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6章 黒土の森

第313話 爪牙の魔法

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ナレアさんの事を狙う爪牙弐と爪牙参を足止めして攻撃を捌きながら十数秒、未だ爪牙壱による幻惑魔法は発動していないみたいだけど......予想以上に時間がかかるな。
不自然にならないように相手をするのも限界だと思う。
何せ一戦前で爪牙参の事は一瞬で倒しちゃったからな......その俺が二人が連携しているとは言え、攻めあぐねている感じで相手の攻撃を捌いている状況は......ぎりぎり大丈夫だろうか?
少なくとも爪牙の二人は必至な感じで攻撃を続けているから気づいていないと思うけど、ギャラリーは気づいているかもな......。
後方にいるナレアさんも爪牙壱を狙うことなく俺と二人の戦闘を見ているしね。
そんなことを考えていると、俺の事を攻め続けていた二人が勢いよく後ろに下がった。
爪牙壱の発動準備が完了したかな?
油断なく俺の事を見ていた二人の姿がぼやける様に薄くなっていく。
遠くにいる爪牙壱の姿は完全に見えなくなっているようだ。

「......。」

でも近くにいる二人は一定以上薄くなることはなく、見えにくくはあるものの確かな存在感がある。
いや、待てよ?
ワザと薄っすらと視認させておくように配置された幻かもしれない。
本体は既に完全に姿を消してナレアさんに迫っている可能性がある。
俺は急いで視界を切り替えて辺りを確かめてみた。
しかし、俺の予想に反して舞台上にある幻惑魔法の痕跡は二カ所だけ。
爪牙壱が消える前までいた辺りと、ぼやけた二人がいる辺りだ。
霧狐さんみたいに体だけを覆う幻ではなく、少し広めの空間に魔力が見える。
視界を元に戻すと、先程までと変わりなく、ぼやけてはいるものの二人の位置は丸わかりだ。
二人がいる空間自体がぼんやりしているような......霧とは違うのだけど......陽炎のようなはっきりしない感じがする。
しかし、そのぼんやりしている範囲が広ければ、二人のいる位置をずらしていたりって可能性も考えられるのだけど......さっき確認した限りでは、魔法の範囲はかなり狭い。
霧狐さんの透明になる魔法と違って、あの場所自体に魔法が掛けられている以上彼らがあの場を動いてしまったら意味は無いよね?
......俺を警戒させて次の魔法を撃つための時間を稼ごうとしているのかな?

「マナス、後ろの一人の警戒を。」

爪牙壱への警戒をマナスに任せて、俺は若干ぼやけている前衛の二人への対応を始めよう。
......さて、どうしたものか。
普通にやるなら遠距離から攻撃するのが一番......いや、魔法の発動までは許したけどそれ以降は別に普通でいいじゃないか。
石弾を二人に向かって撃ち出す。
微妙に見づらい二人が若干うろたえながら飛来する石弾を躱す。
蜃気楼的な感じで実際にいる位置をずらしているわけでもなさそうだな。
こちらの攻撃を躱した二人は後ろを振り返り何やらアピールをしている。
......真剣に戦闘に取り組むようになったと思ったけど、戦闘中に相手から完全に目を離すどころか背中を見せるとは......真剣味が足りないと思いますよ?
とりあえず、わざわざ幻で作られた空間内に足を踏み入れる必要は無い......俺は若干速度を手加減した石弾を間断なく二人のいる空間に叩き込んでいく。

『疾風の!前だ!』

『っ!?』

石弾の飛来に気付いた爪牙弐が慌てて爪牙参に慌てて呼びかけ、二人は回避を始めるが......流石にその空間内だけで躱せる物量ではない。
少しの間幻の中で踏ん張っていたのだが、幻の外にはじき出されるように逃げ出した。

『くっ!やはり天地魔法は厳しい!』

『正面から幻惑魔法を使ってもすぐに見破られてしまいますね......!』

いやそこは幻惑魔法というよりも幻の精度じゃないかな?
正直見にくくはあったけど、普通に見えていたし......遠距離攻撃がある以上そこに足を踏み入れる必要は無い。
でも俺が今日まで見て来た幻惑魔法は、一見して現実と何ら変わりのないものだった。
これは間違いなく練度の差なのだろうけど......このレベルの幻惑魔法では魔法の使えないグルフでも一対一なら問題なく戦えそうだ。
......よし、爪牙壱のことはナレアさんに任せよう。

「ナレアさん、後ろで魔法を使っている一人を頼みます!恐らくさっきの位置から移動していないと思うので!」

恐らくとは言ったけど......うん、動いていないね。

「了解じゃ!」

俺が感覚を戻すと同時にナレアさんから返事が聞こえる。
これで爪牙壱のほうはオッケー、と。
マナスに警戒するように頼んでおいたこともあるし、もし相手が姿を完全に消したとしても分体の方でナレアさんをサポートしてくれるだろう。

『くっ!疾風の!私が隙を作るのでその間にお願いします!』

『心得た!』

うん、その役割分担自体は悪くないと思うけど......俺にも聞こえる様に念話で言ったら駄目じゃない?
もしくは慌てていると見せかけて本命の作戦は別とか......?
......まぁ、どちらでもいいか。
俺が今回目指すのは幻惑魔法を行使されながらの勝利だ。
どんな幻を生み出すかは分からないけど、正面から破ってみせる。

「神子様。後ろですじゃ。」

......うん。
何とも言い難い想いが胸に去来する。
今聞こえたのは念話ではなく、確かに耳で聞こえたと思う。
誰の声かと聞かれると......若干ナレアさんに似た誰か......いや、ナレアさんの声真似をする誰かだろうか?
それが背後から聞こえたと言うのならまだしも......完全に爪牙参の方から聞こえてくる。
なるほど、爪牙参は聴覚への幻が得意......?
いや、うん、恐らくここで聴覚への攻撃を選択したのだから一番得意なのだろう。
呼び方が違うとか口調が若干おかしいとか、突っ込みどころが多すぎてどれも些細な事の様に感じる。
まぁ、でも俺の隙を作ると言う意味では大成功かもしれない。
現に俺は頭の中で突っ込みまくって思考が停止してしまっている。

『今です!』

......孔明?
いや、アホなことに思考を回すな。
爪牙参の掛け声と共に俺の視界が炎に包まれる。

「おぉ。」

思わず声が出てしまった。
視界どころか全身が炎に包まれているけど、熱さは一切感じない。
これだけの巨大な炎というのに何かが燃える音や匂い、風も感じることも無く、ただただ猛火のエフェクトがあるだけだ。
熱も何も感じないまま燃えている右手を見て、ちょっとカッコイイなと思ってしまっても俺は悪くないだろう。
この炎の幻は、見た目だけなら完璧な気がする。
作ったのは爪牙弐だろうか?
爪牙弐は視覚への幻が得意なのかな?
それにしても、爪牙壱が最初に放った魔法に比べてこの二人はかなり短い時間で魔法を発動させている気がする。
爪牙参の幻聴のクオリティはかなり低かったけど......それでも発動速度と言う点では実用出来るレベルだと思う。
爪牙弐の幻はいつから準備していたか分からないけど、少なくとも爪牙壱よりも準備時間は短い筈だし見た目が凄い。
霧狐さんから聞いていたように得意なジャンルの幻ってのが、顕著に現れている感じだろうか?
いや、現段階でそれを判断するのは早計だな。
まだそれぞれの幻惑魔法を一回ずつしか見せてもらっていないのだから。
そんな風に考えていると、炎を切り裂きながら爪牙弐と爪牙参が同時に飛び掛かって来た。
っと......この中にいると俺では炎の幻のせいで重ねて幻惑魔法を掛けられた場合見抜けないからな......脱出しよう。
熱さを感じない炎に若干ときめいて、炎の中に居続けた俺は油断を反省しながら二人の攻撃を躱す。
この二人も本体とは限らないしね。
急ぎ炎の範囲から離脱して五感を切り替える。
炎以外の幻は爪牙壱のいた方にしか感じられない。
視界を戻した俺は追いすがってくる二人に対して石弾を放つ。
俺の攻撃を読んでいたのか、二人は余裕をもって石弾を躱したが、直後に接近した俺に対しての反応が遅れる。
勿論、その隙を逃さずに二人のこめかみを掌底で打ち抜き気絶させた。
こちらからあまり攻めなかったとは言え、今回はこの子達も戦っている手ごたえはあったと思う。
ナレアさんの魔法により石牢に閉じ込められた爪牙壱を見ながら、今回は感想戦が出来そうだなと思った。

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