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最終章 狼の子

第525話 あり得たかもしれない未来

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「......不思議なものじゃな。」

俺の肩に持たれつつ、湖面をじっと見つめていたナレアさんがぽつりと漏らした。
因みに俺は結局肩に手を回せていない。

「何がですか?」

「......ケイがこの世界に来ることは四千年も前に決まっておったことじゃろ?」

「そうですね。」

「召喚、ケイが神域を旅立った日、レギ殿と出会った日、ダンジョンの攻略と攻略記念祭の日、そして龍王国での再会。どれか一つでもズレていれば、こうして妾達が一緒に居ることは無かったのじゃろうな。」

「確かにそうですね。縁って本当に不思議な物だと思います。先日レギさんとの出会いのお陰で目的を果たすことが出来たって話をしましたが......ナレアさんと出会えたのもレギさんのお陰ですね。」

「ほほ、そう言えば昨日ケイが改まって礼を言っておった時......物凄く微妙な顔をしておったのう。」

「あはは、していましたねぇ。」

一昨日ナレアさんと話した件でレギさんにお礼を言ったのだが、一欠けらも礼を言われるようなことはしていないと言われ、更にリィリさんのいたダンジョンの件に関して逆にお礼を言われてしまった。
その時のレギさんの顔は......困っているようなむず痒がっているような......何とも形容しがたい表情になっていて......リィリさんはその様子を見て笑っていたね。

「......リィリとレギ殿は......最近本当に幸せそうじゃな。」

「そうですね。お二人の気持ちは最初から知っていましたが......言葉にして、形にするって言うのもやはり大切なんだなと思いました。」

「うむ。レギ殿やケイの前では比較的マシじゃが......妾と二人で話す時のリィリは......もう顔が溶けるのではないかというような表情をしておるのじゃぞ?」

「あはは、そうなのですか?少し見てみたい気もしますが......。」

「それはダメじゃな。あれは男に見せて良いような顔ではない。」

「あはは。」

一体どんな顔をしながらレギさんの話をしているのだろうか......?
非常に気になる所ではあるけど......世の中知らない方が良いという事も結構ある。

「......リィリさんには本当にお世話になっていると思います。」

表立って手助けをしてくれるというよりも、さりげなく支えてくれるというか......陰ながら、精神的に助けてくれるのがリィリさんだ。

「そうじゃな。リィリは本当に周りをよく見て、相手に気を使わせない様に助けるのが上手い。多少悪ノリをするきらいはあるがの。」

「ナレアさんは最近かなり、リィリさんに弄られていますからね。」

「リィリは実にしつこいのじゃ。まぁ、引き際はしっかり見えておるようで喧嘩になったりはせぬが......まぁ、その辺もしっかりと相手の事を見ているということなのじゃろうな。」

「なるほど......。」

クルストさんは引き際を誤って地雷を踏み抜いていくスタイルだけど......リィリさんはその辺の匙加減が上手いという事か。

「リィリは周りの事をよく見ているし、恐らく妾達の中で一番心が強い......精神的に一番安定しておるのがリィリじゃな。」

リィリさんの境遇は......俺達の中でも群を抜いている気がするけど......そんな雰囲気を全く感じさせず、いつも明るくしている。

「まぁ、レギ殿に対しては少し取り乱すこともあるがの。仙狐の神域に行く時の事はずっと弄り続けられるのじゃ。」

「あー、幻惑魔法のせいでレギさんが落ちて行った時の事ですか......。」

確かに、最初のダンジョンを攻略した直後もそうだけど......基本的にリィリさんがあからさまに取り乱すのはレギさん絡みの時だけだな。
クルストさん達に攫われた後は......残念ながら俺には普段通りの様子に見えていたけど、ナレアさんはリィリさんが悩んでいるって看破していたよね。
俺はもう少ししっかりと皆の事を見ないといけないよね。

「リィリは、レギ殿が居るからこそ強いのかもしれぬがの。」

「そうなのですか?」

リィリさんだったら一人でも飄々とやっていけそうだけど......ナレアさんはそうは思っていないのか。

「いくらリィリが強くても、その境遇は一人で抱え込めるようなものでは無いからのう。レギ殿がいて、まぁついでに妾やケイ達がいる事でようやく安定していると言っていい筈じゃ。まだ実感はないじゃろうが......永遠の生と言うのは相当な苦悩がある。」

普通の人よりも遥かに長い時を生きているナレアさんが言うと重みが違うな。
神獣と呼ばれる方々でさえ、性格が全くと言っていい程変わることもあるのが悠久と言う時間だし。
高々二十年程度生きた俺が理解出来るものではないだろう。

「まぁ、妾もまだ十六じゃからな。実感を得るのはまだまだ先じゃろうが。」

「なるほど。」

ナレアさんの台詞に俺は間髪入れずに相槌を入れる。
当然の事だ。

「......まぁ、いいじゃろう。」

一瞬睨まれた気がするけど......ナレアさんの台詞通り、ぎりぎり及第点といったところだろう。

「ケイとレギ殿はもう少し女心を勉強するべきじゃな。」

これは及第点取れてないな......。

「レギさんはそのくらい弱点があった方が良いのではないですかね?」

「......ふむ?ケイはレギ殿に随分と心酔しておるようじゃのう?」

「そうですね......レギさんには外の世界に出てからずっとお世話になっていますし、とても尊敬しています。」

「レギ殿は面倒見がいいからのう。ケイが厄介ごとに巻き込まれることが少なかったのは、最初にレギ殿に会えたからじゃろうな。」

「それは間違いないですね......レギさんにデリータさんを紹介してもらったおかげで色々と気づけましたし。その後もずっと気にかけてくれていましたから。」

「ほほ、デルナレスが常識を教える日が来るとはのう。ケイは本当に幸運に恵まれたと言いたいが......本当に幸運だったのはケイではなくこの世界かのう。下手したら都市国家だけではなく、いくつか国が滅んでいた可能性があったかもしれぬ。」

「いや、それは大げさですよ。いくら何でもそんな無茶苦茶はしませんよ。」

「それはどうかのう......ケイの魔晶石に関しては見るものが見ればすぐ分かるし、その一欠けらでも命を狙われるには十分な代物じゃ。それに魔法についても、その効果や危険性はレギ殿がおったからこそ気付けたのじゃろ?」

「それは確かに......魔晶石は国宝物と言われた覚えがあります。デリータさんに注意されていなかったら、換金しようとしたりしたかもしれませんね。」

デリータさんが最初に魔晶石を見せた相手だったから良かったものの、違う相手だったら......俺が襲われるなら兎も角、換金しようとした相手が襲われたりする結果になったかもしれないよね。

「それに回復魔法じゃな。目の前で怪我をした者がいたりしたら使っておったじゃろ?」

「......回復魔法は戦争の火種になりかねないってヤツですね。」

「戦争自体はアホ共が引き起こすかもしれぬが......万が一にもケイに被害が出ようものなら......黙っておれぬ連中がおるじゃろ。」

まぁ......確かに。
特にデリータさんを紹介してもらわなければ、俺は魔法を使えるようになるのが遅れていただろうし......その場合シャルが全力で俺を守ってくれただろうけど、何かの折に怪我でも......いや、危険に巻き込まれそうになろうものなら......確かに大変なことになりそうだ。
そして魔法を使えるようになったとしても、軽い気持ちで回復魔法を使って......大騒動になって......シャルが暴れて......更なる大騒動......勿論シャルがそれを撃退して......エンドレス大騒動の果てに......。

「......確かにいくつか国が滅んでいたかもしれませんね。」

「じゃろう?場合によっては魔道国や龍王国もまずかったかもしれぬ。」

「いや、それは流石に......。」

「いや、冗談ではないのじゃ。レギ殿やデリータと出会わなかった場合、妾とも出会わない可能性が高い。そうなるとケイは龍王国や魔道国に関わることが無かったかもしれぬ......そしてシャルの様な、一国が滅ぼされかねない様な魔物が現れた場合、大国である二国が動く可能性は低くないのじゃ。」

......その場合、冒険者であるレギさんや騎士であるワイアードさんと戦っていたかもしれない......いや、その可能性はかなり高い。
その事に思い至り胃の辺りがキュッとなった。

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