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43.1932年西欧 過去

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――1932年頃 オーストリア連邦 ウィーン 用宗もちむね 過去
 ウィーンの日本語学校に勤める用宗もちむねは、日本人の少なさもあったのだろうがオーストリア連邦支部の学校長にまで出世していた。日本とオーストリア連邦の経済協力条約が締結されて以来、日本語を学びに来る生徒は増加の一途をたどっている。
 用宗もちむねが母国語並に会話できる言語はドイツ語と英語だけだが、オーストリア連邦内にはドイツ語以外にも様々な言語を話す民族が入り混じっている。
 オーストリア連邦は八つの州で構成されていて、オーストリア州、ハンガリー州、チェコ州、スロバキア州・スロベニア州・ボスニア州、ダルマチア州、ガリツィア州になる。ダルマチア州は近くクロアチア州と名前を変える予定になっているが、本質は変わらない。
 この中で、経済的に発展が目覚ましいのはオーストリア州とスロベニア州になる。これに続くのがチェコ州。
 
 用宗もちむねが務める日本語学校の講師陣はドイツ語と日本語は分かるが、それ以外の言語となると限られた数しか講師がいない状況だ。しかし、各州からは日本語学校を建てて欲しいと要請が後を絶たない。
 既にスロベニア州には日本語学校を二件設立している。スロベニア語を解する講師が雇えたというわけではなく、スロベニア州は古来よりドイツ語圏とのつながりが深かったから、ドイツ語を理解する市民が多数いたのだ。
 その為、スロベニア州に日本語学校を設立できたというわけだ。その他の地域は講師が育ったら進出する予定ではある。
 
 用宗もちむねは、スロベニア州に向かう電車の中で、同僚のスロベニア州担当の講師と談笑している。スロベニア州はヴェネツィア・ジュリア地域(イストリア半島を含む地域)があり、お隣独裁政権が成立したイタリアが狙っていると聞いているから、現地がどのような雰囲気なのか知りたいと用宗もちむねは考えていたので、スロベニア州に行くことは歓迎していた。
 
「どうですか? 最近のスロベニア州は?」

「日本との経済協力のお陰もあって、経済成長が目覚ましいですよ」

 日本を強調するのは、この講師のお世辞が多分に含まれているだろうが、少なくとも用宗もちむねが勤めている学校があるオーストリア州の対日感情は友好的なものだと彼は感じていた。

「スロベニア州の方は勤勉だと聞いています。彼ら自身の勤労意欲のたまものだと思いますよ」

「日本人も勤勉と聞きます。よく似ているのかもしれませんね」

 二人はそこで声をあげて笑い、お互いの健闘を称え合う。

「イタリアの動きが気になりますね。オーストリア連邦が再軍備出来れば備えることができると思いますが……」

「彼らは私達の住む地域を未回収のイタリアだと言って奪おうとしています。条約ではイギリスとフランスが有事の際には防衛すると言ってますが……」

 スロベニア州担当講師はそこで暗い顔になる。彼は信じていないのだろう。有事の際に英仏が防衛するとは。用宗もちむねは彼の様子を見てそう思った。
 
「英仏が防衛しないとなると、オーストリア連邦の再軍備も認められるはずです」

「それまでにどれだけ被害が出るか……頭が痛い問題ですよ」

 イタリアは世界恐慌のあおりを受けており、フランスやイギリスほどでないにしろ不景気が続いている。これにはイタリア国民の不満が溜まることだろう。目線を逸らす為に戦争を行うことは充分に考えられる。
 イタリアが攻め込むとすれば、用宗もちむねの認識だと三か所ある。一つは一度侵攻し列強の邪魔だての為、あきらめたエチオピア。次にイタリアの傀儡かいらい政権になろうとしているアルバニア。
 そして未回収のイタリアに当たるここスロベニア州だろう。
 
「オーストリア連邦は潜在的な隣国との火種がいくつかありますね……」

「ええ。スロベニア州だけじゃないです。セルビアからの独立を目指しているモンテネグロがどう動くか分かりませんし、ルーマニアだって北がソ連と接しています」

「それに備える為にも再軍備を行いたいところですね」

 用宗もちむねはオーストリア連邦の置かれた状況にため息をつくのだった。


――磯銀新聞
 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回の執筆は編集の叶健太郎。やはり磯銀新聞と言えば俺だよな? ん? 髪型がかっこ悪いと評判だって? いや見えないだろ?
 そうそう見えると言えば、東京万博で展示されてたアレ見たか? ブラウン管テレビ! あれがあれば俺の顔を映してお茶の間に届けることだって夢じゃないぞ。ん? 見たくない? いやいやそんなー。
 
 欧州もいろいろ動きがあったぞ。ポーランドとソ連が不可侵条約を締結した。これでこの地域が落ち着いてくれればいいんだがなあ。ドイツとポーランドが不可侵条約を結んでくれればあの地域は安定すると思うが、ポーランドはフランスと防衛協定を締結しているから難しいだろうな。
 今のところポーランド政府はドイツやソ連と協調していくと発表しているが、ソ連との不可侵条約をきっかけにオーストリア連邦のガリツィア州に侵攻したりしないだろうな……いや、今のポーランド政府ならやらないと俺は思うけどね。
 
 ドイツとオーストリア連邦は不況の影響もなく、順調に経済成長している。国内も治安が保たれ、共産主義者達やファシスト主義者達もなりを潜めている。政情不安が無ければ国民も今の政権を支持するだろうから、この二か国は順調とだろう。
 お隣のフランスは恐慌の影響を受けて経済が低迷している。フランス国内では社会党から共産党が分裂し、お互いに勢力を拡大していっているが、共産党の方が優勢な情勢だ。これは下手したら共産党政権が誕生するかもしれない。
 最もフランスの共産党はソ連と違って一党独裁をうたっているわけではないから、ソ連共産党と同じではないけど。共産党って聞くとどうしても、な?

 スペインでも政変が起こり、独裁主義勢力と共産主義勢力が一触即発状態になっている。現状妥協するために協議が行われているが、内乱まで発展するかもしれない。しかし、独裁と共産だとソ連とイタリア以外の列強はどちらも支持しないんじゃないか。
 俺の個人的な意見になるが、どちらかを選べと言うなら独裁を選ぶね。共産主義勢力は国外に波及するが、独裁は国内だけの話になるからだ。
 
 独裁と言えば、ポルトガルとイタリアが独裁政権だな。ポルトガルはまあ、海外植民地経営にしか興味が無さそうで侵攻とかは無さそうだが、イタリアは違う。国威発揚を繰り返し、領土拡大を狙っているからな。
 現状イタリアの同盟国は無いが、野心を満たす為に同盟政策もしてくるかもしれないぞ。可能性があるとしたら、利害が衝突しない国になるだろうな。しかしソ連以外の国が存在しないぞ……英仏独とは領土問題があるし、オーストリアとトルコなんて狙われてるしなあ。
 日本とアメリカには利害関係が無いが、地理的に離れているからイタリアと軍事協力を行ってもメリットがお互い無いから同盟をする意味が見いだせないだろうな。
 
 ソ連の動きは活発だ。カスピ海西のアゼルバイジャンをイギリスから取り返し、ついにアゼルバイジャンを自国に組み込んだ。これで南カフカス(コーカサス)は全てソ連領となった。南側に接続した国は南西にトルコ。南東にペルシャがある。
 トルコは日本と防共協定を締結し、ペルシャはイギリスの勢力圏になる。まあ、これ以上ソ連は南下してこないとは思うけど、どうなることやら。
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