緑の魔女ルチルの開拓記~理想の村、作っちゃいます! 王都に戻る気はありません~

うみ

文字の大きさ
47 / 49

47.秘薬

しおりを挟む
「兄様。ルチルをいじめるな」
「ヘリオドール王子。そのようなことはありません」

 クレセントビークの下でワイワイしていたヘリオドール王子がいつの間にかテーブルのところまで戻って来ていて、ギベオン王子の服の袖を引っ張る。
 違うのよ、とすぐに否定するも当のギベオン王子は穏やかな顔でヘリオドール王子の頭を撫でていた。
 「子供じゃないんだぞお」とヘリオドール王子は強がっていたけど、緩んだ顔が嘘を隠しきれてなくて可愛い。
 
 ヘリオドール王子がチョウチョを追いかけ始めると、ギベオン王子は前を向き話の続きを始める。
 
「確信に近いものはあったけど、秘薬を飲んで魔力が永久的になくなるという事例がなかったんだ。それで、これ以上は追及せず黙るしかないかと思っていたんだよ」
「マリーはちょっとしたいたずら心でやって大事になってしまった、のですよね」
「ちょっとではないさ。秘薬はとても高価なものなんだよ。秘薬のことを知る者もほんの僅かだ。宮廷魔術師の中でもほんの数人しか知らない。それをいたずらで準備するなんて有り得ないことなんだよ」
「そ、そうですか……」

 マリーは綿密にカラン公子と母様と協力し多額の資金を費やして、秘薬を手に入れた。
 次に食事を運ぶメイドを自分の息のかかった人に変え、秘薬を混ぜた。私がエミリーと一緒に食事をしたいと言ったのも都合が良かったみたい。
 エミリーに座ってもらうので、ということで他のメイドが食事を持ってきてくれたんだっけ。
 エミリーは恐縮していたけど、メイド長が「ルチル様と食事をするのもメイドの仕事よ」なんて言ってくれて……。メイド長は秘薬の件には絡んでいないらしく、私の我がままに対し彼女がエミリーを説得し職場の調整をしてくれたというのが真相だった。ありがとう、メイド長。いつもいつも迷惑をかけて。
 心の中で今は会う事が出来ないメイド長に謝罪する。
 ギベオン王子はマリーらの企みを全て暴きはしたものの、秘薬が魔力を失わせたという前例がないため証拠を突きつけることができないでいた。
 しかしここで思わぬ事件が起きる。
 
「秘薬がどのようなものか研究しようと思ってね。僕も手に入れたんだよ。それが」

 ギベオン王子の目線がチョウチョを掴もうとして逃げられ地団駄を踏むヘリオドール王子に向く。
 もう察したわ。

「ヘリオドール王子が秘薬をこっそり飲んじゃったんですね」
「絶対に触ったらダメだよ、と言ったのが逆効果だったんだ」
「分かります。とても」
「ヘリオドールも魔力が戻らず、前代未聞の王族での壁外退去となってしまったんだ。僕はその付き添いさ」
「ひいい……それで、『(魔法を)教えてくれ』とおっしゃっていたんですね」
「レオから君が魔法を使うことができるようになったと聞いてね」
「ヘリオドール王子ならきっと魔法を使うことができるようになると思います。ですが、壁の中に入ることは別問題なんです」
「ほお。聞かせてもらえるかい?」

 ギベオン王子に外部魔力と内部魔力のことを説明し、外部魔力では壁を通過することができないことも告げる。
 対する彼は「ふむ」と形のよい顎に手を当て、何やら思案している様子。
 しかし、ヘリオドール王子がもう壁を通過することができないという事実を知ったにしては表情が明るい。
 
「恐らく、ルチル。君なら壁を通り王都に戻ることができるだろう」
「そうなんですか!?」
「どうやってやるのかは僕が外部魔力を使うことが出来ないから方法論しか伝えることができないけどね。そもそも外から壁の中に入るには内部魔力に反応して通過する術理が仕込まれているからに他ならない」
「た、たぶん。そんなところです」
「うん。だからね。君には内部魔力に比して膨大な魔力があるわけじゃないか。ルチルのものだと魔力を認識させれば通過できるはずだ」
「なるほど! でしたら、ヘリオドール王子も王都に帰還することができそうですね」
「君は余り王都には興味がなさそうだね」
「い、いえ。そのようなことは」
「いや、僕が王子だからと気を遣う必要はない。ここでは只のギベオンであり、君もまた同じだ」

 そう言われましても……よね。ギベオン王子はやはりギベオン王子だし。
 尊敬と敬意を失うことなんて有り得ないわ。

「おっと、話が逸れてしまったね。ヘリオドールが秘薬を飲んだことで秘薬が『証拠』となったわけだ」
「それでマリーたちは……」
「その前に秘薬の効果について整理しようか。君から外部魔力のことを聞いてなるほどと思ったんだ。秘薬は一定以上の内部魔力を持つ者が使用した場合には外部魔力を無理やり覚醒させる効果があるということだね」
「ヘリオドール王子の魔力量は私と同じくらいか少し多いくらいでした」

 ああ見えてヘリオドール王子の魔力量は王国で一番かもと言われているのよ。
 彼以外となると魔術師長かギベオン王子か……その辺かしら。
 秘薬の事を知り、高価ながらも何とかして手に入れたいと思う人がどんな人か想像してみて欲しい。
 魔力保有量が少ない人が魔力を増やす望みをかけて……というのが自然じゃない?
 王国トップクラスの魔力量を誇る人がこれ以上魔力保有量を増やそうとはしないわよね。
 魔力保有量が原因で特定の魔法を使うことが出来ないってこともないし。
 
「これまでルチルやヘリオドールほどの魔力保有量を持った者が秘薬を飲むことがなかった。ただそれだけさ」

 私の考えを読んだかのようなギベオン王子の発言に思わず息を飲む。
 彼はくすりと笑い、「顔に出てたよ」と伝えてくる。
 
「秘薬の効果が明らかになり、マリーたちは……?」
「緑の魔女と謳われた伯爵令嬢の未来を閉ざしたんだ。只では済まないさ」

 おどけたように肩をすくめてみせたギベオン王子だったが、いつも優し気な彼と異なり厳しい目で虚空を見つめる。
 ごくりと息を飲み、じっと彼の言葉を待つ私……。
 一体、マリーたちはどうなったのだろう。いくら甘い私でも罪を犯した彼女らをお咎め無しで済ませてもいいなんてことは思っていないわ。
 それでも……処刑……なんてことになったら後味が悪い。彼女とはずっと仲良しで過ごしてきたんだもの。
 彼女にとってたとえそれが表面的なものだったにしても、私にとってはそうじゃないのだから。
 
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。 そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来? エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さくら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

処理中です...