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第百三十八話:砕け散った仮面
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轟音と雪煙が収まった後、渓谷にはただ静寂だけが残された。
僕の腕の中には呆然と目を見開くソフィアがいる。
彼女が先ほどまで立っていたその場所は、巨大な氷塊と岩によって完全に埋め尽くされていた。
僕がいなければ彼女は今頃、あの瓦礫の下にいただろう。
「……怪我はないかい、ヴァレリウスさん」
僕の静かな問いかけに彼女ははっと我に返った。
そして僕の腕の中から逃れるように身を引く。だが彼女のその紫色の瞳は僕の顔から決して逸らされない。
その瞳に浮かんでいたのは感謝ではない。
自らの論理と理性が完全に否定されたことへの、純粋な戦慄だった。
「……今の動き。……あなた、一体……」
彼女の震える声。その問いに答えたのは僕ではなかった。
「——もう十分でしょう」
声の主は、内務大臣ヴァロワ伯爵だった。
彼は蒼白な顔をしていたが、その声には政治家としての冷静さが戻っていた。
「辺境伯がヴァレリウス嬢の命を救った。詳細は些末なことです。重要なのは、この土地が我々の想定以上に危険であるということ。……査察は、これにて終了といたします。急ぎ館へ戻る」
彼は僕の力の本質を問うことを許さなかった。
彼は、政治家なのだ。
理解不能な真実よりも、管理可能な秩序を選んだ。
僕という存在を、これ以上深掘りすることは、王国の安定を揺るがしかねない、危険な行為だと瞬時に判断したのだろう。
グレイロックへの帰路は、重い沈黙に包まれていた。
誰も口を開かない。
ヴァロワ伯爵は、これからの王への報告内容を頭の中で組み立てている。
ボリンたちは僕という主君の、底知れない力に改めて、畏敬の念を抱いている。
そしてソフィア。
彼女は時折、僕の横顔を盗み見ては、すぐに視線を逸らした。
彼女の中では、これまでの全ての常識が崩壊し、新しい世界が再構築されようとしていた。
彼女の僕に対する「探究心」は、この日を境に全く違う質のものへと変わったのだ。
その夜、僕はヴァロワ伯爵の部屋へと呼び出された。
そこにはソフィアと、そしてセバスの姿もあった。
伯爵は僕に椅子を勧めると、単刀直入に切り出した。
「アルクライト辺境伯。今回の査察結果を、どう王に報告すべきか、君の意見を聞きたい」
それは事実上の僕への降伏宣言だった。
彼は僕を、もはや、調査の対象ではなく、共にこの事態を収拾するための、対等な交渉相手として認めたのだ。
僕は望む答えを彼に授けた。
「ノーランドの富の源泉は、画期的な鉄の精錬技術。そして、その地を治める領主は、辺境を守るに足る類稀なる力を持つ、忠実なる臣下。……父上も、そして、陛下もお望みになるのは、そのような物語ではございませんか?」
僕の、その言葉に、ヴァロワ伯爵は深くそしてゆっくりと頷いた。
「……分かった。それが良かろう。君のその『力』が、王国の外ではなく内に向かうことがないよう、切に願う」
僕は、ただ静かに一礼した。
査察団が王都へと帰る日。
ソフィアが最後に僕の前に立った。
「……完敗ですわルキウス・アルクライト。あなたの前では私の論理など、何の意味もなさない」
彼女は初めて僕に弱々しい笑みを見せた。
「ですが覚えていて。わたくしは諦めません。いつか必ず、あなたのその、隣に立てる存在になってみせますから」
それはライバルとしての言葉ではなかった。
一つの巨大な目標を見つけた、求道者の誓いだった。
僕は去っていく、彼らの馬車を見送りながら思う。
僕の脆い仮面は、砕け散った。
そして代わりに僕が手に入れたのは、「北の、守護者」「謎の怪物」という、新しい、そして、より強固な伝説という名の鎧。
それは僕を守り、そして僕の王国を守る新しい盾となるだろう。
僕の腕の中には呆然と目を見開くソフィアがいる。
彼女が先ほどまで立っていたその場所は、巨大な氷塊と岩によって完全に埋め尽くされていた。
僕がいなければ彼女は今頃、あの瓦礫の下にいただろう。
「……怪我はないかい、ヴァレリウスさん」
僕の静かな問いかけに彼女ははっと我に返った。
そして僕の腕の中から逃れるように身を引く。だが彼女のその紫色の瞳は僕の顔から決して逸らされない。
その瞳に浮かんでいたのは感謝ではない。
自らの論理と理性が完全に否定されたことへの、純粋な戦慄だった。
「……今の動き。……あなた、一体……」
彼女の震える声。その問いに答えたのは僕ではなかった。
「——もう十分でしょう」
声の主は、内務大臣ヴァロワ伯爵だった。
彼は蒼白な顔をしていたが、その声には政治家としての冷静さが戻っていた。
「辺境伯がヴァレリウス嬢の命を救った。詳細は些末なことです。重要なのは、この土地が我々の想定以上に危険であるということ。……査察は、これにて終了といたします。急ぎ館へ戻る」
彼は僕の力の本質を問うことを許さなかった。
彼は、政治家なのだ。
理解不能な真実よりも、管理可能な秩序を選んだ。
僕という存在を、これ以上深掘りすることは、王国の安定を揺るがしかねない、危険な行為だと瞬時に判断したのだろう。
グレイロックへの帰路は、重い沈黙に包まれていた。
誰も口を開かない。
ヴァロワ伯爵は、これからの王への報告内容を頭の中で組み立てている。
ボリンたちは僕という主君の、底知れない力に改めて、畏敬の念を抱いている。
そしてソフィア。
彼女は時折、僕の横顔を盗み見ては、すぐに視線を逸らした。
彼女の中では、これまでの全ての常識が崩壊し、新しい世界が再構築されようとしていた。
彼女の僕に対する「探究心」は、この日を境に全く違う質のものへと変わったのだ。
その夜、僕はヴァロワ伯爵の部屋へと呼び出された。
そこにはソフィアと、そしてセバスの姿もあった。
伯爵は僕に椅子を勧めると、単刀直入に切り出した。
「アルクライト辺境伯。今回の査察結果を、どう王に報告すべきか、君の意見を聞きたい」
それは事実上の僕への降伏宣言だった。
彼は僕を、もはや、調査の対象ではなく、共にこの事態を収拾するための、対等な交渉相手として認めたのだ。
僕は望む答えを彼に授けた。
「ノーランドの富の源泉は、画期的な鉄の精錬技術。そして、その地を治める領主は、辺境を守るに足る類稀なる力を持つ、忠実なる臣下。……父上も、そして、陛下もお望みになるのは、そのような物語ではございませんか?」
僕の、その言葉に、ヴァロワ伯爵は深くそしてゆっくりと頷いた。
「……分かった。それが良かろう。君のその『力』が、王国の外ではなく内に向かうことがないよう、切に願う」
僕は、ただ静かに一礼した。
査察団が王都へと帰る日。
ソフィアが最後に僕の前に立った。
「……完敗ですわルキウス・アルクライト。あなたの前では私の論理など、何の意味もなさない」
彼女は初めて僕に弱々しい笑みを見せた。
「ですが覚えていて。わたくしは諦めません。いつか必ず、あなたのその、隣に立てる存在になってみせますから」
それはライバルとしての言葉ではなかった。
一つの巨大な目標を見つけた、求道者の誓いだった。
僕は去っていく、彼らの馬車を見送りながら思う。
僕の脆い仮面は、砕け散った。
そして代わりに僕が手に入れたのは、「北の、守護者」「謎の怪物」という、新しい、そして、より強固な伝説という名の鎧。
それは僕を守り、そして僕の王国を守る新しい盾となるだろう。
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