーに腰を下ろすと、キッチンで康史さんが慣れた手つきで珈琲を入れ始める。

「夜遅くにごめんなさい」
「気にしねーの、西覇はオレにとっても弟みてーなもんなんだからさ」
王子のような爽やかな笑顔で言われて、思わず安堵の息をつく。
「で、何があったの?」
カシャンとカップをオレの目の前に置くと覗き込み綺麗過ぎる顔を近づける。
これじゃ、誤魔化しのウソもつけないな。
「覚えてますか?僕が、高校の時に付き合った人のこと」
逆に問い返すと、康史さんは少し苦い表情を浮かべて、うーんと唸る。

「忘れいでか。まあ……あん時はさ、色々大変だったしな……。まさか、あの彼氏に会ったのかな」
疑問系ではなく確認のように聞かれて、オレは頷いた。
この人なら、きっとアニキよりもずっと的確な答えをくれそうな気がした。
ことの顛末を全て吐き出し、気を落ち着けようと、暖かな薫りの良い珈琲を口にして飲み込む。
「確かにな、一度負った傷は二度と負いたくないからな」
「康史さんは、アニキに逃げられたらどうしました?」
逆に問い返すと、彼はそうだなっと呟いて天井を再度見上げて考える。
この人は考える時に、いつも天上を見上げる癖があるようだ。
「追いかけるしかないなー。でも、トールのことだから、何も言わずに消えることはしねえかな。アイツは隠し事できねえからな」
シュミレーションしたのか、ちょっと気分を盛り下げた表情を浮かべて答える様子に本気でオレの話を聞いてくれているのだと感じた。
アニキは何はともあれ、この人と一緒にいて幸せそうだ。
「まあ。康史さんは、アニキの身体の方も支配してるから、逃げられるなんてことないでしょ」
なんだかんだ、絶対にアニキを離さないように裏で画策するタイプで、単純明快な絵に描いたような脳キンである、簡単に罠にかかるのだろう。
康史さんは、肩を聳やかして、軽く眉をあげて首を軽く横に振った。
「トールに関しては、オレは自信なんかいつだってねーよ。支配なんかできりゃいいのにっていつでも思ってんだけどね。あいつはいつだって王様だからな」
ふっと気弱そうな口調で語る様子が意外な思いでじっと見入ってしまう。
「オレがトールを抱けるのも、あいつの精神力の賜物だし、唯一の頼みの綱は俺の顔くらいいだけどな。今後どうなってくかなんて神のみぞ知るだけどな」
頬を掻いて言いにくそうに語る様子が、今まで思ってきた自信たっぷりのイケメン王子のイメージからかけ離れて思えた。

誰だって先のことは分からない。

続いて行く関係なのか、途切れてしまう絆なのかなんてわかりはしない。
努力だけではどうにもならないこともある。
だけど、これだけは言って置かないといけない。

「アニキがさ、長距離の仕事やめたのも康史さんの為だと思うし、中途半端じゃ、籍なんか入れないと思います。」
「ありがとな。大丈夫、信用してねえわけじゃないよ。でも、なんか、西覇に康史さんとか改まって言われるとくすぐったいな」
「ガキの時みたいに、ヤッちゃんなんて呼べないですよ」
珈琲をすすりながら、頭の回転が速くて美形で何も手に入れられないものもないような男が、脳キンでむさ苦しい男1人のことで悩んでいる。
入籍までしているのに、先のことがわからないというのなら、俺が、彼との先がわからないのは普通のことなんだなとおもう。

一度いなくなられた記憶もあるのだから。余計にだ。

がチャッと乱暴に居間の扉が開き、上半身裸で大あくびをかましながら、寝癖のついた甘栗色の髪をしたオレの実のアニキが入ってくる。

「んあ、はよ。セイハ、来てたンか。」
「……おはようにはマダマダはえーよ」

少し気だるそうな表情を浮かべながら、どすっとオレの隣に腰を下ろす。

「ヤスが隣にいねえから、何事かと思った」

オレの前から当然のように残っていた珈琲を飲み干して、アニキはオレの肩を叩いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

夜が明けなければいいのに(洋風)

万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。 しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。 そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。 長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。 「名誉ある生贄」。 それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。 部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。 黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。 本当は、別れが怖くてたまらない。 けれど、その弱さを見せることができない。 「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」 心にもない言葉を吐き捨てる。 カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。 だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。 「……おめでとうございます、殿下」 恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。 その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。 ――おめでとうなんて、言わないでほしかった。 ――本当は、行きたくなんてないのに。 和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。 お楽しみいただければ幸いです。

悪役Ωは高嶺に咲く

菫城 珪
BL
溺愛α×悪役Ωの創作BL短編です。1話読切。 ※8/10 本編の後に弟ルネとアルフォンソの攻防の話を追加しました。

【8話完結】ざまぁされて廃嫡されたバカ王子とは俺のことです。

キノア9g
BL
廃嫡され全てを失った元王子。地道に生きたいのにハイスペ幼馴染が逃がしてくれません。 あらすじ 「第二王子カイル、お前を廃嫡する」 傲慢な振る舞いを理由に、王位継承権も婚約者も失い、国外追放されたカイル。 絶望の最中、彼に蘇ったのは「ブラック企業で使い潰された前世の記憶」だった。  「もう二度と、他人任せにはしない」 前世の反省を活かし、隣国の冒険者ギルドで雑用係(清掃員)として地道にやり直そうとするカイル。しかし、そんな彼を追いかけてきたのは、隣国の貴族であり幼馴染のレオナードだった。  「君がどんな立場になろうと、僕にとっては君は君だ」 落ちぶれたカイルに変わらぬ愛を注ぎ、元婚約者の悪意ある噂からも守り抜くレオナード。 すべてを失った元バカ王子が、社畜根性と幼馴染の溺愛によって幸せを掴むまでの、再起と愛の物語。 全8話。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

処理中です...