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最終章 狼の子

第526話 永遠に

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「魔道国や龍王国が動いたとして......シャル達をどうこう出来るとは思えぬがのう。」

俺が起こり得たかもしれない可能性に胃を縮こまらせていると、ナレアさんがため息とともに言う。

「流石に......いくらシャルでも万単位の軍隊相手だときつくないですかね?」

「どうじゃろうな......御母堂の魔法は応龍の魔法の様に対軍に効果的な魔法ではないが、体力の回復も出来るじゃろ?」

「そうですね。比較的容易に。」

「つまりじゃ。ほぼ無尽蔵の体力、見る事すら能わぬ程の素早さ、防具が無意味な攻撃力。しかもただの獣ではなく知能も非常に高い。対するこちらにあるのは魔術による魔道具が精々じゃぞ?そもそもじゃ、ファラが居ったら情報戦ですら圧倒的に不利どころではないのじゃ。こちらはただの魔物だと思っておる訳じゃからな......どう考えても戦いと呼べるようなものになるとは思えぬのう。」

そう言われると確かに......俺でも百人くらいならサクッと勝てそうだし、シャルならその百倍くらいサクッとやりそうだ。
そしてファラが本気になったら、戦うまでも無く国の一つや二つ落としてしまうだろうしな。

「もしそんな戦いが起こっていたとしたら......ナレアさんとも戦うことになりますよね?」

「そうじゃな......最初は傍観するじゃろうが、流石に魔道国の軍が破れたとなったらのう。」

「そうなったらナレアさんとも......いや、ほんとレギさんとデリータさんに出会えて良かったですよ。もう一回お礼言おうかな?」

「ほほ、また微妙な顔をされるだけじゃぞ。」

ここまで来てレギさんと出会えた幸運......魔法やその他情報を秘匿することの大切さを嚙みしめることになるとは思わなかったな。
うん、これから先もこのスタンスでいるべきだな。

「それはそうかもしれませんが......先日以上に感謝の念が渦巻いていますよ。」

「気持ちは分らんでもないのじゃ。まぁ、ケイの持っている力と言うのは、国どころか世界の行く末さえ変えかねない物ということじゃ。とは言え、ケイは今まで通りでよいのじゃ。今なら妾達もおる。危うい時は必ず妾達がケイを助ける。いくらなんでも今のこの状況から、ケイがやらかすことはそうそうないじゃろうけどの。」

「それはそうですね。右も左も分からなかった一年前とはかなり違いますし......この世界にも大切な人達が増えました。それに降りかかる火の粉を払うにしても手加減は出来ると思います。」

「ほほ、恐ろしい台詞じゃな。個人が国相手に手加減とはの。」

「僕だけなら兎も角、眷属の子達は手加減しても有り余る能力を持っていますからね。」

「眷属と言うと妾やレギ殿もそうなのじゃがの。それにシャル達もケイの意に添わぬことは余程の事が無い限りやるまいよ。そのくらいは信じてやらぬと拗ねると思うのじゃ。」

「確かに、シャル達がやり過ぎた事ってありませんしね。過激な事は結構言っていますが......その印象が強いせいですかね?」

「ほほ。シャルは特に......ケイに甘えておるからのう。」

「そうなのでしょうか?僕の方がいつも甘えていると思いますが......後、ナレアさんとレギさんについては眷属っていう感じはないので、その枠に入れ忘れがちですね。」

眷属って言うと、どうしてもシャル達って感じで、ナレアさん達はまた別の様な気がする。

「ふむ......なるほどのう?まぁ、なんとなく分からなくも無いのじゃが......ケイにとって妾は何と称されるのじゃろうな?」

「それはまぁ、恋人ですね。」

「ほ、ほぅ。」

自分から聞いておいて、ナレアさんが挙動不審になる。
まぁ、俺がこういう風にストレートに言ったらナレアさんがこうなるのは予想通りだけどね。
そして......これは丁度いい。

「とても大事な人です。こういうことにあまり優劣はつけられないと思いますが......ナレアさんの事を一番大事な人と言えます。」

「うぅ......いや......まぁ、それは、わ、妾も同じ思いじゃが......。」

「僕は......機微とかには疎いですし、口も上手くありません。だから、自分の想いもちゃんと伝える自信がありません。」

「......いや、それはどうじゃろうか?多少回りくどい時もあるが、基本的に端的に想いを伝えてくると思うのじゃが?」

何やらナレアさんがぶつぶつと言っている感じだけど......この洞窟の静寂の中でも聞こえない。

「まぁ、そういう訳なので......これを。」

俺は腰に着けていた革袋から小さな箱を取り出す。
中に入っているのはダンジョンを攻略する前にリィリさんに相談した指輪だけど......喜んでもらえるだろうか?

「こ、これは......もしや......。」

俺の手に乗っている箱を凝視しながらナレアさんの動きが止まる。
これで中身が全然違う物だったり......箱の中に箱がマトリョーシカ方式で入っていたりしたら......俺はこの洞窟から生きて帰ることが出来ないかもしれない。
そんなくだらないことを一瞬考えたが、余裕が無さ過ぎて変なことを考えてしまったという事にして欲しい。
幸いナレアさんも俺の思考を読む余裕がないようで、未だに箱を凝視したまま固まっている。

「......受け取って貰えますか?」

「う、うむ......勿論じゃ。感謝するのじゃ。」

俺の差し出した箱を、まるで壊れ物でも受け取るかのように両手で包み込むようにしてしっかりと受け取ったナレアさんが、そのままの体勢でまた固まってしまう。
いくらなんでも固まり過ぎではないだろうか?

「......実は、妾もケイに渡したいものがあったのじゃ。ここに......あ......。」

ナレアさんが恐らく腰に着けている革袋に手を伸ばそうとして、俺の渡した箱を両手でしっかりと持っている事を思い出しおろおろとし始める。
箱を地面に置くに置けず......何故か片手で持とうともせずに困っているナレアさんを見て、申し訳ないけど笑みが零れてしまう。
何だこの可愛い生物?

「ナレアさん、預かりましょうか?」

「......。」

同時に二つ以上の事を出来ない子供みたいになっているナレアさんに、手に持っている箱を預かろうかと提案すると、恨みがましい表情で拒否された。
しかし俺が話しかけた事で自分の中で決着が着いたのか、俺の渡した箱を片手に持ち直すと革袋に手を伸ばし......やはり片手では上手く取り出すことが出来なかったらしく、またも動きが止まってしまった。
手を貸してあげたいところだけど......さっき拒否されてしまったからな......。
暫くオロオロするナレアさんの様子を愛でていると、考えが固まったらしくナレアさんが箱を持った手を少し掲げて目を瞑る。
数秒程そのまま動きを止めていたナレアさんが再び目を開き手を動かすと、箱は空中に留まり続けた。
なるほど......空間固定を使ったようだ。
両手を自由にしたナレアさんは、腰の革袋から俺が渡したものと同じくらいのサイズの箱を取り出して、俺に差し出してくる。

「......気に入ってくれるといいのじゃが......こういう風に誰かに物を送ることが今まで無かったので......あまり自信がないのじゃ。」

「......ありがとうございます。凄く嬉しいです。」

珍しく、自信なさげな様子のナレアさんが差し出してきた箱を受け取る。
カチコチに固まっているナレアさんの様子を見るに、早目に感想を言ってあげた方が良さそうな気がする。

「開けてもいいですか?」

「......う、うむ。」

受け取った箱をゆっくりと開けると、中にはシンプルな指輪が納められていた。
装飾は少ない感じだけど、指輪自体に模様が刻まれていて中々格好いい。
パッと見た感じ魔晶石も嵌め込まれていないけど......魔道具じゃないってことか。

「凄く格好いいですね!ありがとうございます!」

「う、うむ。気に入ってくれたなら何よりじゃ。妾も見てもいいかの?」

「えぇ、勿論。気に入ってもらえたらいいのですが。」

固定化され空中に留まっている箱に両手を添え、ナレアさんが先程と同じように目を瞑ると固定化が解除される。
手に乗っている箱を真剣な表情でナレアさんは見ていたが、やがてそっと蓋に手を添えゆっくりと箱を開く。
その中に入っていた指輪はナレアさんが俺にくれた指輪に似て、非常にシンプルなものだ。
俺が貰った物と違うのは小ぶりな宝石が嵌め込まれている事だけど、実は宝石の名前はよく知らない。
まぁ......なんというか、指輪を買いに行ったお店の人に、恋人に贈るならこの石が嵌った物を贈るのがお勧めだと言われたのだけど......理由は教えて貰えなかった。
まぁ、流石にお店の人が騙して変な物を買わせたりはしてこないだろうし、変な意味はないだろうけど......後でナレアさんに聞けばいいかな?
ナレアさんは指輪をみて微笑んでくれているけど......気に言って貰えただろうか?

「ケイは、この宝石の意味を知っておるのかの?」

......まずい、先に聞かれてしまった。

「えっと......すみません。何かしら意味があることは聞いているのですが......この指輪を買ったお店の人から、僕が渡すなら絶対にこの石にするべきだと言われまして......。」

「妾......絶対にその店には行かないのじゃ。」

「えぇ!?なんか変な意味があったりするのですか?」

「いや、そうではないのじゃ。ただ......何と言うか......絶対にこの石にするべきだと勧められたという事は、色々喋ったのじゃろ?その......ケイが妾の事をどう思っているかとか何を考えておるかとか......。」

「え、えぇ。宝石を送るなら自分の想いをしっかりと込めたものが良いと言われたので......ある程度は。」

「絶対に行かないのじゃ。」

「えっと......その宝石にはどんな意味が......?」

「......秘密じゃ。それよりも......。」

ナレアさんが俺の渡した指輪を箱ごと差し出してくる。

「......?」

「......。」

えっと......これは突き返されたわけじゃないと思うけど......俺は先程ナレアさんから貰った箱を宙に固定した後、ナレアさんが差し出している箱を受け取る。

「えっと......。」

俺が疑問符を浮かべているとナレアさんが俺の前に手を差し出してくる。
流石にその動きを見てナレアさんがどうして欲しいのか理解した俺は、箱から指輪を取り出して差し出されたナレアさんの手を取る。

「こういう時......元の世界では薬指に指輪を嵌めるのですが......。」

「別にどの指でも構わぬよ。ケイに任せるのじゃ。」

「......分かりました。」

俺はゆっくりとナレアさんの薬指に指輪を嵌める......良かった......ちゃんと嵌ったよ。

「う、うむ。ぴったりの様じゃな。」

指輪を嵌めた手を口元に持って行った後、大事そうにもう片方の手を添えながら指輪、そして嵌められた指を見ている。
口元が物凄くにやけている様子を見るに......物凄く喜んでくれているようだ。

「っと......ケイ。指輪と手を。」

暫く指輪を眺めていたナレアさんが少し頬を赤くしながら言う。
俺は固定していた箱をナレアさんに渡して左手を差し出す。

「魔道国ではの、男に指輪を送るときは小指なのじゃがいいかの?」

「えぇ、勿論です。」

俺が頷くとナレアさんが俺の小指に指輪を嵌めてくれる。
指輪って今までつけた事が無かったから少しだけ違和感があるけど......新鮮な感じでいいな。

「......指輪を送るという事は、伴侶としての誓いのようなものじゃ。」

「......僕の世界でも似たような感じです。」

「ほほ、そうじゃったか。」

そう言ってナレアさんが指輪を嵌めた俺の手を両手で包み込む。

「......いつも、ケイに言わせておるからな。今日は妾から言わせてもらうのじゃ。」

ナレアさんが深呼吸をした後、俺の事を見ながら口を開く。

「......これから先、何があろうと妾はケイの隣におる。ケイと共に歩き、ケイを支え、ケイを敬い、ケイを愛する事を誓う。だから、妾達の全てをもって万難を排し、時が果てるその時まで生きてゆこう。」

ナレアさんの誓いの言葉を聞いて俺が口を開こうとした時、ナレアさんが俺の口元に指を置いて台詞を遮り微笑む。

「ケイの誓いは、全てこの指輪に込められておる......違わぬよな?」

その宝石に込められた誓いははっきりとは分からないけど、俺は間髪入れずに応える。

「勿論です。」

お互いの吐息と鼓動しか聞こえない程の静寂の中、俺はナレアさんを抱きしめた。

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