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5章 東の地

第194話 出立

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『それでは、ファラの配下が持ってきた情報をお伝えいたします。』

「うん、よろしくね。シャル。」

ファラの部下の子から情報の聞き取りをしてくれていたシャルが、俺達に向き直り話を始めてくれる。

『まず今回の情報は早めに知らせるべきだと考えて送り出したもので、領都内や兵士長の詳しい情報はまだ収集している最中とのことです。』

「なるほど。」

『それで情報ですが。どうやら粛清を逃れた前領主の重臣が領都を離れてセンザという街に向かっているそうです。』

「センザにカザン君のお父さんの重臣が粛清を逃れて移動しているみたい。」

「センザにですか!?」

「うん。センザに逃げた人の人数とか名前は分かるかな?」

俺がシャルに問いかけるとシャルが後ろに控えているネズミ君に話を聞き始める。

『......お待たせいたしました。ネラン=エルファンと言うものだそうです。』

「ネラン=エルファンさんって人だって。カザン君知ってる?」

「ネランですか!?そうですか、無事だったのですね......ネランは父の補佐をしている者で、父が領都を離れる時は領主代行をしている人物です。」

「そんな人物が粛清を逃れられたのも驚きだけど......その人が領都を離れてしまったと言うことは......。」

「グラニダの権力は......既に父の勢力の元にはないと言うことですね。」

領主代行となる人物が領都を離れている以上、もはや領都の権力は新勢力の元に一本化されてしまっているのかもしれない。
前回ファラが調べてくれた情報はあくまで噂を集めたものであったので本当の所が分かるものではなかった。
流石のファラも俺達がグラニダで起こっている問題に首を突っ込むとは予想できなかっただろうからね。

「......。」

カザン君は目を閉じ、深く考え込むように顎に手を当てる。
はっきりとは聞いていないけど......センザって街は恐らくカザン君達が滞在していた......お母さんの実家がある街だろう。
カザン君はファラにも、追ってきたセンザの警備兵にも街の様子を......家族の事を聞くことはなかった。
はっきりと言葉にされるのを避けているのだと思う......しかし、街に行けば当然現実を直視することになる。
その時はノーラちゃんも一緒だ。
お父さんの片腕とも呼べる人には会いたいはずだが......。

「......兄様。」

ノーラちゃんに呼ばれたカザン君がゆっくりと目を開けてノーラちゃんの顔を正視する。
いつものニコニコした表情ではなく、真剣な表情でカザン君を見返しているノーラちゃんからは、誰に言われるまでもなく自分の道を決めていたその意志の強さがはっきりと見えるようだ。

「......皆さん。センザに行こうと思います。力をお貸しください。」

そしてノーラちゃんの事を心配していたカザン君もノーラちゃんの表情をみて決意を固める。

「勿論。そういう依頼だからね。任せてよ。」

『センザの位置は聞いているのですぐにでも案内出来ます。今から出ても日暮れまでには十分たどり着ける距離です。』

俺の返事を聞いてシャルがセンザまでどのくらいかかるかを教えてくれる。
今は昼前だから馬車でいうと二、三日の距離って所かな?
いや、森からカザン君達が逃げてきたことを考えると、馬車だともっとかかるかもしれないな。
あの追いかけてきた兵士も金銭欲ながらなかなかの根性だな......。

「センザまではここからだと数日はかかると思います。事態が動く前に行動を起こしたいのですが、すぐに出発でも大丈夫ですか?」

「うん。準備は整っているよ。今日の夕方頃にはセンザまで行けると思う。」

「え?しかし馬でも数日......森を抜けるにしても回り込むにしても、かなり時間がかかると思いますが。」

「うん、移動方法はもう考えてあるから大丈夫だよ。シャルとグルフと、後は魔道具を使って移動するんだ。今から出れば今日中にセンザまで行けるよ。」

「......つくづく、私は凄い方々と知り合ったのだと思います。ケイさんがそう言うのなら本当に今日中にセンザについてしまうのでしょうね。」

一瞬唖然としたカザン君だったが、何故か達観したように遠い目をしながらしみじみと言う。

「ケイ兄様達は凄いのです!」

「ありがとうノーラちゃん。でも凄いのはグルフとシャルかなー?」

「シャルさんに乗るのですか?」

ノーラちゃんがきょとんと言った表情で聞いてくる。
二人にはまだシャルの本当の姿は見せていないからな、子犬サイズのシャルに乗るって言ってもよく分からないだろう。

「ノーラちゃん達が乗るのはグルフかな。まぁここの片付けをしてから......後は見てのお楽しみってことで。」

「分かりました!お片付けしてきます!」

ノーラちゃんがリィリさんとナレアさんの手を取りながらテントの方に向かって行く。

「じゃぁ、こっちも片付けて準備しちゃおうか。」

「おう。」

「はい、よろしくお願いします。」

俺達は数日を過ごした野営地を片付け始めた。
来た時よりも綺麗に......は無理だと思うけど魔法を使って完全に元に戻すことは可能だ。
何があるか分からないからね、俺達がここに居た痕跡は出来るだけ無くしてから出発しますよ。



「私はケイさん達が何かする度にこれ以上はもう驚かないって毎回思うのですが......私の知っていた世界の何と狭いことかと......。」

「まぁ、その気持ちは分かるぜ。俺だって冒険者としてそれなりに色んなものを見てきた自負があったもんだが......ケイと出会って数日......いや、二日だな。そんな一瞬で常識が崩れ去って行ったからな。三十年近い人生で培った経験が二日だぞ?」

「あの......二人とも僕が悪いみたいな言い方はどうかと思うのですが。」

元の姿に戻ったシャルを見ながら黄昏ているカザン君と、その肩を叩きながら遠い目をするレギさん。
その二人に語り掛けるも完全にスルーされてしまっている。
レギさんはともかく、カザン君まで......。

「まぁ、ほぼ間違いなくケイのせいじゃからな。空を飛んだり風呂を沸かしたりと枚挙に暇がないのじゃ。」

「動物と会話したりね。」

ナレアさんとリィリさんがにやにやしながら話しかけてくるが、その内容は......。

「......いや、今上げた全て、ナレアさんも出来ますよね。」

シャル達との会話なんか俺の力ではないからこの場にいる全員が出来るし......いや、シャル達との会話もナレアさんが魔法を使えるようになったのも俺と知り合ったことが切っ掛けなんだから、俺のせいと言えなくもないのか......?

「ケイ兄様は色んなことが出来て凄いのです!私も空を自分で飛べるようになりたいです!」

ノーラちゃんだけが相変わらず純粋に俺の事を持て囃してくれる。
俺はノーラちゃんの頭を撫でると抱き上げてグルフの背に乗せる。

「空を飛ぶのはちょっと難しいかもしれないけど、今度試してみようか。」

「本当ですか!?」

「うん。状況が落ち着いたらやってみよう。」

「とても、とっても楽しみです!」

グルフの背に乗ったノーラちゃんがいつにも増して大興奮している。
魔法を込めた魔道具を今度作って実験しておこう。
ナレアさんの話ではノーラちゃんの魔力量は結構あるってことだったし、軽く宙に浮くくらいの物なら大丈夫かもしれない。

「あ、ケイさん。妹をありがとうございます。」

我に返ったカザン君がノーラちゃんをグルフの背に乗せた俺にお礼を言ってくる。

「うん、どういたしまして。カザン君もグルフに乗ってね。リィリさんも一緒に乗るから大丈夫だと思うけど、結構速いから気を付けてね。」

「わかりました。それではケイさん、また後程。」

そう言ってグルフによじ登っていくカザン君。
俺はカザン君がしっかりとグルフの登ったことを見届けるとシャルの背に飛び乗った。
グルフの後ろにはレギさんが少し緊張した面持ちでフロートボードに乗っている。
ここに居る間に練習していたけど......大丈夫かな?
フロートボードに取り付けられた縄の先端はリィリさんが持っている。
なんとなく、小さな子供の乗る車のおもちゃを引っ張っているみたいな感じがするな......。
まぁそれはともかく......皆の準備が出来たようだね。

「それじゃぁ、センザに向けて出発しましょう。休憩は森を抜けてから、食事もその時ですね。カザン君とノーラちゃんはグルフの背に乗って長距離での移動は初めてだから気分が悪くなったら遠慮せずにすぐに言ってね。」

俺が皆に声を掛けるとそれぞれが応えてくれる。

「じゃぁ、シャルお願いね。」

『承知いたしました。』

ゆっくりとシャルが動き出す。
これから向かうのはセンザの街、一瞬たりとも気を抜くことは出来ない。
カザン君達の為に、必ずその思いを遂げさせてあげるんだ。

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