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第3話 アニ、全てを失う
しおりを挟む「うん…………?」
目覚めた時、外はすっかり夕方になっていた。
どうやら、気を失っていたらしい。
部屋の中に夕陽が差し込んでいる。
「早く……準備しないと……」
僕は泣きはらした目を拭いた後、痛みをこらえて起き上がった。
そして部屋の中を見回し、言葉を失う。
「……へ」
部屋の中にあったはずの、いつも寝ていたベッドや、服をしまっていたクローゼット、書物を並べていた本棚が全て無くなっていたのだ。
「ど、どうして……何もないの……?」
「あなたはこの家の人間ではなくなったので、必要のないものは全て処分しました」
その時、いつの間にか部屋の中にいた使用人――ハウラさんが、信じられないことを言った。
「え…………」
「これでこの家に留まる理由は何もなくなったはずです。早く出て行ってください」
眼鏡をかけ直しながら、僕にそう告げるハウラさん。
彼女は、今まで僕の世話係をしてくれた人だ。
とても厳しい人で、怒られて鞭で背中を叩かれるとすごく痛かったけど、それも僕を想ってやってくれていることだと思っていた。
「そ、そんな……ハウラさんまで…………」
「大した才能もないあなたを世話して、教育しなければならない日々はまるで地獄のようでした。……どうして私がこいつの世話係で、あの女がデルフォス様の――――とにかく、二度とこの家の敷居を跨がないでくださいね!」
ハウラさんは、今まで僕に見せたことも無いような満面の笑みを浮かべながら言った。
「僕のこと……そんな風に思ってたの? そんなに……嫌いだったの……?」
「はい。強いて心残りがあるとすれば、今後は腹立たしい出来事があったとしても、もうあなたを使って発散できないことくらいでしょうか。ですが、一番目障りな存在が消えてくれるので何の問題もありませんね♪」
「あ……ぅ……!」
早口でまくし立てるように恨み言を言われ、僕は思わず耳を塞ぐ。
「ご、ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」
「ここに――この家にあなたのことを慕う人間など居ませんよ。グレッグ様はもちろん、デルフォス様も、メイベル様もソフィア様もエリー様も、きっと心の中では私のように、あなたのことを疎ましく思っているはずです。ヴァレイユ家の家訓は優勝劣敗。あなたのような魔法も授かれなかった無能に、優れていることなど何一つとしてありませんからね。ただ、今までは血の繋がった家族だとグレッグ様が嘘をおっしゃっていたので、皆哀れんで優しく接していただけでございましょう」
「もう……やめて……!」
――そんなこと聞きたくない。
「あなたがこれから家を追い出されるというのに、デルフォス様以外誰もあなたの部屋を訪ねないことがその証明です。元より、誰一人としてあなたのことを慕ってなどいません。ですから安心してここを出て行ってくださいね」
今まで自分が信じてきたものが、全て崩れ去っていくような感じがした。
「わ、わかり……ました……」
耐え切れなくなった僕は、そう言って立ち上がる。
「ハウラさん……」
「……………………………………」
「その……今まで……お世話になりました」
「そんなくだらないことを言うために、いちいち私の名前を呼ばないでください」
ハウラさんはそう言いながら、掛けていた眼鏡を外す。
「そういえば、これも私の誕生日にあなたからプレゼントされたものでしたね」
そしてそう呟くと、眼鏡を床へ落として足で踏みにじった。
「新しいのを買ったので、こんな忌々しい物はもう必要ありません」
――それから後のことは覚えていない。
気付くと、僕は何も持たずに屋敷の門の外に立っていた。
……できれば妹たちに別れの挨拶をしたかったが、今日は勉強やら稽古やらで忙しいはずだ。
絶対に部屋に来るなと全員から念を押されている。あと、なぜか食堂にも入るなと言われた。
邪魔をするのは良くないだろう。
…………いや、違う。これはただの言い訳だな。僕は真実を知るのが怖いだけだ。
もしかしたらハウラさんの言う通り、妹たちもデルフォスと同じように僕を疎ましく思っていたのかもしれない。
ここ最近、皆やたらそわそわしていて様子がおかしかったし。
――もしそうだとしたら、僕が居なくなって悲しむ人間はこの家に居ないということになる。
もう何を信じれば良いのか分からなくなってしまった。
僕は放心状態のまま、誰に見送られることもなく屋敷から離れて、ふらふらと歩き始めた。
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