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5章 東の地

第208話 貴族は複雑

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「そういえば、一緒におられたお嬢さん方はどうされたのですか?」

改めてグラニダの為に協力することを契約した後、しばし雑談をしているとセラン卿がナレアさん達の事を思い出したように聞いてきた。

「彼女たちはレーア様とノーラ様、お二人と一緒にいます。」

「そうでしたか。そういえば、ノーラはあのお二人によく懐いていたようでしたな。」

「えぇ、仲良くさせてもらっています。少し悪ノリするところもありますが......。」

「皆様には色々な意味で感謝してもしきれませんな。」

先程までのセラン家の当主としての顔とは違い、本当に優しいお爺さんといった笑顔で微笑むセラン卿。
何故そこまで優しい笑顔を見せながら、当の本人たちには素直になれないのだろうか?
ツンデレとは......一体どういう精神状態なのだろう?

「カザンは随分と成長したようだが......ノーラの方はあまり変わっていないようだな。」

「ノーラ様はこの家に戻ってくるまで本当に頑張っていましたから。今は母君と一緒にいたいのだと思います。元々がどのような子なのか分かりませんが......私達の知るノーラ様は聡明で本当にしっかりしたお孫さんだと思います。」

ノーラちゃんを褒められたセラン卿はまんざらでもない......控えめに表現するならだが......と言った表情だ。
因みに現在カザン君は席を外している。
だからこそ全力で孫の話に目元を緩ませているのだろうけど......。
カザン君がいる時は基本的にきりっとしているかなら......厳格な祖父っていうイメージを大事にしているとかだろうか?
まぁ確かに貴族として威厳は大事だよね。

「......お二人とも、あの子たちに以前何があったかを聞いているとおっしゃっていましたな?」

「えぇ、馬車で事故に遭って......それまでの記憶を失ってしまったと。」

「......あの時......二人が目を覚まさずに眠り続けた時、あの時程自らの無力加減と絶望を感じた事はありませんでした。目を覚ましてくれたことに比べれば、記憶を失ったことなぞ些細な問題でしたな。そしてあの時の絶望に比べれば現在の状況は少し腹を下した程度のものと言えます。」

流石に午後のティータイムとは言わないか......まぁ民に被害も出ているし、カザン君達のお父さんも亡くなっているしな。

「そして二人が目覚めた時程、神に感謝したことはありません。」

その時の事を思い出したのか、セラン卿の目元に涙が浮かぶ。

「まぁ、その前にこれ以上ない程神を呪いましたがね。人間なんて単純なものです。」

苦笑するセラン卿の姿は......やはり疲れているように見える。
腹を下した程度とは言うが......俺は腹を下したらトイレの中で世界の全てを呪うな......。
もしトイレに行けない状況で腹を下した場合......正直俺はそれ以上の絶望を感じたことは今までの人生で......まぁ、何回かあるかな?
いや、今俺のトイレ事情は関係ない。
ただ......絶望感と言う意味で、カザン君達が目覚めなかった時と比べれば自分達でどうにか出来る分、絶望する必要が無いって感じかな?

「これから忙しくなりますが......実にやりがいのある仕事ですな。引退したとはいえ、私も元兵士長。まだ軍部には顔が利きますからな。」

セラン卿はやはり軍人さんだったのか。
まぁ体格から今でも全力でばりばりの現役って感じだけど......引退してるのか。

「エルファン卿と二人で軍部を切り崩していくとおっしゃっていましたね。私達の方は細かく報告していきますが......黒幕が誰かによってはお二人の邪魔をしてしまうことがあるかも知れませんね。」

「そうですな。それを避けるためにもなるべく情報共有は密にしておきたいと考えておりますが......。」

情報共有か......ナレアさんの作っている遠距離会話用の魔道具が使えれば簡単だろうけど......あれはまだ世に出すつもりはないって言っていたしな。
俺達がばらばらに動けばやり取りは出来るけど......どうするのが一番いいか、打ち合わせが必要だな。

「一先ず今後の方針に関しては私達の方でも打ち合わせが必要ですね。それからどういう風に情報共有をするかを相談させていただければと存じます。」

「何か手段がおありですかな?」

「確実とは言いませんが......早馬を走らせるよりは早く、正確に情報を伝えることが出来ると思います。」

「それは頼もしいですな。」

レギさんとセラン卿が情報共有について話をしていると扉がノックされ、扉の外からカザン君の声が聞こえた。
どうやら戻って来たみたいだね。

「お爺様、トールキン衛士長を連れてきました。」

「入りなさい。」

セラン卿が入室の許可を出し、すぐにカザン君が部屋に入ってくる。
そしてカザン君に続き、細身でこれと言って特徴のようなものを感じさせない雰囲気の人が部屋に入ってくる。
この人がトールキン衛士長か。
確か密偵としても個人戦力としても優れている人物って聞いているけど、この人は......影が薄いというか、覇気がないと言うか......密偵としては確かに凄そうだけど......。
いや、密偵なのだから当然なのか?
物凄いごりごりのマッチョで覇気に満ち溢れている人は密偵には向かないだろう。
意表を突いてって考え方もあるけど、意表を突きすぎて普通に目立ちすぎて意味がないだろう。

「失礼します。トールキン参上いたしました。」

部屋に足を踏み入れ、その場所で敬礼をしたトールキン衛士長が直立不動となる。
ワイアードさんとはまた違った感じ......ワイアードさんは騎士って感じだったけど、この人は軍人って感じだな。

「楽にしてよい、トールキン衛士長。」

「はっ!」

......全然楽そうじゃないな......。
まぁいいけど。

「トールキン衛士長とカザンは直接の面識はなかったな?」

「はい。」

「トールキン衛士長、こちらの方々は我々に協力してくださる重要な方々だ。君の役割を紹介してくれ。」

「はっ!私はセス=トールキンと申します。グラニダの暗部、密偵部隊の隊長と領都の衛士長の職を賜っております。」

トールキン衛士長が敬礼をしながら端的に自己紹介をしてくれる。

「私はレギと申します、そしてこちらはケイ。今ここには居ませんが、後二人、ナレアとリィリと言うものがいます。西方の方で冒険者をやっておりまして、今回旅の途中でカザン様達に出会いまして協力させてもらうことになりました。」

「よろしくお願いいたします。」

レギさんが俺の分も含めて自己紹介をしてくれる。
しかし......トールキン衛士長は密偵で今回グラニダに仕掛けられた陰謀を調査しているはずだ。
俺達としては是非とも連携していきたい相手ではあるけど......相手のプライドを傷つけることにならないだろうか......?

「トールキン衛士長、お前なら既に知っているかもしれないが......レギ殿達には今回の件の黒幕について調べて貰うことになっている。お前達の能力を信じていないわけでは無いが、人手は多い方がいいだろう?」

「はっ!お気遣いありがとうございます!」

だ......大丈夫かな?
誠実な感じだけど......セラン卿がいなくなったら豹変したり......しないかな?

「現在はレギ殿達もまだ情報をお持ちではない。まずは情報の共有と方針のすり合わせを行ってくれ。以降の動きに関してはそれぞれに一任する。」

「承知いたしました。」

セラン卿がトールキン衛士長に命令を下す。
トールキン衛士長は忠実な軍人と言った感じで了承している。

「すぐに打ち合わせを始めるか?」

「はい、一刻も早く始めたいと思います。」

セラン卿の問いにトールキン衛士長が即答する。
やはり実直な軍人って雰囲気だな。

「分かった。レギ殿、ケイ殿。立て続けで申し訳ありませんが、次はトールキン衛士長と打ち合わせをしていただけますか?」

「えぇ、勿論かまいませんよ。トールキン衛士長、よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。それでは私がお借りしている部屋までご足労いただけますか?資料がそこにありますので。」

「承知いたしました。それではセラン卿、カザン様失礼させていただきます。」

レギさんがトールキン衛士長について行く為に立ち上がったので、当然俺も立ち上がり着いて行く。
部屋を出るときに一瞬カザン君の顔が見えたが......俺達と一緒に行きたそうな......それを我慢しているような、そんな表情をしていたのが印象的だった。

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