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6章 黒土の森

第308話 暁の焔のやりなおし

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『油断していた所に軽く一撃入れられただけですぞ!なぜ止められたのですか!』

爪牙壱が霧狐さんに食い掛っている。

『どう見ても継戦不能だったからだ。』

『馬鹿な!アレは擬死です!油断を誘っておいて一気に制圧する予定でした。』

『そうか......だからまだ二人とも擬死を解いていないのか?』

霧狐さんが白目を剥いて倒れている爪牙弐と参を見ながら言う。
倒れている二人は擬態には見えないな......完全に白目を剥いて気絶しているようにしか見えない。
俺がやったと思うと若干罪悪感を呼び起こされる光景だ。
後どうでもいいけど......擬死は狸の得意技じゃなかったっけ?

『......そ、その通りですとも。お二人とも、もう擬死を解いて構いませんよ?』

そう言った爪牙壱が、かなり強めの勢いで倒れている二人を足蹴にする。
中々酷い光景に見えなくもないけど......まぁ狐だしな......他に方法ないよね。
やがて起き上がった二人は状況を飲み込めていないようだったが、何やら爪牙壱が耳打ちをすると慌てたように爪牙壱に追従する。

『し、然り!我々の演技力の高さ故、勘違いするのもやむを得ぬとは思うが......それで勝負が決してしまうのは甚だ遺憾である!』

『全く持ってその通り!しかし我々に誤審を攻めるつもりは露とあらず!ここはお互いの失敗を持って、仕切り直しとするのが最善にあろう!』

何も出来ずに負けたからノーカンと叫ぶ三人は......なんか小学生の頃とかに見たことがあるな......言い回しは小学生よりは難しい感じだけど、言い回しが違うだけだ。
しかしまぁ......仙狐様の眷属の中で一番偉い霧狐さんにあんな風に詰め寄るってのはいいのだろうか?
あまり眷属同士のやり取りって見たことないけど......少なくとも仙狐様の神域に着いて、最初に対応してくれた......確か中位と言われていた方は、霧狐さんに対して畏怖をもって接していたように見えた。
......彼らからはそんな感じは全くしないけど......。

『私の裁定に不服だと、そういう訳だな?』

『『......。』』

若干苛立ちを含んでいそうな霧狐さんの言葉に、一気に静まり返る三人。

『そ、そのようなつもりは......。』

『し、然り。』

『そ、そうですな。ただ我らはもう少しきちんと手合わせをしたいと言っているだけで......。』

いや、全力で不服だって言ってたと思いますが......。
倍以上の体躯の差がある霧狐さんを前に、縮こまってなお上から見下ろす形になっている三人だが......なにやらまだ小声でぶつぶつ言っているようだ。
暫く三人を黙って見ていた霧狐さんだったが、大きくため息をつくとこちらに視線を向けてくる。
......甘くない?
霧狐さんの許可を求めるような視線を受け、俺が横にいるナレアさんの方を見るとナレアさんが肩をすくめた。

「別に、妾は構わぬぞ?」

「ありがとうございます。まだ仙狐様の依頼は達成できていない様なので......。」

「アレを叩き直すのは骨じゃのう......。」

眉をハの字にしながらナレアさんが言う。
まぁ、その意見には俺も同意しますが......とりあえず俺は霧狐さんに頷いておく。
さっきは三人に対して甘くないかと思ったけど......よく考えたら彼らに色々と思い知らせる必要があるのだから、ここで終わりという選択肢はないよね。
俺に向かって軽く目礼をした霧狐さんは三人に向き直る。

『いいだろう。そこまで言うのであれば、次はしっかりと仙狐様にその実力をお見せするのだ。』

『この命に代えても!』

『然り!とくと御照覧あれ!』

『必ずやご期待に応えましょう!』

いや、命は掛けないほうがいいと思うけど......気合は伝わってくる。
とりあえず、開始位置に着くか。
あ、その前に......。

「ナレアさん。」

「なんじゃ?」

「次の先手、任せていいですか?」

「......うむ、任されよう。」

「よろしくお願いします。」

これで良し......次は相手も油断はしないだろうし、攻めのパターンは変えていかないとね。
俺は先ほどの開始位置までゆっくりと進んでいく。
再戦が決まった三人も開始位置に移動......したのはいいのだが......先程と同じ位置に同じ招き猫のポーズで待っている。
なにゆえ......?
いや、百歩譲って開始位置はそれでもいいかもしれない。
でもその招き猫のポーズは必要ですか?
そもそも狐はイヌ科でしょ?
いや、それはいいか......まぁ、この世界で招き猫は見たことないし......狐がやってはいけないという決まりはない。
しかし......うーん、先ほどの様子を見るに、やる気は感じられるのだけど......まぁいいか......何か戦闘において、深い意味のあるポーズなのかも知れない。
開始位置に辿り着いた俺は三人に対して正対して若干腰を落とす。
......うん、三人とも俺の動きを物凄く警戒しているようだ。
先程までとは視線の強さが違う......一挙手一投足を見逃すものかという強烈な意思を感じる。
まぁ......さっきは何が何だか分からない内にやられただろうからね......気持ちは分かるけど......。
硬すぎるよ?
戦闘において、思考や体の動き、視線が硬くなっていたら......命取りだと思います。
まぁ俺も昨日霧狐さんに意表を突かれて、動きが止まることが何度もあったから偉そうには言えないけどね。
でも相手は俺だけじゃない訳で......三人もいるのに三人とも俺だけを見ているよね......?

『それでは始めよう、双方準備はよいか?』

「えぇ。大丈夫です。」

『次こそは我らの真髄をお見せしよう!』

『然り!すべてを引き裂く我が爪牙、篤と御覧じよ!』

『偶然は二度続かないから偶然であるという言葉を噛み締めて頂きましょう。』

......意気込みは分かったけど......準備は出来ているのだろうか?
霧狐さんも似たようなことを考えているのか、続きを待つように動きが止まっている。
そのまま十秒程、時が止まったかのように沈黙が訪れた。

『......では、構え!』

......テンポ悪いなぁ......。
っと......まてまて、若干気が抜けるような雰囲気だったが、相手のノリに流されて気を抜くわけにはいかない。
ここまでの一連の流れが全て相手の作戦で、こちらの致命的な油断を誘っている可能性だって十分にあるのだ。
そもそも、戦闘に置いて俺は油断できるほど経験が深くない。
レギさんもいつも言っている。
油断はするな、慎重に動けと。
今、俺は間違いなく相手のノリに釣られて気を抜いていた......どんな相手であろうと関係ない。
常に細心の注意を払い、慎重に、視界は広く、思考は柔軟に......常に相手はこちらの上を行くと考えて思考を止めるな。
余計な思考を削ぎ落し、意識を深く......深く潜らせていく......。
次の瞬間、世界と自分が一体になったかのような......自分という存在が空気に溶け込んで広がっていくような感覚を覚える。
一番近くにいるマナス、そして霧狐さん。
少し離れた位置に爪牙の三人。
舞台を遠巻きながらしっかりと見ている仙狐様の眷属の方々、そして眷属の方々よりも一段高い位置からこちらを見下ろす仙狐様。
更には俺の後方にいるナレアさん......レギさんやシャル達の事も見えている......いや、感じ取れている気がする。
水の中に沈み込んでいるように、周囲から切り離されたような......それでいて周囲の全てを感じ取ることが出来るような......不思議な感覚に陥る。
いつもの思考の高速化に加えて、何か別の強化魔法でも発動させてしまったのだろうか?
初めての感覚だが......何故か戸惑いはない。

『始め!』

霧狐さんの宣言と同時に、後方に控えていたナレアさんが手を翳す。
それを背中に感じながら俺は大きく横へと飛んだ。
俺の動きに釣られて爪牙の三人は視線を引っ張られた。
その一瞬の隙をついてナレアさんが魔法を発動。
俺は着地と同時に魔法を発動させる。
俺が発動したのは天地魔法による地面の陥没。
ただその規模はいつものように大きい物ではなく、ほんの数センチ程三人の足元の地面をへこませただけだ。
そして、それと同時にナレアさんの魔法......かつて俺を空の彼方まで吹き飛ばした突風の魔法が三人を襲う。
俺の魔法で踏ん張るべき地面を消された三人は、抗うことも出来ずに爆風とも言える風を受け、ものの見事に舞台上から吹き飛んで行き......くぼ地の壁に激突した。

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