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1巻
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しおりを挟む第一章 幼女、自分の正体を知る
孤児院『ラルガンハウス』の図書室。
ここに住む子供の一人である私――ミリア・ラルガンは、読み終わった本を棚に戻してため息をついた。
『伝説の大賢者リスターニャ伝記』。
この本には、約二千年前に実在した偉大な賢者――リスターニャについての様々な情報が記されていた。
戦闘向け、非戦闘向けを問わず、現在の人間族が用いる「スキル」という力。これは全て彼女が編み出し、年月と共に発展していったものだという。
二千年前、竜族は帝撃翼爪、エルフ族は緑光森精、エルフ族の亜種であるダークエルフは暗黒森牙、獣人族は野疾賢能という特殊な力を持っていたなかで、人間族だけは何の力も持っていなかった。
しかしリスターニャは特別で、人間族でありながら、一部とはいえ各種族の能力を使うことができた。
そして彼女は、その四つの力を元に人間族が扱える「スキル」を開発したのだ。
人間族の歴史は彼女以前と彼女以降に分かれると言っても過言ではない、歴史上の大英雄だ。
そして彼女が住んでいた、広い敷地にいくつもの建物が建ち並ぶ大豪邸は、長い時を経てモンスターの住み着くダンジョンと化しているんだとか。
そこにはリスターニャが遺したたくさんのレアアイテムや宝物があり、スキルを用いて戦う冒険者の仕事場の一つとなっている。
……いや。いやいや。いやいやいやいや。
リスターニャって、これ私のことじゃん⁉
本を読んですべてを思い出したよ!
私の前世はリスターニャとかいうめちゃくちゃナイスバディな大賢者だった!
スキルの開発もしました!
あちこちの国や士族の王様から英雄だとか何とか言われて、宝物もたんまりもらいました!
大豪邸も建てました!
でも、私の家がダンジョンになっているってどういうこと⁉
確かにだだっ広い土地を買って無計画に建物を建てたし、地上にも地下にも部屋がたくさんあって、階層構造の迷路みたくなっていたけれども!
けれども!
「ふぅ……少し落ち着こう……」
深呼吸をして、バクバク鳴っている心臓を落ち着かせる。
まずは今の状況を整理しよう。
大賢者と呼ばれたリスターニャ――要するに前世の私はとんでもなくチートな存在だったんだけど、やはり人間。
他の人よりは長生きしたものの、最後は病気で死んだ。
そして何の因果か、孤児院で暮らす六歳の幼女――ミリア・ラルガンとして、約二千年後に転生している。
◆◆◆
「二周目の人生ってことかぁ」
一周目、大賢者としての人生は、充実していたけどやり残したこともたくさんあった。
未完成の研究。
行ってみたかった場所。
戦ってみたかった未知のモンスター。
私が死んだ年はワイン用のブドウが良い出来だったらしいけど、結局飲むことができなかった。
そういえば、死ぬ前に下着とかの整理をしようと思ってたのに、それもやっていな……
ん? 下着?
伝記によれば、私の家はダンジョンとして冒険者たちに探索されている。
下着のある場所には独自の封印をしてあるけど、万が一にもそこを探索されてしまっていたら?
大賢者様の下着だー! とか言って、レアアイテム扱いされていたら?
恥ずか死ぬ!
リスターニャはめちゃくちゃナイスバディだったのだ。だいぶ際どい下着だってある。私の趣味じゃない貰い物の下着もあるし。
大賢者様ってこういう趣味だったんだーとか言われているのを想像しただけで、顔から火が出そうだ。
こうしてはいられない。
とにかく一刻も早く、自分の家に帰らないと。
◆◆◆
「うーんと、どうしよう」
孤児院を出る方法は二つ。
一つ目は一人でも生きていける年齢まで成長すること。
決められた年齢になると、誰もが孤児院を出て自立することになっている。
二つ目は里親に引き取ってもらうこと。
孤児院には様々な理由から養子を求める夫婦がやってくる。彼らの目に留まり引き取ってもらうことができたら、早いうちに孤児院を出ることができる。
そのどちらかしかないんだけど……
気長に大きくなるのを待っていられない以上、誰かに引き取ってもらうしかない。
でも私には、そんなあてはどこにもない。
絶体絶命?
万事休す?
意外とそうでもない。
里親がいないのなら、作っちゃえばいいんだ。
私は図書室を離れて庭に出た。周りに誰もいないのを確認してから、地面の土に向かって一つ目のスキルを呟く。
「【泥人形】」
土がむくむくと盛り上がり、人の形を成した。
男と女、夫婦という設定で泥人形が二体。
名前は適当にアレンとシルクとでもしておこう。
ただ呟いただけで、等身大の泥人形が二つ出来上がる。
リスターニャの能力はしっかりと、この幼女の体に引き継がれているみたいだね。昔のように能力を使えなかったらどうしようかと思っていたけれど、心配無用だった。
とはいっても、今作ったものはあくまで人の形をした土にすぎない。
「【錬金秘術・生命分与】」
私は転生してから二つ目のスキルを使う。
無機質だった泥人形が、たちまちリアルな人間になり、優しい表情を浮かべた。
全裸の夫婦にこれまたスキルで作った服を着せれば……
「上出来じゃん!」
私は細い腕を組んで二人を見上げ、満足げに頷いた。
見るからに良い人だ。こういう人になら、私の子供も任せられるな。子供いたことないけど。
しかも時間が経てば土に戻るけど。
「あなたはアレン。あなたはシルク。体におかしなところはない?」
「問題ありません」
「大丈夫です」
泥人形夫婦がそろって頷く。
彼らは自分を作った者の命令を聞くことになっているので、私の忠実な僕になってくれるわけだ。
「今からあなたたちに任務を与えるね。養子を捜しに来た夫婦のふりをして、私を孤児院から引き取ってほしいの」
「かしこまりました」
「二人は一度敷地の外に出て、正面玄関から孤児院に入り直して。そこからは私が指示するから」
「かしこまりました」
「あー、ちょっとストップ」
恭しく一礼して出て行こうとする二人を、私は慌てて呼び止めた。
「あくまでも二人は里親で、私は孤児院の子供。だから確かに私はあなたたちの主人だけど、敬語はなしね。過度に敬う素振りもいらないから」
「分かった」
「分かったわ」
「切り替えはやっ! まあ、そういうことでよろしくね」
改めて、二人は敷地の外へと出て行く。
一口に動ける泥人形といっても、作り主によってその精度は様々だ。
ごく簡単な命令された動きしかできないものもあれば、やや複雑な動きができるもの、ある程度は自分の意思でも動けるものもある。
アレンとシルクはといえば、当然、大賢者の生まれ変わりである私が作ったのだから精度はめちゃ高い。敷地を出て玄関から入り直し、自分の名前を告げることくらいは余裕でできるはずだ。
そしてさらにもう一つ、彼らに備わっている機能が……
――受付まで完了したわよ~。
お、きたきた。特別に彼らに備え付けたスキル【テレパス】。
【テレパス】とは、脳内へ直接話しかけることで、離れた距離にいても会話をすることができるという便利なスキルだ。
今、二人は孤児院の受付から、庭にいる私の脳内へ直接話しかけている。
対する私も、離れた場所から彼らに指示できるのだ。
――了解。そしたら引き取りたい子供の条件を伝えて。
――ああ。今、ちょうどそれを聞かれている。何と答えればいい?
――五、六歳の女の子で、本が好きな子。自分が作家だとか何とか適当に理由もつけてね。
――分かった。
五、六歳の女の子は、この孤児院に私しかいない。本好きという条件を足しておけば、百パーセント、孤児院を運営しているアリーヤとニルは私を選ぶ。
アリーヤとニル、二人とも実際には血が繋がってないけど、いいお母さんなんだよね。
孤児院を離れるということは、二人からも離れることだと思うと、ちょっと寂しい。
でもこれは私のパンツ、ひいてはメンツのためだ。
パンツとメンツって語感が似てるな。すごくどうでもいいけど。
そんなことを考えていると、庭にニルがやってきた。
「ミリア、おいで~」
「どうしたの~?」
全て知っているけど、演技演技。
「ミリアのことを引き取りたいって言っている、お父さんとお母さんが来たんだよ。会ってみない?」
「お父さんとお母さん⁉ 会ってみたい!」
「よし、じゃあ行こうか!」
ニルに手を引かれ、玄関から入って泥人形夫婦と対面する。二人とも、私を見た途端ににっこり笑って近づいてきた。
「はじめまして、僕はアレンだよ」
「シルクよ。あなたのお名前は?」
「ミリア!」
「ミリアちゃんね。本が好きだと聞いたわ。私たちは作家の夫婦なのよ! もし良かったら、私たちの家族になってくれない?」
ニルに手を引かれここへ来るまでの間、私は二人に指示を出していた。アレンとシルクはその指示通りに動いている。
さすが私の作った二人。優秀だね。
「私のこと、家族にしてくれるの?」
「ミリアちゃんが良ければね」
「僕たちは歓迎するよ」
それとなく、アリーヤとニルへ視線を送る。
すると二人とも、穏やかに微笑んで頷いていた。
「じゃあ私、アレンお父さんとシルクお母さんの家族になる!」
「まあ、嬉しいわ」
シルクが私をそっと抱き寄せた。これも指示しておいたとはいえ、なかなかの名演技だ。
「幸せにね、ミリア」
「元気でね。たまには会いに来てくれると、私もアリーヤも嬉しいな」
アリーヤとニルの温かい手が、優しく私の頭を撫でてくれる。
今日はパンツとメンツのために飛び出して行ってしまうけど、いつか近いうちに、ちゃんと二人には恩返しできるといいな。
ここで過ごした時間は、私にとってとても楽しい時間だったから。
「行こうか」
「はーい」
アレン、シルクと手を繋ぎ、孤児院の建物を出る。
その時、みんなのお姉ちゃんとして慕われているレアナが顔を出した。
そして一人、また一人と、一緒に育ったみんなが玄関にやってくる。
「ミリア、元気でね」
「行っちゃうの?」
「また遊ぼー!」
「ミリアばいばーい!」
「絶対にまた来てねっ!」
みんな、大きく手を振って私を見送ってくれた。
これはいよいよ、次帰ってくる時にはちゃんと恩返しをしないとだね。
「ふぅ……」
私は軽く息を吐いて、目標を再確認する。
ダンジョンとなっているらしい私の家に向かい、パンツを救出する。よし、やるぞ。
待っててね、私のパンツ。
◆◆◆
「お疲れ様」
私はこんもりと盛り上がった土に向かって、ねぎらいの声を掛けた。
そう。かつてアレンとシルクという泥人形夫婦だった土の山だ。
時間が経てばただの土に戻ってしまう。
それが【泥人形】というスキルだから仕方がない。
ここから独りぼっち。
まあ、大賢者の生まれ変わりだし、幼女一人でも生きていけるでしょ。
「さてさて」
今、私がいるのは、とある小さな村だ。
この村は二千年前からあって、私の家の近くということもあり、よく住民と交流していた。
懐かしいな。
「『この先、大賢者リスターニャ様のダンジョン』か……」
生前の私が立てた『この先、大賢者リスターニャの家』という立て札が、ダンジョンへ案内するものに替わっている。
私の家があるのは、村から一本道が続く森の中だ。
わかりにくい場所にあるので、家に来る人が迷わないように立て札を立てていたんだけど……誰かが新しいものを立てたのか。
久しぶりに家に帰ると思ったら、何だかちょっとドキドキしてきた。
ダンジョンと呼ばれているくらいだから、相当荒れてると思うけど、それでも家は家だ。
あの家には、パンツ以外にもいろいろな封印や仕掛け、罠などがある。
大切な研究資料やアイテムを侵入者から守るために設置したものだったけど、今では冒険者たちの攻略を妨げるものになっているはずだ。
幼女の小さな体で、とてとてと森へ続く道を歩いていく。
途中、剣や鎧、槍なんかで武装した大人たちと何度かすれ違った。彼らが冒険者、私の家を勝手に踏み荒らしている奴らだろう。
別に怒ってはないよ? パンツにさえ触れていなければ。
十分くらい歩くと、大きな門の前にたどり着いた。
門の前には簡易的な受付窓口みたいなものがあり、茶髪のお姉さんが座っている。
「こんにちは」
「こんにちは。お嬢ちゃん、どうしたの?」
「ダンジョンに来たの」
「えっと……大賢者様のダンジョンに?」
「そうだよ」
幼女の武器、満面の笑顔で答える。
するとお姉さんは、困った素振りで考え込んでから、手をポンと叩いた。
「家族の誰かがダンジョンを探索しているのね?」
「ううん。私一人」
「あ、そうなの……」
二人の間に流れる沈黙。
どうやらこのダンジョンに、私のような子供が近づくことは滅多にないみたいだ。
「えっとね、ここは遊び場じゃないのよ? ちゃんと資格を得た冒険者じゃないと入れないの。お嬢ちゃん、お名前は?」
「リスタ……じゃなくてミリアだよ」
「ミリアね。ミリアは冒険者カードを持ってる?」
「うんと、持ってない」
「それじゃあ、ダンジョンに入る許可証は発行できないわ。冒険者に年齢制限はないけど、ある程度の強さがないとなれないの。だからどうしても大賢者様のダンジョンに入りたかったら、大きくなって、冒険者の資格を得てから来てね」
うーん、まさか自分の家に入るのに許可証がいるとはね。
でも、冒険者に年齢制限がないというのは、不幸中の幸いかな。
「これを持っていくといいわ」
お姉さんが一枚の紙を手渡してくれる。
そこには大きな字で『冒険者募集中!』と書かれていた。
「冒険者になるための条件が書いてあるわ。いつかミリアが冒険者になったら、また会いましょうね」
ざっと目を通してみたところ、冒険者になるための条件はそんなに難しいものじゃない。
普通の幼女には無理だろうけど、私は伝説の大賢者の生まれ変わり。
このダンジョンの本来の家主。
簡単にクリアできるはずだ。
それに冒険者は実力があれば十分なお金が稼げる。
そのまま、今後の生活の手段にしちゃうのも悪くない。
「じゃあ、今日は帰るよ。お姉さんの名前だけ聞いてもいい?」
「私はルルよ」
「ルルね。また来るから!」
……多分、数日以内に。
「ええ。待っているわ」
天使のような微笑みで見送ってくれるルルに手を振って、私は家を後にする。
◆◆◆
とにもかくにも、冒険者にならないと何も始まらないみたいだ。
えっと、冒険者になるには……冒険者協会で申請しないといけないんだね。
ルルがくれた紙によれば、一番近い冒険者協会の支部はラーオンの街にあるらしい。
アリーヤとニルがアレンたちに渡していた餞別のお金が、まだ少し残っている。これで馬車に乗って、ラーオンに向かうとしよう。
来た道を引き返して村に戻り、適当な馬車に目をつける。
「ラーオンまで乗せて」
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