【完結】『婚約破棄された元・聖女、呪われた辺境伯領で「究極の温泉旅館」を開業する』

シマセイ

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第10話:辺境リゾート「湯の国」の完成

王都が瘴気と焦燥感に包まれているとは露知らず、私たちの『翡翠亭』は、一つの究極の完成形を迎えていた。

「いらっしゃいませ! 本日の日替わり湯は『完熟リンゴのハニー聖泉』ですよー!」

私の元気な声が、活気あふれるロビーに響く。

今や『翡翠亭』の周囲には、エルフの建築技術や魔王様が提供してくれた珍しい建材、そしてカルヴァン様の騎士団による手厚い警護によって、一大温泉街が形成されていた。
名づけて、辺境リゾート「湯の国」。

不毛の地だったはずの辺境領は、私の浄化の魔力が土地の隅々まで染み渡ったおかげで、色鮮やかな花々が咲き誇り、豊かな作物が実る天国のような土地へと生まれ変わっていた。

「ふぅ……。サウナの後の水風呂、そしてこの『カレーライス』という食べ物。これぞまさに至高。魔界の王座など、この快適さに比べればただの硬い椅子だな」

人間形態の魔王様が、すっかりお気に入りの甚平(じんべい)姿でカレーを器用にスプーンですくっている。

「全くだ。我がエルフの里でも、この『フルーツ牛乳』の再現を試みたのだが、どうしてもこの絶妙な甘みが出なくてね。エルザ、どうか秘伝のレシピを教えてくれないか?」

エルフの族長アルヴェイン様が、湯上がりの白い肌をほんのり上気させながら、熱心に私に頭を下げている。

「ふふ、お二人ともいつもありがとうございます。レシピは今度、ゆっくりお教えしますね」

その横では、大きな白ちゃん(神獣)が、私特製の温泉蒸しケーキを美味しそうにハグハグと食べていた。
世界最強クラスの面々が、ひとつの食堂で和気あいあいと湯上がりライフを満喫している。これが今の、我が宿の日常だ。

「エルザ、少し座って休んだらどうだ? 朝から働き詰めだろう」

そこへ、冷たい麦茶の入ったコップを持ったカルヴァン様がやってきた。
相変わらず三白眼の鋭い目つきだけれど、私に向ける眼差しは、温泉のお湯よりも何倍も温かい。

「ありがとうございます、カルヴァン様。でも、皆さんの嬉しそうな顔を見ていると、疲れなんて吹き飛んじゃいます」

私が微笑むと、カルヴァン様は少し耳を赤くしながら、私の隣のベンチに腰掛けた。
彼の身体からは、かつてあれほど彼を苦しめていた瘴気毒の気配は微塵も感じられない。

「お前がこの領地に来てくれてから、本当に何もかもが変わった。領民たちの笑顔が増え、不毛だった土地がこんなにも豊かになった。……お前は、この領地の、いや、俺の女神だ」

「め、女神だなんて、そんな……!」

カルヴァン様が、真っ直ぐに私の目を見て、真剣な声で囁く。
その不器用でストレートな言葉に、私の心臓がトクンと大きく跳ね上がった。

周りを見渡せば、お湯に癒やされた幸せそうな人々(と魔王、神獣)ばかり。
私を無能と罵って追い出した王都にいた頃とは、比べ物にならないほど、私は今、満たされている。

「カルヴァン様、私をここにいさせてくれて、本当にありがとうございます」

「何を言う。俺の方こそ、お前がいてくれなければ……」

二人の間に、ほんのりとした甘い空気が流れかけた、その時。

バサササッ! と、宿の窓の外に、一羽の黒い伝書鳥が激しく羽ばたきながら舞い降りてきた。
その足に結びつけられていたのは、禍々しい金縁の刺繍が施された、見覚えのある不快な手紙。

「……王宮からの、緊急伝令鳥か?」

カルヴァン様が眉をひそめ、手紙を解いて中身を開いた。
その内容を盗み見た瞬間、カルヴァン様の顔が、これまでに見たことがないほどの怒りで般若のように歪んだ。

「――なんだ、この無礼極まりない手紙は……っ!」

カルヴァン様の手の中で、王都からの手紙がみちみちと音を立てて握りつぶされていく。
それは、王都の危機に焦り狂ったルファス王太子からの、あまりにも身勝手な「命令書」だった。

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