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第38話 魔人
しおりを挟む――魔人。それは、憎悪に支配された人間が行きつく、果ての姿だとされている。
過去の記録を当たれば、その名前が登場する度にいくつもの村や町が滅んできたことが分かるだろう。
人間が魔人と化す詳しい原理は未だにわかっておらず、一説によれば激しい怒りのエネルギーと、周囲に満ちた魔力が反応し、人体の暴走を引き起こすことが原因とされている。
魔人と化した人間の大半は、自我を失いただ暴れ回るだけの存在となるが、ごく稀に意識を保ったまま魔人となる者もいるようだ。
その場合、自らの怒りの原因を取り除くまで、決して止まることはない。
「Arghhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!!!!!!」
ゴルドムの雄叫びが、空気を震わせる。
「ごめんなさい師匠。…………約束、ちょっとだけ破っちゃいます」
マルクは、外した手袋をポケットにしまいながらそう呟いた。
両者の魔力が激しくぶつかり合い、空間を揺らす。
「――――――――ッ!」
先に仕掛けたのは、マルクだった。魔法として変換されていない、ただの魔力の塊を放出し、それを直接ゴルドムへぶつける。
攻撃が直撃したゴルドムの体が吹き飛び、天井へめり込んだ。
しかし、それだけではマルクの攻撃は終わらない。
「ブースト」
「プロテクト」
「リジェネレート」
初歩的な身体強化魔法を、高速詠唱で重ねがけするマルク。
床を蹴って加速し、あっという間に天井から落ちてきたゴルドムと間合いを詰める。
そして、そのまま回し蹴りを放った。
ゴルドムの体は横へ吹き飛び、通路を挟む壁を壊しながらどんどんと奥まで埋まっていく。
マルクは魔人を相手に、はるか優位に立っていた。
「うぐぅ……ごほッ、ごほッ!」
しかし、その代償も大きい。マルクは激しく咳き込みながら吐血する。
「――それは君の体を守るためのものだ。……一応予備も渡しておく。間違っても、魔法をうつ時に外すんじゃないよ☆ そんなことしたら、私が君のお姉ちゃんにボコボコにされるからね☆」
マルクは、かつて師匠――ルドガーの言われたことを思い出す。
――早く、終わらせないと……!
そして、そう思ったその時だった。
「Goddamn!!!!」
破壊された壁の中からゴルドムが飛び出し、マルクに再び攻撃を仕掛けてくる。
魔力を込めた拳による重い一撃を連続で叩き込み、マルクを壁際へ追い詰めるゴルドム。
「いい加減……しつこすぎます……っ!」
マルクは、ゴルドムが最後に放った一撃を見切ってかわし、腕を掴んで地面に叩きつける。
轟音が鳴り響き、ゴルドムの巨体が石畳の床へ沈んだ。
「はぁ……っ……はぁ……っ……!」
「You piece of sh*t!!!!!!!!!!!!!!」
「どうなてるんですかっ?!」
いくら攻撃を食らってもなお、ゴルドムはまだ立ち上がる。
圧倒的体格差から放たれる、驚異の一撃。
とっさに魔法で防いだマルクの体が、衝撃で石畳に埋まる。
「一体……どこにそんな力が……!」
重戦士ゴルドムは、マルクの予想よりもはるかにしぶとかった。
「――マルク、君はね自分の体に魔力を溜めやすい体質なんだよ。そのくせ、吐き出す方はめちゃくちゃ下手だから、魔法を使うとせきとめていたものが一気に流れ出す。君の体を、内側からぼろぼろに壊しながら。…………怖いだろう? だからマジでその手袋外さないで☆ ホントやめて☆ 君にもしものことがあったら、私の命が危ないんだ!」
激痛でもうろうとする意識の中、かつてルドガーが言った言葉がマルクの脳裏をよぎった。
――痛い……苦しい……。
ただでさえ傷を負っていたマルクの体は、すでに悲鳴を上げている。
このまま戦えば、命が危ないだろう。
「――サンダーボルトッ!」
だがそれでも、ゴルドムを止めるためには攻撃魔法を使うしかなかった。
激しい稲妻がマルクから放たれ、ゴルドムに直撃する。
「ぐあああああああああああああああああああああああああああ!」
感電し、体が焼かれ、悲鳴を上げるゴルドム。今度ははっきりと手ごたえがあった。
「うぐぅ……うぅぅぅぅっ!」
しかし、マルクにも反動が跳ね返ってくる。
体の内側に激しい痛みが走り、もはや立つことすらままならなかった。
「Jesus……! F**k!」
しかしゴルドムは、まだ立ち上がろうとしている。
「これで……とどめですっ!」
マルクは、最後の力を振り絞り、その背中に向かって魔力の塊をぶつけた。
「がああああああああああああああああああああああッ!」
攻撃が直撃し、絶叫するゴルドム。
その悲鳴を最後に、辺りは静まり返った。
「やり……ました……!」
マルクは壁にもたれかかり、消え入りそうな声でそう呟く。
「はぁ……はぁ…………」
力を使い果たしたマルクは、もはや指先すら動かすことができない。
「マルクさん!? しっかりしてくださいっ! マルクさんっ!」
その時、遠くの方からクラリスの声が聞こえてきた。
――助かった。
そう思い、ぷつりと緊張の糸が途切れたマルクは、ゆっくりと目を閉じるのだった。
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