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7章 西への旅路

第336話 幻を纏う

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魔道具を発動したアースさんの輪郭がぼやけたと思ったら次の瞬間、俺達の目の前に一人の男の人が出現した。
レギさんと同じくらいか少し高いくらいの身長に、腰に届きそうな程長い金髪。
細身だが、引き締まった体は形の良い筋肉に包まれている。
薄く青い瞳に彫りの深い顔立ち......まごう事なきイケメンだ......ただし全裸の。

「のわーーーー!ば、馬鹿者!何故裸なのじゃ!服を着た状態にせぬか!」

なんか見たくない物が目にはいって来たので顔を背けると、ナレアさんの悲鳴と罵声が聞こえて来た。
ナレアさんの悲鳴って物凄く久しぶりに聞いた気がする......。

「おぉ!?これは失敬!まさか来ていた服まで消えるとは!はっはっは、いや、はっはっは!」

「いいから早くせぬか!それとも吹き飛ばされたいのかの!?」

「も、申し訳ない!すぐに!えぇ!すぐにやりますとも!」

そう言って魔道具を発動させたアースさんが再び霞掛かる。
全裸イケメンの輪郭が歪み、再び姿を現したのは......。

「......服だけ浮かせてどうするのじゃ、中身が空じゃぞ?」

ハンガーにかけられた服の様な宙に浮く服だった。
中身は存在せず透明のマネキンにでも着せているようだ。

「むむむ!慌てると碌なことになりませんな!どれ、一つ落ち着いて......。」

恐らく深呼吸でもしているのだろう、浮かび上がった服の肩の部分がゆっくりと上下する。
ってか深呼吸出来るのか......。
一呼吸置いた後、三度霞掛かっていき輪郭をぼやけさせる宙に浮く服。
水に洗濯物を沈めたみたいな光景だな。
そんなどうでもいい感想を抱いていると、先程現れた金髪イケメンがアースさんの着ていたものと同じローブを纏って現れる。
そして自分の体を見回しながらこちらに尋ねてくる。

「どうでしょうか?おかしいところはありませんか?」

「ふむ......今度は問題なさそうじゃな。」

「うん、大丈夫。かっこいいよ。」

「はっはっは、いや、はっはっは!照れますな!この姿を維持することが出来るのであれば、私も外の世界に飛び出せると、そういうわけですな!?」

「うむ、気に入ってもらえたかの?」

自分の体を見回しながらぺたぺたと触るアースさんを見ながら、ナレアさんが嬉しそうに言う。

「えぇ!素晴らしです!幻でありながら触った感触がするのも凄いですが、自分の体を触った時に貫通せずにその場で手が止まり、服がしわを作る......動けば髪は当然のように流れ、服も風を受けてなびくように動く......恐ろしいまでに精巧な幻です!」

アースさんが絶賛するように、本当に凄い幻だ。
何処からどう見ても実在の人物......っていうかあの幻の人物はアースさんがイメージしたのか、それともナレアさんが魔道具にセットしておいたのだろうか?

「まぁ、それなりに苦労した魔法じゃからのう。しかし、触感もあるとは言え、他人に触られぬように気を付けるのじゃぞ?実際に触られればすり抜けるし、場所によっては骨の体を触られることになるのじゃ。」

「あくまで幻、ということですね。わかりました、気を付けます。」

そう言いながら、アースさんは動きを試す様に体を動かし続けている。
先程服だけが浮くという怪奇現象が起こったことから考えて、恐らくアースさんの本当の姿を幻で消して、その上から身体、そして服とレイヤーを重ねるように幻を組んでいるのだろう。

「外的要因に対する反応は組み込まれていないので気を付けるのじゃ。例えば強風にあおられたり......剣で斬られたりじゃな。あくまで自分の体の動きに追従して動くようになっておるだけじゃ。」

「承知いたしました。」

一通り体の動きを確かめて満足したのかアースさんが椅子に座る。
椅子に座っている姿は自然だね。
そのままテーブルの上にあったコップを手に取り......おや?
指に少しめり込んだりするのかと思ったけど......違和感なくコップを持っているな。

「ほほ、手は大事じゃからな。違和感なく物を持ったり出来るように上手いこと調整しておるのじゃ。椅子に座った姿も同じじゃ。」

俺の表情を見て、よくぞ気付いたといった感じのナレアさんが、胸を張りながら説明してくれる。
本当にナレアさんの幻惑魔法は凄いな!
まだ使えるようになって二月も経っていないとは思えない精度だ。
アースさんも無表情ながら感心しているようで、コップを持つ手をしげしげと眺めている。

「あぁ、そうじゃ。流石にアースの表情は読み取れないのでな、いくつか表情を変えられるように魔道具に仕込んである、変えたい表情を選んで魔力を流し込んでみよ。今の所笑顔と目を瞑る、それと怒りくらいかのう?」

なんか、オンラインゲームとかにあるショートカットチャットみたいだな。
ナレアさんが説明すると、怒ったような顔つきになったアースさんが声を上げる。

「はっはっは、いや、はっはっは!至れり尽くせりですな!」

「うむ......表情と台詞が全然合ってないのじゃ。要練習じゃな。」

「鏡が必要ですな!はっはっは、いや、はっはっは!」

怒り顔のまま朗らかに笑うイケメンは相当気持ち悪い。
その後何度か表情を変えてようやく笑顔になったが......これは確かに練習が必要そうだね。

「そう言えばナレアちゃん。随分かっこいい感じだけど......ナレアちゃんは、あぁいうのがいいの?」

アースさんの顔を見ていたリィリさんが、にやにやしながらナレアさんに話しかける。
なるほど......自分の好みのタイプを幻にしていたという事だろうか?
何となく面白くない感じはするけど......中身がアースさんだと思うと......微妙だ。

「何を馬鹿なことを言っておるのじゃ。そんなわけが無かろう。」

どうやら違ったらしい。
まぁ、外見をいくら好みにしたところで中身がかけ離れていれば......幻滅するだけだよね?
いや、ナレアさんの中身の理想は知らないけどさ。

「そうだよねー。ナレアちゃんはもう少し小柄で、頼りなさげというか素朴な感じで......でも結構頼りがいのある感じの子が好きだよねー?」

「......な、何が言いたいのじゃ?」

「んー?別にー?ナレアちゃんの好みじゃなさそうだけどなーと思っただけだよー。」

口笛でも吹きそうな雰囲気のリィリさんにジト目を送るナレアさん。

「この姿は私自身に肉や毛があるのであればこんな感じになるだろう、という想像の元に作った物ですが......ふむ......ナレア様そういった感じがお好みであるのならば姿を変えますが......。」

「いらぬわ!」

「えー?いいのー?」

「リィリもいい加減にせい!」

なんかリィリさんとナレアさんがきゃいきゃいやり出した。
こう言った時レギさんは完全に気配を殺すからな......俺もそれに倣って大人しくしておこう。
揶揄うなんてもってのほかだ。

「しかし......そういった感じとなると、参考が欲しいところ......おや?」

なにやらぶつぶつ言っているアースさんが俺の方を凝視している。
なんだろうか?
なんかスケルトン顔の方が感情を読み取り易かったな......まぁ幻だから仕方ないとは思うけど。
俺の方を見ながらふむふむ言っているアースさんだったがやがて視線を外し。

「なるほど。そういう事でしたか!はっはっは、いや、はっはっは!ナレア様も随分とかわいら......。」

アースさんが何やら朗らかに笑いながら言おうとした次の瞬間、アースさんの幻の頬を掠める様に巨大な石剣が飛んで行き壁へと刺さる。

「なんじゃぁ?アースよ。土に還りたいのならそう言えば良かったろうに。今すぐにでも送ってやるのじゃ。」

物凄く小刻みに顔を横に振る無表情のアースさんを見て、今度ばかりはその幻が恐怖に染まっているように見えた。

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