魔法使いが暗躍する世界で僕一人だけ最強のぼっち超能力者

おさない

文字の大きさ
10 / 35

第10話 消えた蝿の王

しおりを挟む
 陰陽師が扱う五芒星――晴明桔梗せいめいききょうが刻まれた術式符は、五行思想に基づく木火土金水もっかどこんすいの五属性に対応している。

 そして黒魔術師が扱う五芒星――ソロモンの星が刻まれた術式符は、四元素思想に基づく火風水土の四属性に対応している。

 そのどちらにも存在しないいかづちを放つ為には、術式を応用しなければならない。

 雷の概念を含んでいる属性から、その力を引き出さなければいけないのである。

 ――より具体的に説明すると、陰陽術は木行の応用、黒魔術は火元素の応用が必要だ。

 いずれも高度な技術であり、三等退魔師にしてそれを難なく熟す彼女らは、それ故に天才と称されるのである。

霊木れいぼくくだりしいかづちよ――」
「熱にして乾、いかづちの女神フルゴラよ――」

 詠唱と同時に二人の霊力が転化され、術式符へと注ぎ込まれていく。

「青き天地を諸共貫き給え――――碧羅へきら霹靂へきれき!」
「我が呼び声に応え、汝の威光を示せ――――煌めく炎雷フランマ・フルグルッ!」
 
 ほぼ同時に詠唱が終わると、上空に巨大な黒雲が生み出される。

「うん? 一体何を――」

 言いながら、悪魔が頭上を見た刹那。

急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」
「我は求め訴えたり!」
「がああああああああああああああッ!?」

 黒雲から無数の雷がやむことなく降り注ぐ。

「ぎゃあああああああああああッ!」

 全身を焼かれ、絶叫し、真っ逆さまに地面へと落ちるそれ。

 結界の周りに蠢いていた妖蛆たちも、雷に打たれ大半が消滅していった。

 二人から放たれた決死の一撃により、形勢は逆転したのである。

「や、やった……!」

 秋花はよろめきながら拳を握る。一度に膨大な霊力を消費した反動が来たのだ。

「ま、まだ……油断しないで……!」

 小春も同じような症状に見舞われたが、即座に次の術式符を構えて戦闘態勢に入る。

 雷によって撃ち落とされた悪魔は、未だ完全に祓われていなかった。

「……ああ」

 秋花は大きく深呼吸をした後、小春に習って術式符を構える。

 お互い口には出さないが、もう魔法を放つだけの余力は残っていない。

「キサマらァ……よくもやってくれたな……ッ!」

 黒焦げとなった悪魔は、地べたを這いずりながら顔を上げ、激しい怒りに満ちた顔で二人のことを睨みつける。

「ぐっ、うぅッ!」

 しかし、先ほどの攻撃で致命傷を負ったことは明白だ。もはや、手足すらほとんど動かせない状態だろう。

「……諦めなよ。あんたの負けだ」
「無理に動けば消滅が早まるだけだよ」

 秋花と小春は、冷酷に言い放つ。妖魔に情けをかけている余裕はない。

「まだだ……まだ……終わってなどォ……がはぁッ!」

 ――だがその時。

「何ヲ、している、我ガ、眷属よ」

 どこからともなく、身の毛もよだつ声が響いた。

 地面は振動し、木々がざわめく。

 夕日が消え去り、完全な夜が訪れた。

 それは公園の全域を包み込む巨大な結界だ。

「こ、今度はなにっ?!」

 突如として周囲が暗闇に覆われたことで、激しく動揺する小春。

「あ…………!」

 悪魔に関する知識に精通している秋花は、彼女より先に声の正体に気づいてしまう。

「……■■■■■■様っ!」

 倒れていた悪魔が、答え合わせをするようにそれの真名まなを呼んだ。

 しかし小春と秋花には聞き取れない。

「そんな……!」

 だが、小春も遅れて理解する。それの正体が何であるか。
 
「何ヲ、戯れている。我ガ、眷属よ」

 ――本物の蠅の王は、尚も悪魔への呼びかけを続けた。

「も、もも申し訳ございません! い、今すぐにそこの人間どもを――」
「違ウ。貴様が、我ノ、仮の名ヲ、使ってオきなガら、無様ナ姿ヲ晒していル、理由ヲ答えろ――と云っているのだ」
「あ、あああ……!」

 絶望し、両目を見開いて青ざめる悪魔。
 
 二人の少女は、そのやり取りをただ眺めることしかできない。

 存在としての次元があまりにも隔たっているため、その真の名や姿をることすらできないのだ。
 
 本物のベルゼブブが頭上に顕現していて、自分たちの命が王の指先に懸かっていることすら、彼女らは理解していない。

「……名ハ貸してやると、云った。だガ、その名デ、醜態を晒せとは云っていない」

 この世界に適応し、次第に蠅の王の声が明瞭になっていく。

「どっ、どどっ、どうかお許しをッ!」
「駄目だ」

 ――刹那、悪魔の足元が黒で埋め尽くされる。

「ひいぃぃッ!?」
「貴様は供物となれ」

 それは無数の蝿だった。

「例え仮の名であろうとも、今後我を名乗ることは許されない」
「い、いやだっ! ふざけるなッ! 貴様らのせいだッ! ふざけるなふざけるなふざけるなあああああああッ!」

 悪魔、秋花たちに向かって憎悪の言葉を叫びながら、蠅と共に姿を消した。

「あ、あああ……っ!」
「うそ……こんなのうそだ……っ」

 残された秋花と小春はその場に膝をつく。

 本当のS級妖魔を前にしているという恐怖の中で、正気を保っていることすら難しかった。

「……ああ、まだ残っているな」

 するとその時、ベルゼブブの声が再び響く。

「何をしているのだ、我が眷属たちよ。さっさと喰らえ。餌《えさ》を残すな」

 それは、眷属たちへ向けられた何気ない呼びかけ。

「…………ッ!」

 だが、秋花たち人の子にとっては強大な魔術として作用する。

 ベルゼブブが発する言葉の一つ一つに、最高位の呪文と同程度の霊力がこもっているのだ。

「ひぃっ!?」
「い、いやあッ!」

 視界を奪われ、生きたまま蛆虫たちに貪り食われる鮮明なイメージが、二人の脳内に直接流れ込む。

「あ……あああああああああああっ!」
「うっ、うえええっ! おええええええええッ!」

 正気を失った小春は震えながら泣き叫び、秋花は嘔吐した。

「来ないで……っ! 来ないで来ないで来ないでッ!」

 錯乱し、絶叫と共にその場へ座り込む小春。何かを払い除けるような動作をひたすら繰り返す。

「うぐっ、うっ、うえええええええッ!」

 秋花は口の中へ指を突っ込み、更に嘔吐を繰り返す。まるで、体内に侵入した何かを吐き出すように。

 一方、動きを止めていた妖蛆たちは蠅の王の言葉で再び活発化し、小春の張った結界へと押し寄せる。

「い、いやあああああぁっ! たすけてっ! たすけてえええっ!」
「う、ぐぅっ、おえええええええええええっ!」
「おかあさんおとうさんっ! たすけてっ! たすけてよおぉっ! うわああああああああああっ!」

 極限まで追い詰められ、亡き両親に縋る小春。

「こ、小春っ!」

 その声を聞いて秋花は、必死に呼びかける。

「……あき……ちゃん……?」
「そうだあたしだっ! 分かるか?! 今すぐ結界を――」
「…………どうしよあきちゃん? あきちゃんあきちゃんあきちゃんっ! あは、あはははははっ!」
「くそっ……!」

 しかし、小春の方は戻って来れなかった。

 虚ろな目で秋花を見つめ、泣き叫びながら笑い狂う。

「しっかりしてよ……はるこ……っ」

 なし崩し的に結界が破られ、妖蛆たちが中へと侵入してきた。

「いやぁっ! いやあああああああああッ!」
「うっ、うわああああああああああっ!」

 大量の妖蛆にまとわりつかれ、引き離される二人。先程の感覚が現実のものとなる。

「あっ、あ、あああああああ」

 想像を絶する不快感と激痛に耐えきれなかった秋花は、自分も再び正気を手放すことにした。

「あはっ、あははははははっ」

 光を失った彼女の目に、全身を貪られて血まみれになった小春の姿が写る。

「あき……ちゃん……」

 小春はそう言ってゆっくりと手を伸ばした後、蛆の中へ埋もれた。

「あー…………?」

 唯一の救いは、二人ともすぐに意識を手放せたことだ。

 ――そして同時刻、とある少年は超能力で大きなハエを爆発四散させるのだった。

 *

「うぅ…………っ」

 秋花が目を覚ますと、身体に纏わりついていた妖蛆たちは全て消失していた。

「生きて……る……?」

 秋花はそう呟き、痛む体をゆっくりと起こす。

「――小春っ!」

 そして、小春の姿を探して必死に周囲を見回した。

「うぐ……うぅ……」
「しっかりしてっ! はるこっ!」

 すぐ近くで倒れている血まみれの小春を見つけ、慌てて駆け寄る秋花。

「大丈夫かはるこっ! しっかりしろっ!」
「あき……ちゃん……」

 小春は満身創痍だが、まだ息はあるようだ。

 呼びかけに応じて意識を取り戻し、まん丸な目で秋花のことを見つめる。

「ど、どうしよう。血が……っ!」
「だいじょうぶ……だから……もっと近くに寄って……あきちゃん」

 小春はか細い声で言った後、血の滲んだ術式符を構えた。

木気もっきをもって……我らを癒し給え……五体生華ごたいしょうか……急急如律令……」

 生命を繋ぎとめる呪文を唱え、自分と秋花の傷を治療する。

「これでよし……。もう、だいじょうぶ……」

 霊力の代わりに自身の血を媒体として発動した陰陽術であるため、気休め程度の効果しか期待できない。

 依然として二人は満身創痍だ。

「ごめんね……はるこ……あたしのせいで……っ!」
「ううん。わがまま言ったのは……私だもん……」
「うぅっ、ううううっ!」

 秋花の目から一筋の涙が零れ落ち、小春の頬を伝う。

「あきちゃん……迷惑かけて……ごめんね……」
「迷惑なんかじゃないっ! あたしが……弱いから……っ!」
「S級は……どう頑張ったって無理だよ……うぅっ……!」
 
 自分たちがいかに無力かを思い知らされた二人は、身を寄せ合い涙を流すのだった。

 ――その後、彼女らは駆けつけた退魔師たちによって無事に保護され、専門的な治療を受けることとなる。

 そして、現世に顕現した蝿の王ベルゼブブは、霊力の残滓だけを残して忽然と姿を消した。

 国際魔法機関は事態を重く受け止め、詳しい調査のために守矢市へ一等退魔師を二名派遣するのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~

aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」 勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......? お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

処理中です...