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第三章 貴方となら何でも出来る気がしました
49・村の景色と街の事情と
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ライネルの独り言は、小さく空気に溶けていった。
「ライネルさん!」
「うわっ!びっくりした!」
振り向くと、アノマリーがきょとんとした顔でライネルを見上げている。
(独り言聞かれてないよね?!)
「どうしました?大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。ショーさんももうすぐ来るだろうから、先に外で待ってよ」
「はい」
ライネルはアノマリーを伴ってドアを開けた。外は涼やかな風が吹き、花の香りがふわりと鼻をくすぐる。
「ライネルさん」
「どうしたの?アノマリー」
「恋とやらをすると、人間は可愛くなるらしいです」
「そ、そうなの?どうしたの急に」
「なんでもないです」
「……」
(やっぱり何か気付いてる?!恥ずかしい!!)
自分より五つも年下の子どもにこんな辱めを受けるなんて……。妙な汗が背中を伝い、ライネルは侮れない気持ちでアノマリーを見た。
当の本人は、自分の発言などすっかり忘れたようで、目の前の蝶に夢中になっていた。
「お待たせ」
振り向けばショーが立っていた。ライネルは気を取り直して明るい声を出す。
「はい、じゃあ工房を回って進捗状況を確認しましょう。品物を王都のお店に置いてもらうには、たくさん作ってもらわないといけませんからね」
「はーい!」
アノマリーの元気な声を合図に、ライネルは彼らと共に工房へ向かう道を歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆
その頃、王都近くのバロウズ男爵邸では、アルヴェリオがやるせない思いで空を眺めていた。
「……旦那様、目の下にクマが」
「分かっている」
あの日以来、アシュレイは男爵邸に住み着いてしまった。
職場には風邪をひいたと言って休んでいるらしいのだが、毎日のように見舞いの花や菓子が届けられている。──アルヴェリオの家である、この男爵邸に。
「……なぜうちに届くんだ」
「アシュレイ様が吹聴しておられるそうですよ。貴方様と婚約したと」
「まだのはずだが」
「存じております」
レオポルドは落ち着いた手付きで茶を注ぐ。しかし、それが口をつけられる前に冷めてしまうであろうこともよく分かっていた。
アルヴェリオはまたひとつ、深いため息をつく。
(以前ならともかく、今の俺には他に好いた相手がいる。婚約前に証拠を見つけて、綺麗な形でライネルと結ばれたい)
「……なんてことを思っているのではありませんよね?」
「……なんの話だ」
「いえ、まあ。私めも伊達に歳は重ねておりませんので」
「……」
侮れない。
アルヴェリオは心の中でそう呟きながら、読みもしない本を開いた。
片時も側を離れようとしないアシュレイに「読書をさせて欲しい」と言った手前、読んでいるふりだけでもしなくてはならない。
「あいつは思った以上に勘が鋭い。頭もいい」
「ですね。迂闊なことは出来ません」
先日の“足止め”も、森道だけを塞いでいたらアシュレイはあっという間に王都へ着き、ライネルを捕まえていたはずだ。
「旦那様が先を読んで、崖道にも人をやっていたおかげで助かりました」
「ああ」
もしライネルが見つかってしまったら──
アシュレイは彼の家族だ。連れ帰るのをアルヴェリオが止められるはずもない。
そんな権利は、今の彼にはどこにもないのだ。
「鎌をかけてみても口を割らない。やはり奴が隠し持つ証拠を探し出さなければならない」
「……アシュレイ様は旦那様に惚れておられるようです。いっそ一夜を共にしては?そうすれば口が軽くなるかもしれません」
「お前……」
「冗談ですよ。ただ、アシュレイ様が連夜旦那様の部屋を訪ねておられるのを見て、ふと思っただけです。……それにしても、よくうまく逃げておられますね。いったい、どちらで休まれているのです?」
「……色々だ」
アルヴェリオは言葉を濁した。
レオポルドは有能だが──
先代の無念も背負っている分、アシュレイへの敵意は桁外れて強い。それはそれは尋常じゃないほどに。
復讐のためなら、自分の居場所をアシュレイに売ってしまってもおかしくないくらいに。
だからこそ、居所は絶対明かすものか。
アルヴェリオはそう心に決めていた。
以前、結婚を申し込んだ時は、借金の肩代わりを餌に形だけの夫婦となり油断させるつもりだった。
金のために爵位の低い相手の妻になるという屈辱に歪む顔を見たかったというのもある。
それなのに、自分の元にやって来たのはアシュレイとは似ても似つかない、素朴で優しく可愛いライネルだったのだ。
「ライネルさん!」
「うわっ!びっくりした!」
振り向くと、アノマリーがきょとんとした顔でライネルを見上げている。
(独り言聞かれてないよね?!)
「どうしました?大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。ショーさんももうすぐ来るだろうから、先に外で待ってよ」
「はい」
ライネルはアノマリーを伴ってドアを開けた。外は涼やかな風が吹き、花の香りがふわりと鼻をくすぐる。
「ライネルさん」
「どうしたの?アノマリー」
「恋とやらをすると、人間は可愛くなるらしいです」
「そ、そうなの?どうしたの急に」
「なんでもないです」
「……」
(やっぱり何か気付いてる?!恥ずかしい!!)
自分より五つも年下の子どもにこんな辱めを受けるなんて……。妙な汗が背中を伝い、ライネルは侮れない気持ちでアノマリーを見た。
当の本人は、自分の発言などすっかり忘れたようで、目の前の蝶に夢中になっていた。
「お待たせ」
振り向けばショーが立っていた。ライネルは気を取り直して明るい声を出す。
「はい、じゃあ工房を回って進捗状況を確認しましょう。品物を王都のお店に置いてもらうには、たくさん作ってもらわないといけませんからね」
「はーい!」
アノマリーの元気な声を合図に、ライネルは彼らと共に工房へ向かう道を歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆
その頃、王都近くのバロウズ男爵邸では、アルヴェリオがやるせない思いで空を眺めていた。
「……旦那様、目の下にクマが」
「分かっている」
あの日以来、アシュレイは男爵邸に住み着いてしまった。
職場には風邪をひいたと言って休んでいるらしいのだが、毎日のように見舞いの花や菓子が届けられている。──アルヴェリオの家である、この男爵邸に。
「……なぜうちに届くんだ」
「アシュレイ様が吹聴しておられるそうですよ。貴方様と婚約したと」
「まだのはずだが」
「存じております」
レオポルドは落ち着いた手付きで茶を注ぐ。しかし、それが口をつけられる前に冷めてしまうであろうこともよく分かっていた。
アルヴェリオはまたひとつ、深いため息をつく。
(以前ならともかく、今の俺には他に好いた相手がいる。婚約前に証拠を見つけて、綺麗な形でライネルと結ばれたい)
「……なんてことを思っているのではありませんよね?」
「……なんの話だ」
「いえ、まあ。私めも伊達に歳は重ねておりませんので」
「……」
侮れない。
アルヴェリオは心の中でそう呟きながら、読みもしない本を開いた。
片時も側を離れようとしないアシュレイに「読書をさせて欲しい」と言った手前、読んでいるふりだけでもしなくてはならない。
「あいつは思った以上に勘が鋭い。頭もいい」
「ですね。迂闊なことは出来ません」
先日の“足止め”も、森道だけを塞いでいたらアシュレイはあっという間に王都へ着き、ライネルを捕まえていたはずだ。
「旦那様が先を読んで、崖道にも人をやっていたおかげで助かりました」
「ああ」
もしライネルが見つかってしまったら──
アシュレイは彼の家族だ。連れ帰るのをアルヴェリオが止められるはずもない。
そんな権利は、今の彼にはどこにもないのだ。
「鎌をかけてみても口を割らない。やはり奴が隠し持つ証拠を探し出さなければならない」
「……アシュレイ様は旦那様に惚れておられるようです。いっそ一夜を共にしては?そうすれば口が軽くなるかもしれません」
「お前……」
「冗談ですよ。ただ、アシュレイ様が連夜旦那様の部屋を訪ねておられるのを見て、ふと思っただけです。……それにしても、よくうまく逃げておられますね。いったい、どちらで休まれているのです?」
「……色々だ」
アルヴェリオは言葉を濁した。
レオポルドは有能だが──
先代の無念も背負っている分、アシュレイへの敵意は桁外れて強い。それはそれは尋常じゃないほどに。
復讐のためなら、自分の居場所をアシュレイに売ってしまってもおかしくないくらいに。
だからこそ、居所は絶対明かすものか。
アルヴェリオはそう心に決めていた。
以前、結婚を申し込んだ時は、借金の肩代わりを餌に形だけの夫婦となり油断させるつもりだった。
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それなのに、自分の元にやって来たのはアシュレイとは似ても似つかない、素朴で優しく可愛いライネルだったのだ。
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