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4章 遺跡

第161話 求婚

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今俺の目の前では徐に求婚したワイアードさんがヘネイさんに片手を差し伸べている。
......龍王国では兄妹で結婚するのが普通なのかな?
いや、もしかしたら貴族ではそういうことが普通なのか?
確か中世ヨーロッパで血を濃くするために近親婚をしていたとか、なんか貴族の間ではあったと聞いた覚えがあったようななかったような?
隣にいるレギさんやリィリさんの顔を見るが......ぎょっとしたような顔をしているな......。
ナレアさんは......眉間に指を当てている。
この反応を見る限り、普通の事態ではなさそうだな......。
そしてプロポーズを受けたヘネイさんは......無表情ながら顔を赤らめている......と言うよりも顔を真っ赤にしている。
ただ、そこから感じられる感情が......嬉しいとか、恥ずかしい、ではなく......怒り......だよね?
レギさんがスッと顔をそらして目を瞑ったし間違いない。

「......。」

「ヘネイ。貴方もそろそろいい年齢ではないでしょうか?あ!いえ、決して行き遅れているとかいう話ではなくてですね?」

赤く染まっていたヘネイさんの顔色がスッと変化し......さっきまでとは別の怒りが滲み出ているような......。

「歴代の巫女の方々も応龍様に仕えながら結婚した人は少なくないと聞きます。今代の巫女であるあなたも結婚して問題はないはずです。」

「......。」

「私は貴方に幸せになってもらいたい。貴方が心穏やかに過ごせるように、この命を懸けてでも私達の国を守ります。龍王国の全ての民、そして何より貴方に、この命を捧げます。どうか私と結婚してください、ヘネイ。」

「お断りします。」

......。
ワイアードさんの真摯なプロポーズはにべもなく散らされた。
う、うん......ヘネイさんが正しいとは思うのだけれど......取り付く島もないというか......一考する素振りも無いというか......。
いや、俺の感覚が間違っていないのなら当然だとは思うのだけど......。

「な......なぜでしょうか?あの日約束したではありませんか!」

「......。」

あれ?
婚約はしているのかな?
俺が困惑しているとワイアードさんは言葉を続ける。

「貴方の七歳の誕生日に。確かに私と結婚すると!」

七歳!
それってあれですよね?
大人になったらお兄ちゃんと結婚する!ってやつですよね?
レギさんは相変わらず目を瞑っているけど......リィリさんはいたたまれない雰囲気を醸し出している。
ナレアさんは......出されていたお茶を飲んでいるな。

「そうですか。では本日の用事はもう終わりましたでしょうか?どうぞお引き取り下さい。」

底冷えするような冷気を伴った台詞がヘネイさんから放たれると、それを受けたワイアードさんは膝から崩れ落ちる。

「ど......どうして......。」

崩れ落ちたワイアードさんが呟いているが......不憫には思うけど......当然ではないでしょうか?
俺がワイアードさんを見つめていると扉が開きヘネイさんの侍女がワイアードさんを支えながら退室していく。
その動きは何か手慣れたようなものを感じさせる......。
そう言えば......以前、ふられ続けているとか......昔約束したとか......愛ゆえにとか言っていたのはヘネイさんの事だったのか。
レギさんは......まだ目を瞑っている......これは寝ているんじゃ......いや、違うな頭に汗が滲み出ている......。

「皆様、大変見苦しいものをお見せしました。申し訳ございません。」

「......ハヌエラは相変わらずよのう。」

ナレアさんがしみじみと呟く。
その言葉にヘネイさんはにっこりとほほ笑むと。

「正直、騎士として優秀でなければ消えて頂きたいですね。」

......怖い。
ヘネイさんが物凄いこと言いだしましたよ......?

「これこれ、ヘネイ。仮にも龍王国の安寧を願う龍の巫女が、国防の要である騎士に対して言う言葉ではないぞ?」

「申し訳ありません。」

ヘネイさんが深く頭を下げる。
......いや、国防の要とか龍の巫女とか関係ないと思います、ナレアさん。
それ以前の問題だと......。

「まぁ、ヘネイがそう言いたくなる気持ちも分からなくはないのじゃ。もう十年近くあの調子じゃろ?」

「そのくらいになりますね。」

ため息交じりにヘネイさんが答えるけど......十年って凄いな......。
まぁ......それだけの間あれだけの熱意で気のない相手から求愛され続けられれば......普段からぞんざいな対応になるのも分からなくもない......のか?
侍女の方がワイアードさんを運ぶのに手慣れていたのも......よくあることなのだろうな......。

「あやつ......大丈夫かのう?」

「さぁ?どうでしょう?」

心底どうでも良さそうに答えるヘネイさん。

「ワイアード家は王国の重鎮じゃろ?家の方の事情もあるじゃろう?」

「......次兄が文官として頭角を現していますから。既に結婚されていますし、恐らく家は次兄が継ぐでしょう。」

「あぁ、昔から聡明であったが......そうか、文官として。まぁ騎士の家系と言う訳ではないし問題はなさそうじゃな。」

「はい。まぁ家を出た私には関係ありませんがワイアード家としては......体裁を除けば問題ないのでしょう。」

「まぁハヌエラの奴も、ぎりぎりの常識は持ち合わせておる様じゃからな。外でお主の事は話しておらぬし、恐らく大丈夫じゃろう。」

ぎりぎりの常識か......。

「ナレア様はそうおっしゃいますが......今日は皆様を巻き込んでまで事に当たりました......次が街中で......公衆の面前で、とはならないと言い切れましょうか?」

......確かに。
ナレアさんはともかく、殆ど面識のない俺たちの前でプロポーズに臨んだのだ......次はもっと大っぴらな場所でやらないとも限らない......。

「......そこまではせぬと思いたいがのう。」

「ワイアード様が王都にいる間は極力聖域にいるようにしていますが......今日のように突然来られると対処のしようがありませんね......。」

恋は盲目ってよく聞くけど......ワイアードさんが完全に視界を失って暴走したら......相当大変なことになりそうだ......。
というか国を揺るがすレベルかもしれない......近親婚が禁忌とされているかどうか知らないけど......皆の反応を見る限り喜ばしいことではなさそうだし。
......そう言えばさっき聖域に行かないといけなくなったって言っていたのは......ワイアードさんから逃げるためか?
聖域ってそういう使い方でいいの?

「ハヌエラの所属する第五騎士団は王国内を巡回して治安維持活動を主としておるから、そこまで王都にいることはないのが救いかのう。」

「......第二騎士団にでも転属させましょうか。」

「東の国境警備じゃったか?」

「はい。向こうは難民に紛れて間諜が入り込んできますし、野党の類も多いようです。常に指揮官は不足していますし、喜んで迎え入れてくれるはずです。何より第二騎士団は任地をそうそう離れられませんね。」

「まぁ将来的にはいいかもしれぬが、当面ハヌエラは第五騎士団から動かすべきではないじゃろうな。今回の件で治安も悪化しておる、暫くは我慢するのじゃ。」

ナレアさんの言葉に非常に悔し気な表情を浮かべたヘネイさんだったが、諦めたようにため息をつくと申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「申し訳ありません、何度もお見苦しいものをお見せして。」

そういったヘネイさんは一度咳払いをすると気を取り直して言葉を続ける。

「皆様は暫く王都にいるとおっしゃっていましたが、その後はどうされるのですか?」

「うむ......。」

ナレアさんがちらりと俺のほうを見てくる。
今後の予定は既に皆に話をしていて了承してもらっている。
俺はナレアさんに頷く。

「一度龍王国を離れるが......応龍に頼まれていることがあるのでな、また戻ってくる。その後は......東に向かう。」

「っ!東にですか?」

「うむ......どうやら応龍の知る神獣が東の地にいるようでな。」

「そうなのですか......しかし東の地は......些か......いえ、非常に危険ではないでしょうか?」

「まぁ、安全とは言い難いが......行かねばならぬからのう。何、注意は怠らぬのじゃ。」

「ナレア様......皆様、彼の地は今も安定していない非常に危険な土地です。何卒、お気を付け下さいませ。」

「ありがとうございます、ヘネイ様。」

「絶対みんなで無事に戻ってきます。その時は色々と面白い話も持って帰ってきますから楽しみにしておいてください。」

レギさんとリィリさんが応え、ナレアさんは微笑みかける。

「必ず皆でまたヘネイさんに会いに来ます。お土産を期待しておいてください。」

俺がそう言うとヘネイさんは優しく笑った。

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