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6章 黒土の森

第305話 押し切る

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『打ち合わせはもうよろしいのですか?』

「えぇ、すみません。模擬戦の途中ですみませんでした。」

『問題ありません。次はどのような事をされるのか楽しみです。』

......若干霧狐さんも仙狐様みたいなことを言っている気がするな......戦闘狂って感じじゃなくって未知が本当に楽しみって雰囲気がする。

「期待に答えられればいいのですが......。」

とりあえず一気に攻めるとして......マナスとナレアさんとうまく連携していこう。
連携についてはなんとかなるとして......後はあまり前のめりになり過ぎない様にしないとな......。

『では、再開しましょうか。いきますよ。』

......霧狐さんの中でも先手は向こうなのか......まだ二回しか手合わせしていないのにね......。
でも、今回は俺から攻めますよ!
霧狐さんの台詞が終わる直前で、俺は強化魔法を強めに掛けて一気に距離を詰めた。
恐らく幻惑魔法の発動は、こうやって一気に攻め込んだとしても阻害することは出来ないだろう。
それでも多少であっても霧狐さんの余裕を削ることが出来れば御の字だ。
俺は距離を詰めたその勢いのままローキックを放つ!
当然そんな大振りな攻撃は当たるわけもなく、あっさりと霧狐さんには躱されてしまった。
しかし俺の足の先からマナスが飛び出し霧狐さんに追撃を仕掛ける。
鞭のように身体の形を変えたマナスが霧狐さんの体を薙ぐ。
その一撃は霧狐さんの体を真っ二つにして......真っ二つ!?
一瞬ぎょっとしたが、霧狐さんの体が空気に溶けるように消えてしまったのを見て、既に幻惑魔法の術中にはまっていたことに気付いた。
急ぎ五感を殺して霧狐さんの位置を探る......いた!

「ナレアさん!十歩ほど先!」

俺は右斜め前方を指しながら叫ぶ。
すぐに俺が指示した辺りに石槍の山が生える。
いや......ナレアさんその魔法は殺傷能力高過ぎじゃないですかね?
俺は前に進む速度を緩めない様に心掛けながら五感を殺す。
ナレアさんの作った槍山を中心に左右に一か所ずつ幻惑魔法の痕跡あり......俺は視界を戻すも、左右のどちらにも霧狐さんの姿は見えない。

「マナス、左!」

左側をマナスに任せて俺は右の幻惑魔法へと距離を詰める。
視界を切り替えると先程よりもさらに右に移動していたので、俺は足を止めずに生み出した石弾を撃ち出す。
魔法を放ってすぐに視界を切り替え......まじかー。
っと、飛び込んできた光景に思わずうんざりしてしまった。
石弾を撃ち出す前は一か所にしかなかった幻惑魔法の魔力が、今は三カ所に分かれている。
先手を押し続けるって方針だったはずだけど......いや、これはもう完全に対応され切っているよね......?
とは言え、攻めの手を緩めるわけにはいかない。
マナスに頼んだ左側の幻惑魔法は、分裂することもなく魔力が消えている。
状況からしてこちら側に霧狐さんの本体がいたのだろうけど......。

「ナレアさん!十五歩です!」

俺は左側の一か所を指さしながら魔法を発動させる。
ナレアさんに攻撃を仕掛けてもらう一か所を除き、幻惑魔法の魔力を纏めて包み込むように石のドームを作り出した。
そして一気に圧縮、ドームの中を押しつぶす。
同時にナレアさんが俺の示した辺りに礫を混ぜた突風を叩きこむ。
俺も、ナレアさんの事を言えないくらいに殺傷力の高い攻撃をしているとは思うけど......視界を切り替えるとドームの方の魔力は壁に阻まれ見えなくなっていたが、ナレアさんが仕掛けた方はまだ幻惑魔法の魔力が残っている。
その魔力を中心に、広範囲の地面を一気に落とし穴へと変えた。
魔法を発動してすぐに視界を切り替え、幻惑魔法の魔力を探す。
穴はそこまで深くは作らず、五メートルといったところだ。
霧狐さんの身体能力であればすぐに脱出は難しくない......視界を元に戻すと同時に穴の底に向かって強風を叩きつける。
ドームの時みたいに押しつぶす感じにしてもいいけど......いや、マナスが来るまで相手の脱出を妨害する方がいいだろう。
ドームを圧縮した時の手ごたえの無さから察するに、恐らくこっちが霧狐さんの本体だ。
俺は先程ナレアさんがやったようにおこした風に礫を混ぜる。
応龍様の魔法を使いながら視界の切り替えは無理だ......出て来て来ないことを祈るしかない。
......いや、駄目だ......それでは後手に回る。

「ナレアさん抑え込んで下さい!」

俺は声を上げて一呼吸置いた後、弱体魔法を発動して五感を殺す。
感知出来る範囲内に幻惑魔法の痕跡はなさそうだ。
上手いこと穴の中にナレアさんが抑え込めているのか......?
いやいや、まてまて。
幻惑魔法を解除して穴から出ているかもしれない。
俺は先ほどまで行っていたように五感の切り替えを出来る限りの最速で行う。
しかしどちらの視界にも霧狐さんの姿は見えない。
いや肉眼ではさっきからずっと見えていなかったけど......とりあえず穴からは脱出できていないようだ。
辺りに視界を巡らせるがも霧狐さんの姿を発見することは出来なかったが、マナスが穴の傍まで来ている事が見えた。
でも今は穴に向かってナレアさんが石の散弾を雨あられと叩き込んでいるからな......流石にマナスもそのまま突っ込んだりはしないだろう。
マナスの様子を窺いながらも周囲を確認していると、凄い勢いで穴から飛び出す金毛の塊......霧狐さんが飛び出してきた。
穴の傍にいたマナスから距離をとって地面に着地すると霧狐さんはゆっくりと首を巡らせる。

『参りました。この攻防は完全に私の負けです。お見事でした。』

穴から脱出した霧狐さんが第一声、降参を宣言する

「まだかなり余裕はありそうですけど......。」

とりあえず俺は五感の切り替えを止めて戦闘態勢を解く。

『そんなことはありませんよ。流石にあそこまで追い込まれてしまっては......逆転は中々難しくはありますね。』

そういう霧狐さんは、模擬戦ではと言外に言っているような気がする。
まぁ、手加減出来るぎりぎりのラインまでは追い詰めることは出来たってことでいいのかな?

「狙いが上手く嵌ったようで良かったです。」

『見事にしてやられました。こちらの出方を窺って対処してくるものだとばかり思っていたので、対応が後手に回ってしまいました。自分たちの首を絞めるようではありますが......幻惑魔法は先手を打たれると弱いです。逆にこちらから仕掛ける時は非常に強力だと自負しております。』

俺達が話していると、マナスやナレアさんも戦闘態勢を解いて俺の方に移動してきた。

『神子様方の攻撃は非常に多彩です。特に応龍様の加護による天地魔法は幻惑魔法と相性が良いですね。私達の行使する魔法は防御には向いておりませんので。』

確かに......強化魔法や天地魔法は攻撃、防御のバランスがいい。
しかし幻惑魔法は物理的な防御力は皆無だと思う。
回避......というか相手の攻撃を受けないようにすることは出来るだろうけど、広範囲に無差別攻撃が飛んできた場合は騙すも何もないだろう。
母さんの加護だけだったら相性はこちらの方が不利だったかもしれないけど、応龍様の加護のお陰で相性的にはこちらに分がありそうだ。

『それに、あのように矢継ぎ早に攻撃を仕掛けられると幻を生み出す余裕も削られていきます。私も姿を消すための幻を使うので手一杯でした。せめてもの攪乱として他の場所にも同じ幻を施す程度の嫌がらせが限界ですね。』

「先程も聞いていましたが、やはり戦闘中に複雑な幻惑魔法を使うのは難しいようですね。」

『そうですね......やはりどうしても単純な魔法になりがちです。』

......やはり先手を取って相手の余裕を削っていく方が良さそうだ。
どっしり構えて相手に魔法を使わせるのは、相手の有利にはなってもこちらの有利にはなり得ないだろう。

「やはりこちらから攻めるべきではあるのう。とはいえ、ケイもかなり動きに精彩を欠いていたようじゃが。」

隣に来ていたナレアさんが、若干機嫌良さそうに言う。
ナレアさんの提案が上手く嵌った形だったから嬉しいのだろう。

「そうですね......やはり動きながら幻惑魔法を見破るのはかなりきついです。なんとか小走りくらいなら出来ていますけど、全力で走ったり攻撃したりは......悲惨な感じでしたね。」

「幻惑魔法への警戒は必要じゃからのう......マナスの方はどうなのじゃ?幻惑魔法を見破る際に動きが鈍るのかのう?」

ナレアさんの言葉に俺の肩の上にいるマナスとナレアさんの肩の上にいる分体が同時にぷるぷると震える......。

「大丈夫ってことかな?」

俺がそう聞くとマナスが肩の上で弾む。
どうやらマナスは意識、というか動きが散漫になるようなことはないようだ......あっさり上を行かれたなぁ。

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