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帰還

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 リラ達が城に戻ると、兵士やメイド達は大喜びで盛大に出迎えた。
 普段から使用人にも優しいリラは皆の人気者だったので、今回の失踪騒ぎには胸を痛める者が多かったのだ。

「どちらにおられたんですか!心配致しました!」

 モネが泣きながらリラの前に跪く。

「ごめんね、心配かけて。大事なものを取り戻しに行ってたんだ」
「大事なもの?」

 モネは怪訝な顔をしてリラを見た。

「じゃーーん!こちらが何年も行方不明だった第一王子のセラフィス改めライラック様でーす!」

 リラは後ろにいたライラックにぎゅっと抱きつき皆に紹介する。

 これには皆だけでなく、コランや当の本人のライラックも度肝を抜かれた。こんな姿になって混乱させるから、しばらくは黙ってようと先程コランの家で話し合ったのにー!

(……いや、そう言えばリラは聞いてなかった。コランが飼ってる猫と夢中になって遊んでたんだった)

 そう思い当たり、ライラックは溜息をついた。

「本当にセラ……いえ、ライラック様?ですか?」

 使用人達をかき分けておずおずと後ろから出て来たのは筆頭侍女のベリーだ。

「……信じられないのも無理はない。私は……」
「いえ!分かります。セラ……ライラック様は私がお育てしたのですから。このような姿になる程に苦労をされたのですね」

 そう言うなりベリーは地面に倒れ伏して泣き出した。
 周りの兵士たちも膝を折り、彼に傅く。だが、ライラックは慌てて手を振った。

「中身はともかく、私はもう一線を退く年だ。そんな風に敬う必要はない。皇太子に返り咲くつもりもないしリラの幸せを見届けたらどこか遠くでのんびり過ごすつもりだから」

「そんな!!」

 ライラックの言葉に皆が一斉に悲痛な面持ちになった。中でも声が一番大きかったのはリラだ。

「ずっと僕と一緒にいてくれるって言ったのに!」
「いや、言ってないと思うんだが……」
「セラフィスとこのまま一緒にいたらグロリアに殺されちゃうよ。えーん」

 とんでもなく下手な泣き真似だがリラの強さを知らない使用人達はその様子に貰い泣きを始める。

「分かってる」

 ライラックが呟く。

「あの女の正体を暴いてこの城から追い出す。皆協力してくれるか?」
「はい!!」

 使用人達に慕われ、帰りを心待ちにされていたライラックの言葉に大きな迷いのない同意が響いた。











「リラ!」

 広間の騒ぎに何事かと顔を出したセラフィスは中央にいるリラを見て驚いて駆け寄った。

「どこにいたんだ?!国中を探したぞ!」
「ご心配おかけしまして。おたくのグロリアさんが騎士に命じて僕を森の奥に捨ててくれたおかげで、本当に結婚したかった人と再会する事が出来ました」
「……なにがなんだって?」
「グロリアさんが僕を殺そうとしました」

(一つずつ片付けていこう。セラフィスのおつむでは同時進行は無理なようだ)

 そんな失礼なことを思いながら、リラは前半の要件で一旦言葉を切る。

「……それは本当か?」

 その問いにリラの隣で控えていたコランが頷く。

「リラ、少し二人で話をしよう」

 セラフィスの言葉に、コランとライラックが何か言おうとするが、リラはそれを制し、こくんと頷いてセラフィスの後を追った。



「なにを考えているんだ、あいつは。きちんと謝罪をさせるからなんとか許してやってくれないかリラ。あいつが歪んでいるのは色々と苦労をしながら生きてきたからなんだ」

「セラフィス様」
「なんだ?」

「苦労してない人はいません。そして幸せになる為に頑張ってます。その頑張りは決して人を貶めたり傷付ける事じゃない。他の方法で、です。グロリアさんは何故それが出来ないんですか?」

「それは……」

「手の中に収まる幸せに何故満足できず飽く事なく全てを欲しがるのでしょう。そんなこと不可能なのに。……セラフィス様はそんなグロリアさんを好きですか?」

「あ、いや……。昔は優しい奴だったんだよ」

「今、好きかと聞いているんです」

「それは……」

 苦しげな顔で、それでも好きだと言う言葉は発する事が出来ず、セラフィスはリラから目を逸らした。

 このままでは話が進まないと感じたリラは二つ目の要件を切り出す。

「僕の隣に立っていた老人の正体は知ってますか?」
「え?」

 突然の話題転換に面食らったセラフィスは、記憶を辿り黙って首を横に振る。

「じゃあ聞き方を変えます。兄王子と最近会いましたか?」

 ド直球のリラにセラフィスは慌てふためき兄王子なんか知らない、自分に兄弟はいないと早口で捲し立てた。

「そう言うのもういいです。全部わかってます。最近いつ会いましたか」

 誤魔化しが効かないと悟ったセラフィスはしばらく考えた後に「一年以上前」と小さな声で呟く。

 一年?そんな長い間あの塔に閉じ込めたまま会いにも行かず孤独に仕事だけさせていたのか。

「僕の隣に立ってた老人が兄王子です」
「何を言ってる。あんな年齢じゃない」

「閉じ込められた当初から毎日食事に薬を盛られていました。グロリアの指示で」

「!!!」

 兄王子の容貌の変化があまりに異常でコランが薬のことを突き止めた。けれど薬をやめても老化はどんどん進み、今やいつ死んでもおかしくないような年になってしまったのだ。

「そんな、ただ閉じ込めるだけだと、グロリアはそう言った。リラの事も何も知らない、心配してると優しい言葉をかけてくれたんだ」

 膝から崩れ落ちたセラフィスはそれ以上何も言えず、ただ涙だけを流している。
 彼の頭から王冠がゴトリと音を立てて床の上に落ちた。

 その音に扉の外に控えていたコランが剣を抜いて飛び込んで来たが、セラフィスのあまりに打ちひしがれた姿に言葉をなくす。

 そしてそれを黙って見下ろしているリラに視線を移した。

(リラ様は優しい方だからこんな様子を見たら絆されてしまうだろう。このままグロリアの罪が無かったことにならなければいいんだが)

 コランが前髪で隠れたリラの表情をハラハラしながら見つめていると、突然リラが顔を上げた。

「セラフィス様」

「リラ……」

 涙を溢れさせるセラフィスの前に膝をつきそっと彼が立ち上がる手助けをする。

「すまない。みっともない姿を見せた。だがグロリアに裏切られた事がとてもつらいんだ。リラ、どうしたらいいんだろうか」

 セラフィスは右手でそっとリラの頬に触れ、左手で腰を抱き寄せる。

 されるがままのリラはセラフィスを見上げた。
 そして綺麗な綺麗な宝石の瞳で優しくにっこり笑う。
 その次の瞬間。


 ドガン!!と言う重い音を立ててリラはセラフィスを部屋の隅まで殴り飛ばした。


「あ?え?え??」

 コランはリラとセラフィスを見比べ、何が起こったのか必死に考える。
 だって何も見えなかったのだ。
 ほんの一瞬、瞬きさえしていなかったのに。

「ふざけんな!セラフィス!!グロリアだけのせいにするな!なんで被害者面してんだよ!お前加害者だろ!!民のことも兄のことも国のこともなーーんも考えず逃げてただけじゃないか!!」

「リラ様……」
「コランはちょっと黙ってて」
「いやあの」
「まだ言いたいこといっぱいあるんだよ!」
「そうなんですけど!」

 コランはセラフィスを見るようにリラに促す。彼はすっかり意識を失い、どんな声も耳に入らない状態だった。

「あ、つい全力出しちゃった」

 ぺろっと小さな舌を出して恥ずかしそうに笑うリラ。
 以前ならなんてお可愛らしいと思っていたその笑顔が何よりも恐ろしいのだとコランは初めて身をもって理解したのだった。



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