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5章 東の地

第170話 思っていたのと違う

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「国境と言っても街道沿いにしか騎士団は配備されていないのですね。」

「まぁ国境全てに兵を配置できるような国はないじゃろうな。街道に関所を置いて後は巡回するといった所が精々じゃろう。」

俺が目の前に広がるのどかな風景を見ながらぽつりと呟いた疑問にナレアさんが応えてくれる。
俺たちは相変わらず街道から外れてここまで進んできたのだが、龍王国の国境警備の騎士団の姿はどこにも見えなかった。

「隣接している国の情勢が不安定ならもう少し警戒しているものかと。」

「一応警戒はしておるがのう。とは言え兵が攻め込んでくるというようなことは殆どないのじゃ。以前も話した気もするが、国力が違い過ぎるからのう。迂闊に越境すれば大変なことになるのじゃ。」

「小国とも呼べないくらいの国力なのでしたっけ?」

「この辺の国はそこまで小勢力と言う訳でも無いが......兵が行軍出来る場所は限られておるからのう。その辺はしっかりと騎士団が見張っておるのじゃ。」

なるほど......個人ならともかく軍隊を動かせる場所っていうのは決まっているのか。

「巡回をしている部隊は多いが野盗や難民、間諜は多くそれらを全て防ぐことは不可能じゃ。」

「ざるで水を掬うようなものだな。」

密入国なんて現代の地球でも普通にあるみたいだしね......日本は島国だから陸続きの国境を持っている他の国とは少し事情が違うのだろうが......それでもいないわけでは無い。

「一応国境はもう越えているんだっけ?」

リィリさんが伸びをしながら話しかけてくる。

「そうだな、越えているはずだ。」

「龍王国とあまり雰囲気は変わりませんね。」

「......線を引いたように人外魔境でも始まると思っていたか?」

......若干思っていました。
国境とか治安の格差とか......明確なイメージがないんだよな。

「......そんなことはないですけど......東の方は随分と見晴らしがいいですね。国境を越えたら人外魔境と言うより平野が広がっていてびっくりですが。」

龍王国はあれだけ山が多かったのに国境を越えたとたん山がないのだ。
なんでそんなに住むのに苦労しそうな土地だけを龍王国は領土としているのだろうか?

「龍王国を抜けると山が一気になくなるってのは本当だったみたいだな。それはともかく、あの遠くに見える森が黒土の森ってやつだったら話は早いんだがな......。」

レギさんが遠くに見える森の方を見ながら言う。

「あの森は近すぎるじゃろうな......神域の位置から一日もかからずにたどり着けそうじゃ。」

応龍様が空を飛んで三日程の距離だからな......。
一応俺とナレアさんが思いっきり飛んで一日に移動できる距離は把握してある。
普段の移動はシャル達に乗るので、地形に左右されずに移動できる魔法での移動の方が距離は出せる。
まぁシャルの全力移動の方が俺達よりもはるかに速いのだけれど......流石にグルフ相手だと飛んだ方が移動は速くなる。
その点を踏まえてここから十日程東に移動、その位置から北東方面を調べていく感じで進めていくと言った感じで皆と決めてある。
夜であれば上空から強化魔法を駆使して辺りの地形を調べられるので、森や集落の位置は調べやすいと思う。

「そろそろ移動するか。とりあえず十日移動するまでは人里には様子見で立ち寄るぐらいで、基本的に野宿の方針でいいな?」

「それで大丈夫です。」

「うむ、当たりを付けている付近まではあまり人と関わらないほうがいいじゃろうな。こちらの情勢を鑑みるによそ者には厳しい......というか間諜として疑いを掛けられる危険の方も高いじゃろう。」

「......情報収集が難しそうですね。」

「無作為な情報を集めることに関してはファラがおるが......特定の情報を聞き出すということに関しては難しいのう。」

『......ナレア様、ご懸念はもっともではありますがやりようはありますのでお任せください。必ず有益な情報を集めて見せます。』

ナレアさんの言葉にファラが訂正を入れているのだが......ファラがイケメン過ぎる。
日本人......いや、少なくとも俺には絶対に言えない台詞だと思う。

「......そうじゃな、すまぬ。ファラの矜持を傷つけてしまう物言いじゃったな。ケイは勿論、妾もファラの事は頼りにしておるのじゃ。」

「うん、ファラの事は頼りにしているよ。」

『ご期待に添えられるように全力を尽くします。それではケイ様、皆様。私は先行させていただきます。ケイ様達が最初の目的地に到着されたら合流いたします。』

「了解。気を付けてね。」

「はい!ケイ様達もお気を付けください!」

「ファラちゃん、気を付けてね!」

「頼んだぜ!」

皆の声を受けてファラが駆け出す。
その姿は小さいものだが、とても頼もしいものだ。

「じゃぁ俺達も出発するとするか。」

ファラを見送ったレギさんがグルフへと近づきながら言う。

「あの森がどのくらいの大きさか分からぬが、今夜はあそこで夜を明かす可能性もあるのう。」

遠目に見える森を見ながらナレアさんが宙に浮く。

「上から見ればどのくらいの大きさの森か分かるでしょうけど......流石に真昼間ですしね。」

俺はシャルの背に乗りながらナレアさんに応える。
今は昼を回ったくらいの時間だ、付近に人がいないのはシャルによって確認済みではあるけど、何があるか分からないし迂闊な行動はとることは出来ない。
魔道具とかで望遠鏡みたいな効果を使って遠方から見張りをしている人がいないとも限らないしね。

「まぁ日が落ちても森から抜けられないようなら調べてみるのじゃ。では、行くとするかの。」

ナレアさんの言葉を聞いたシャルが駆け出し、景色が飛ぶように後ろに流れていく。
今まで旅してきた風景と何ら変わらないはずだけど、なんとなく陰気な感じがするのは色々と東方について話を聞いているせいなんだろうな。
遠くに見える森もどんよりして見える気がするよ。



「そこまで大きな森じゃなかったな。」

レギさんの言う通り、俺たちは早々に森を抜けて野営の準備を始めていた。
準備にはそれなりに時間が掛かるので、日が傾く前にはテントやご飯の準備をしておかないと日が沈み始めたら一気に真っ暗になるからね。

「そうですね。反対側から見たときはもっと大きな森のように感じていたのですが。」

「碌な地図がなかったからな。本来ならもっと情報収集をしたいところだが......。」

「流石に戦争をしているような場所だしね......龍王国で地図を手に入れるのは難しいよねぇ。」

地図なんて軍事機密だろうしなぁ......教えてもらったのはこの辺に森があるって言うことだけだったんだよね......ここから先はそんな大雑把な情報すらないのだけれど。

「現時点では東に向かうって指針しかないしな。ひたすらまっすぐ進むなら情報はある程度大雑把なものでも大丈夫か?」

レギさんが火をおこしながら肩をすくめる。

「危険な場所くらいは調べておきたいですけどね......。」

「まぁ人里に完全に寄らないってわけじゃないからな。何かいい言い訳でも考えておいてくれ。」

「......どんな言い訳なら通じるかさっぱり分からないのですが。」

何を言っても怪しまれそうだって思うのは先入観なんだろうか?
俺とレギさんが話しているとリィリさんが難しそうな顔をしながら会話に入ってくる。

「食材の補充もしないといけないし絶対に人里にはいく必要があるよね。」

「保存食だけでは流石にのう。」

「ギルドの登録証ってこっちでも使えるのですかね?」

「龍王国より東にはギルドは表向きにはない。」

俺の疑問にレギさんが答えてくれたのだが......。

「じゃぁ身分証明には使えない感じですね......表向きってことは何か裏があるってことですか?」

「まぁ......情報収集は必要だからな。」

何かしら手は伸ばしているってことかな?

「まぁ食糧に関しては何とかする必要があるし、人里に上手いこと潜り込む方法は考えないとな。」

この辺の情勢を調べないとどういった行動をとれば怪しまれないかも分からないな......。

『ケイ様。お話し中、申し訳ありません。』

どういう風にこの辺の人達にコンタクトを取ったらいいかを考えているとシャルが声をかけてきた。

「どうしたの?」

『こちらに近づいてくる者達がいます。数は七。まだ距離はありますが、まっすぐこちらに向かってきています。おそらく人間です。』

図らずもこの辺の人と接触を果たすことになりそうだな......。

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