冷たい月を抱く蝶

成瀬瑛理

文字の大きさ
上 下
13 / 44
第2章―温かい手のひら―

6

しおりを挟む
 
「良い子だ。さあ、私と馬車に乗ろう」

 彼は私の手を取ると馬車に導いた。

「あ、貴方の名前は……?」

「私の名前はクレハドールだ。そして今日から、きみのお義父さんだ」

「クレハドール……。素敵な名前ね…――」

「そうか?」

「ええ、とても素敵だわ」

「きみの名前は?」

「私には本当の名前がないの。だから色々な名前を貰ったわ。でも、私に名前をつけてくれた大人達は最後、私の事を捨てたわ。だから本当の名前なんていらないのよ」

「――そうだったのか。きみは随分と、辛い思いをしてきだんだな。なら、きみの名前は今日から瞳子だ。素敵な名前だろ?」

瞳子とうこ……それが今日から私の名前なのね?」

「ああ、そうだよ瞳子。さあ、私の屋敷に一緒に行こう。きみを心から歓迎するよ」

 あの日、冷たい雪が降る寒空の下で彼の暖かい手に掴まった。それが彼との出会いだった。あの時、私達が引き寄せられたのはただの偶然だったのかもわからない。お父様の掌は、とてもあたたかく、温もりを感じられる優しい手だった。

 その所為なのか私は時々、彼のあの温かい掌を思い出してしまう。そして、月灯りの下で舞う蝶のように、私の想いは宙を漂う――。
しおりを挟む

処理中です...