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2章 ダンジョン

第47話 リィリ=ヘミュス

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「リ......リィリ=ヘミュス......だと?」

レギさんが絞り出すような声を上げる。
その様子からマントの魔物が名乗った名前は仲間であるリィリさんの名前と一致しているに違いないだろう......。
どうやって声を出しているのか分からないが、マントの魔物は言葉を続ける。

「それで、私のフルネームを呼ぶあなたはどちら様かしら?知り合いにはいなかったと思いますけど?」

「......俺......は......。」

レギさんの声は震え、うまく喋ることが出来ていない......。
だが俺が出しゃばるべき時じゃない......今俺に出来るのは警戒を緩めないこと、そしてこの魔物を何があっても逃がさないこと。
ここから先は何があろうとレギさんのものだ。

「......俺は......レギ=ロイグラントだ。お前が名乗った名前は......俺の仲間のものだ......どういうつもりだ!」

「どういうつもりも何も、私の名前は私のものだけど......っていうか、レギ=ロイグラントって......あなたみたいなオジサンがレギにぃなわけないでしょ?そっちこそ、ふざけているの?」

二人の怒気が膨れ上がるのを感じる。
だがどちらも飛び出すような素振りは見せていない。

「......その呼び方、お前が本当にリィリだと......?」

「そうよ、私は下級冒険者のリィリ。いえ、試験はちゃんと通ったのだから中級を名乗ってもいいんじゃないかしら?......でも家に帰るまでが冒険って言われたこともあるし、そういう意味ではまだ冒険途中だから中級を名乗るのは早いかしら......?うん、やっぱり下級冒険者のリィリだわ。」

「......その一人で勝手に納得する感じはリィリのそれだが......。」

「それよりも、何故あなたがレギ=ロイグラントを名乗っているのかしら?」

レギさんから怒気が消え失せた感じがするが、魔物の方はまだ何も納得していない。
しかしその怒気とは裏腹に手に持っていた双剣をマントの下に納める魔物。
少なくとも会話を優先する、ということだろうか?

「お前と同じ台詞を返すことになるが......それが俺の名前だからだ。ヘイルとエリア、リィリの仲間。下級冒険者のレギだ。」

「......本当に......レギにぃ......なの?」

「......あぁ、俺がレギだ......お前たち三人をここに迎えに来た......。」

レギさんは魔物......彼女をリィリさんと認めたようだ。
そしてリィリさんは怒気を霧散させ、今はうつむいてしまっている。

「......リィリ、なんだよな......?一体、何が......?」

「......そんな......なんで......レギにぃが......?」

怒気に代わり二人の困惑が大きくなっていく。
レギさんの困惑はわかるけど、リィリさんの方は......一体?

「......確かに、すごく時間は経っていると思っていたけれど......もう三十......いえ、四十年以上経っていたなんて!?」

「な......何を言っているんだ?確かにあれから、俺たちがこのダンジョンに飲み込まれてから時間はかなり経過したが、精々十年ってところだぞ。」

「う......嘘よ!だって、レギにぃが......!」

「俺が......どうした?何を言っている?」

「レギにぃが!頭ツルツルのおじさんになっちゃってるじゃない!」

「誰が頭ツルツルのおじさんだ!殺すぞ!」

「ぷふぅー!私もう死んでるしぃーこれ以上どうやって死ねばいいんですかぁー?ツルツルさーん!」

「うるせぇ!あぁ!間違いなくてめぇはリィリだ!この骨女!」

「......骨女......。」

「あの......レギさん......それは言い過ぎじゃぁ......リィリさん俯いちゃってますよ......?」

口を出すつもりはなかったが、売り言葉に買い言葉とは言えまずい気がする。

「す......すまねぇリィリ、言い過ぎた......。」

さっきまでの勢いが一気になくなり力なく項垂れているリィリさん。
ある意味とても緊張感のあるやり取りを聞いたおかげで、彼女がリィリさんであるということに俺も疑問はない。
色々と聞きたい事は多いがそれよりも今は......。

「......その......リィリ、すまなかった!」

レギさんが腰を九十度曲げて謝った。
初めてレギさんに会った時もあぁやって謝っていたな......。

「......今の私って......凄い色白で物凄いスリムボディの美少女と言えるんじゃないかしら......?ってレギにぃそんな光モノ突き出して何やってるの?目つぶしは効かないわよ?」

「てめぇは脳みそ腐ってんのか!?」

「何ですって!?」

頭を下げた時以上の速度で頭を上げたレギさんがリィリさんに食って掛かる。
当然のようにリィリさんもヒートアップする。
でもまぁ、レギさんの突っ込みももっともだろう。
落ち込んでると思ったら物凄い台詞が聞こえた。
骨系美少女っていうのは斬新すぎてちょっと俺には分からないな......。

「あ!違うわ!腐ってるどころか脳みそなかったわ!だから脊髄反射しか出来ねぇんだな!」

「はぁ!?理性派スケルトンの私に向かって何たる暴言!そういうレギにぃこそ筋肉に全部栄養吸われて脳みそまで栄養回ってないんじゃないの!?あ!頭に栄養行ってないから毛根がやせ細って全部抜け落ちちゃったんだね!」

「はぁ!?これは剃っているだけだ!そもそもお前だって毛どころか骨以外何も残ってねぇだろうが!」

「ちょ......!どこ見て言ってるのよ!変態!ヘンタイ!」

「あ!こいつ完全に頭空っぽだわ!どこ見て言ってるかって?その空っぽでつるっつるな頭だよ!」

「つるっつるはレギにぃの方でしょ!」

「「あ゛ぁん!?」」

一気に喧嘩が始まった。
レギさんは落とした武器を拾い、リィリさんは納めた剣を抜く。
えー流石にこれは不味いでしょ......。
口を挟むつもりはなかったけど流石に刃傷沙汰は......。

「あの......お二人とも、少し落ち着いて......。」

「「俺(私)は頗る冷静だ(よ)!!」」

言葉と同時に二人は武器を打ち付け合いだした。
......よし、これは放っておいたほうがいいね。
俺はシャル達と一緒に入り口付近で腰を下ろしながら二人のやりとりを見守ることにした。

「シャル、マナス警戒はお願い。俺は一応、万が一に備えておくから。」

『承知いたしました。後方の警戒はお任せください。』

シャルが返事をして、マナスも了解と言うように跳ぶ。
二人を軽く撫でた後、俺は喧嘩と呼ぶには激しすぎるやり取りをする二人へと意識を向けた。



「......死んでいた割に......昔より強くなってるじゃねぇか......。」

「レギにぃこそ......三十年くらい研鑽を積んでいるだけあるわね......。」

散々武器を振るい合った二人は今、広間の中央で武器を下ろして向かい合っている。
二人とも怪我をしていないのが不思議なくらいの凄い動きだった。
レギさんの大型の武器を振っているとは思えないコンビネーション。
リィリさんの舞うような剣捌き。
どちらも努力の末に身に着けた堅実な凄みを感じられた。
同時に交わされる口撃は小学生レベルのものだったけど......。
それも今は熱が引いたのか......。

「だから、あれから十年だって......言ってるだろ?」

「信じられないわ......十年って......レギにぃまだ三十にもなってないってことじゃない......。」

「......これは剃ってるだけだ。」

「ダンジョンで......?毎日剃ってるの......?本当に?」

そこはもう、そっとしておいてあげたほうがいいと思います、リィリさん......。

「......色々あったんだ。」

「......そう。」

「......迎えに来るのが遅くなってすまねぇ。」

「別に気にしていないよ、レギにぃ。またこうして再会できただけで私は嬉しい。」

万が一があってはいけないから身体強化魔法をかけておいたが、そろそろ切ってもいいかもしれない。
聴力の強化もされているので、結構離れている俺にも二人の会話が届いている。
少しだけここから離れて聴力強化も切っておこう。
離れる前に一度だけレギさん達の方を見ると片手で目元を覆うレギさんの姿が見えた。

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