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129.様相

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「あの、お嬢様。まさか!?」
 ラルミは目を見開き、驚いた表情を見せる。

「えぇ、毎朝同じ時間に欠かさずお部屋への挨拶――私を起こしに来て下さる方が、気付いていたわ。でも……」

 急に言葉に詰まるアメジストは淋しそうな表情で「お部屋の前で顔を合わせたことは、一度もないのよ」と、話した。

 毎朝決め事のように行われているアメジストへの、挨拶。
 それはベルメルシア家でも特に“重要な役目を担う仕事”と言われ「誰でもお嬢様のお部屋へご挨拶に行ける訳ではない」と、お手伝いたちの間では暗黙の了解であった。その為か? 部屋へ行くのは決められた数人、(余程のことがない限り)同じ者が挨拶に向かうのである。

――淡々と抑揚のないひんやりとした、声。
 いつも決められた言葉だけを繰り返すその者だけは、アメジストが「入って」と話しかけても部屋へ入ることは一切、なかった。

 挨拶が終わると早々に、立ち去っていく。
 その瞬間に毎回アメジストの深い深い心奥が感じてしまう、思い。遠ざかっていくお手伝いが残す小さな足音には淋しさと、空虚感が漂っているのだ。
 部屋の外と内の間にはもちろん重厚な扉という隔たりがある。そんな中でも伝わってくるそのもの悲しさがじわり、じわりと。アメジストの心に、沁み入ってきていた。

「お顔を合わせなくとも、アメジストお嬢様は気付いていらしたのですね」

「えぇ。ほぼ毎朝、私を起こしに来てくれている方。健やかな朝を迎えられるよう導いて下さっているのは、“ノワ”だと思うの」

――同じトーンで冷淡に聞こえる、ノワの声。
(それでも私は、彼女から説明の出来ない柔らかな温もりと優しさを感じるの)

 継母に服従しいつも傍で仕える無表情なノワが本当は、どのような人物なのか? 必要以上の会話をしない彼女の詳細知る者は当然、いなかった。

 アメジストの答えに少し悩むような表情で間があいた後ラルミは、コクッと頷く。そして心の中で、思う。
(お嬢様は、奥様付きであるノワ様の事も敵視せず、さらには健やかな朝へ『導いてくれる方』だと)

 フッと顔を上げたラルミはアメジストの愛らしい桃紫色の大きな瞳を見つめながら穏やかな声で、答える。
「お嬢様は、本当に凄いです。皆の事を平等に想い、慈しみ、そして――心から愛して下さっているのですね」

「えっ? そんな。私は……」

 思わぬ言葉に恥ずかしそうに笑うアメジストは「自分に正直でいたい」と謙虚な姿勢を、崩さなかった。
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