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番外編3 魔王軍の料理長オーキンスの朝は早い

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 俺は魔王軍の厨房を預かるオークのオーキンスだ。
 先代の魔王様の時代から厨房で働いているベテランコックである。
 まあ、その時はまだヒヨっこだったけどな。

 今日も華麗な包丁さばきで魔王軍の皆が食べる朝食を作っていく。
 魔王軍全員分の料理を用意しなければならない俺たちの朝は早い。
 日が昇る前から仕込みを始めて、思い思いの時間に食べに来る魔族達に対応できるようにしておくのだ。
 コック達は俺を含めて100人近くいるのだが、俺以外のメンバーは「朝」「昼」「夜」とシフト制で動いている。
 なので、一食当たり30人程度で1万を超える魔族達の食事を用意しているのだ。

 朝食の準備が終わり、食堂へと出来上がったものを運搬する。
 コックには俺みたいなデカいやつがあまりいないので、力仕事は俺の役目だ。
 身体の数十倍はあるだろうデカい台車に料理をのせて、食堂と厨房を数往復する。
 幸い、食堂と厨房は併設されているのでそれほど大変な仕事ではない。

「今日も無事に終わったな」

 後は配膳の手配をするだけである。
 魔物たちに実際に料理を渡すのは他の連中の役目なので、俺たちは食堂の配膳所へと出向く。
 そして、魔族のメイド達に食缶を引き継いだ後、俺は厨房へと戻っていく。

 朝の仕事がひと段落したところで、同僚のコック達と食堂へと向かう。
 一応俺たちも食堂で飯を食うのだ。
 やはり、食堂はいい。
 魔王軍の一員として活動していることが再認識できる。

 朝食を食べながら談笑していると、食堂の入り口のほうからなにやら声が聞こえてくる。
 気になった俺は軽く音の鳴る方へと意識を向けると、そこには昨晩の謁見の間で見た「魔王妃様」がいらっしゃった。

「ここが食堂でございますニャ!」

 ちっこい魔王妃様よりもさらにちっこい猫が食堂を案内している。
 あいつは確か、見習い執事だったミャオだ。
 初めて食堂に来た時に「こんなうまいものを毎日食えるのかニャ!」と感動していたのをよく覚えている。
 ああいう風に、「おいしい」と言って感動してもらえると料理人冥利に尽きる思いだ。

 昔を懐かしみながら同僚たちと思い出話に花を咲かせていると、昨晩感じた邪悪な魔力を全身に感じた。
 何事かと思い、心当たりのある方角を見てみるとやはり「魔王様」と「魔王妃様」が険悪なムードになっている。
 魔王よりも凶悪なオーラを身にまとう人間というのもなかなかに可笑しな光景ではあるが、そんな呑気なことを言ってられる空気ではなかった。
 同僚たちも「一挙手一投足に殺気を感じるぜ……」と怯えている様子である。
 大声で意見をぶつけ合う二人の話は、食堂中へと届いていた。
 もちろん、俺たちコックのもとへも声は響いている。

「だから!!私を厨房に入れなさいって言っているのよ!!」

 なにやら、魔王妃様が俺たちの作った料理に「いちゃもん」をつけて、その上厨房に入らせろと怒っているらしい。
 邪悪なオーラを身にまとった彼女のその言い分に、俺は少し腹が立った。
 人間の貴族様に料理が不味いと罵られては、魔王軍の料理長としての面目が立たない。
 他のコック達も「俺たちの料理が不味い……だと……?」とショックなのか困惑なのかよくわからない表情を浮かべていた。
 俺も怒りだけではなく「料理が不味いのか?」という困惑の感情は少なからずある。
 自身の料理に不満を感じたこともなく、他の魔族達からも好評であるのでそんなことを考えたことはなかったのだ。

「ああ、もう好きにしろ」

 どうやら論争は魔王様の白旗で終わったようである。
 昨晩に引き続き「魔王妃様」の勝利で終わったらしい。
 魔王様は、早速尻に敷かれているようであった。
 そして、口論が終わり魔王様から「厨房見学」の許可が下りたということは、次なるターゲットは俺たちである。

「りょ、料理長、次は俺たちの番ですか……!?」

 察しのいいコック達が怯える。
 たしかに、あの魔力を正面で受けると考えたら俺も背筋がゾクッとした。


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「う、うまい……、いや、うますぎる……」

 結論から言うと、料理対決は俺の「完敗」であった。
 いくら大人数の分を作らなければならないとはいえ、そんなことは言い訳にしかならないレベルで魔王妃様の作った料理はうまかった。
 いや、もはや俺たちコックが作ったものとは次元が違ったのである。
 しかも、面倒な片付けまで自ら進んで行う「料理人としての矜持」も持っているとくれば負けを認めざるを得ない。

「魔王妃様!!俺を弟子にしてください!!お願いします!!」

 彼女の料理に感動した俺は、気づけば料理長という立場など忘れて「弟子にしてくれ!」と懇願していた。
 同様の意見だったのか、他のコック達も俺の様子に驚くことはなく「俺たちにも教えてください!」と頭を下げている。
 そして魔王妃様は、そんな俺たちの行動に困惑しつつも決して嫌そうな様子ではなく、快く「師匠役」を引き受けてくださったのだった。

 こんな気持ちになったのは、魔王城の料理を初めて食べた若造の頃以来である。
 まったく新しい料理の可能性を前に、俺は思わず笑みが止まらなくなるのであった。
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