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第2話 デルフォス、抗議する
しおりを挟む「お、おいアニ!」
部屋に戻って屋敷を出る準備をしていると、デルフォス兄さんが訪ねてきた。
どうやら、かなり慌てている様子だ。
「……僕に何か用?」
「この家を追い出されるって本当なのか?!」
「…………うん」
「そんな、俺は納得いかないぞ! 父さんに抗議してくる! 俺が話せばきっと父さんだって――」
「……もういいんだ、兄さん。話は済んだから」
「話って何だ?! 俺は認めないっ!」
そう言って、兄さんは引き止める僕の手を振りほどこうとする。
「確かに俺と比べたら魔法を授かっていない分劣るかもしれないが、アニは良くやってたじゃないか! こんなのあんまりだ!」
必死に僕のことを守ってくれようとする兄さんの姿を見て、少しだけ救われた気持ちになった。
――兄さんや妹たちがずっと味方でいてくれたんだから、僕は幸せ者だ。
ふと、そんなことを思う。
「……今までありがとう……兄さん」
「な、何を言ってるんだよアニ……?」
きっと、デルフォス兄さんがグレッグの跡を継いでくれれば、この家は今よりもずっと良くなる。
その時、僕はそう思った。
「妹たちのこと、よろしくお願いします」
「馬鹿を言え。俺とあいつらじゃ、お互いに次期当主の座を争う仲だ。お前とは違うんだぞ――」
「それでも……お願いします。グレッグ――父さんから守ってやってください」
「アニ……」
「この通りです、どうかよろしくお願いします……!」
俺はそう言いながら頭を床につけてお願いする。もはや、頼りになるのは兄さんしかいない。
「みんなのことを――――――
「おいおい…………知ってるかアニ。頭ってのはなぁ、偉い奴が下げないと意味がないんだぜ?」
だが、返ってきたのはそんな言葉だった。
「え…………?」
「それに、あいつらはお前の妹じゃないだろ血が繋がってないんだからさぁ? 俺の妹だ! この期に及んで図々しいぞ? カスがよォッ!」
「に、兄さん……?」
「誰が頭上げて良いつった? あ?」
兄さんはそう言って、僕の頭を靴で踏みつけた。
「うぐっ!」
「無様だなぁ、お似合いだぜアニ」
「ど、どうして……」
「どうしたもこうしたもないさ。ただ、これから家を出て行く下民のゴミに、わざわざ良い顔をしてる必要なんてないからな? くだらない茶番をやめただけだ」
今まで聞いたこともないような乱暴な声で、僕にそう話す兄さん。
「……つまり、今までの兄さんは……全部嘘だったってこと……?」
「当然だろ? 無能なお前にムカついてはいたが、上手いことおだてりゃ俺の側につくだろうと思って、優しくしてやってたんだよ! 父さんの血を引く人間が味方に居た方が、何かと便利だからなぁ! 俺は、無能なお前の『地位』だけは高く買ってやってたんだぜ」
兄さんは僕の胸ぐらを掴んで無理やり起き上がらせると、部屋の壁に叩きつけた。
「……でもまさか、お前がただの部外者で、家族ですらなかっただなんて……とんでもない屈辱だ! 今までの仲良しごっこを思い返しただけで虫酸が走るぞッ! カスがッ!」
「ぐっ……うぅっ……!」
兄さんは両手で僕の首を絞めてくる。
足が床から離れて、意識が朦朧としてきた。
「だがまぁ、さっきの間抜けな顔は傑作だったよ! 『に、兄さん……?』とか言っちゃってさ。思い返すだけで一生分は笑えそうだ! 最後の最後で俺を楽しませてくれてありがとな、アニ!」
どうやら、兄さんもグレッグと同じ人間だったようだ。
(おいおい、泣くなよアニ。こんな所に居たら風邪ひくぞ? 早く屋敷に戻ろう)
(……剣術を教えて欲しいって? まったく、俺はそんなに甘くないぞ。ほら、早く構えろ)
(――なかなかやるじゃないか。どうやら、甘く見ていたのは俺の方だったらしい)
(アニ、今日はお前の誕生日だろ? これやるよ。俺とお揃いのペンだ! 特注品だから大切にしろよ?)
(ど、どうしたんだその傷は?! またあの女にやられたのか? よし、俺が――)
今まで兄さんがかけてくれた優しい言葉が、脳裏に浮かんでは消えていく。
僕の知っている兄さんは、全て偽りの姿だったらしい。
「……う、あぁっ……」
「おいおい、もしかして泣いてんのかよ? 大好きなお兄ちゃんに裏切られたのがそんなに悲しかったか? く、クククっ、だっせぇ!」
「泣いて……ない…………っ!」
そうは言ったが、僕は自分が今どんな顔をしているのか分からなかった。
「泣きたいのは俺の方さ。父さんにお前みたいな下民を家族だと偽られて、その面倒を今までずっと見させられてたんだぜ? 踏みにじられた俺の気持ち考えたことあるか?」
「げほッげほッ……!」
突然手を離され、僕は床に倒れ伏す。
「……嘘……だよね?」
「あ?」
「兄さんがこんな酷いこと……するはずが――」
「え? マジで? まだそんなこと言っちゃうの? クククッ、フハハハハッ! アニ……お、お前、どこまでお花畑な脳みそしてるんだよっ! わ、笑いすぎて息が出来ねぇっ!」
それからしばらくの間、兄さんは気がすむまで僕のことをいたぶり、罵倒し続けた。
……きっとそれが、僕の問いかけに対する兄さんの答えだったのだろう。
「――はぁ……笑わせてもらったぜアニ。まあいいや。お前が大好きな俺の妹たちのことは心配しなくていいぞ。今まで通り、俺が長男としてしっかり可愛がってやるからなァ!」
その言葉だけは本当だと思いたかった。
「……本当……ですね……? 嘘だったら……僕は兄さんを……」
「――おっと待て。俺はお前の兄じゃない。デルフォス様だ。耳障りだからそれ以上口を開くな」
兄さん――デルフォスは、そう言って僕の右手を足で踏みつける。
「……ふぅ、それじゃあな。今日中に荷物をまとめて出ていけよ。じゃないと気が変わって俺がお前のことを殺しちまうかもなぁ?」
「……言われ……なくても――うぐっ?!」
そして最後に、デルフォスは僕の脇腹を思い切り蹴りつけると、満足した様子で部屋から出て行った。
「うぅっ……ひっぐっ…………うわあああああああああぁぁぁぁぁっ」
散々痛めつけられた僕はうずくまり、必死に声を押し殺しながら泣くのだった。
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