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140.騎兵将カミュ

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――聖教騎士団ムンド
 司教とナルセス様の提言のお陰か魔王討伐は中止となったが、ジェベル辺境伯が魔の森に新しく出来た街と和平を結んだと情報が入ってきた。
 街の名前はラヴェンナ。魔の森にいつの間にか出来ていた街で、冒険者の宿まであり行商人が連日訪れるそうだ。
 辺境伯は魔の森で潤うこの街を放っておくことは勿論出来ない。魔族を魔の森まで追いやったのは、魔の森は強いモンスターが多く切り開いて街を作るに適さなかった為だ。

 魔の森に街を開発する経費は膨大にかかるが得る物は少ない。だからこそ、領土を拡げる役目を持つ辺境伯も魔の森は放置していたのだった。
 しかし、街が出来て利益が取れるとなるならば話は異なる。辺境伯とラヴェンナがぶつかるのは辺境伯が辺境伯である限り必須だったと言えよう。

 ラヴェンナを作ったのはベリサリウスらに違いない。奴らならば魔の森の凶悪なモンスターを打ち倒し、魔族と亜人を使って街を作ることも可能だろう。
 辺境伯は手を出さねばならぬ義務があったが、手を出してはいけない相手と戦ってしまった。その結果、ラヴェンナとの和平なのだろう。

 取るべき街ラヴェンナを取らずに和平してしまった辺境伯の聖王国内での立場は苦しくなるに違いない。辺境伯が暴発しなければ良いのだが……

 辺境伯が魔の森と組み、聖王国へ牙を剥いたとしたら脅威だ。あれ程の少数で我ら聖教騎士団を打ち倒した頭脳を持つベリサリウスが辺境伯の持つ兵を率いたとしたら?
 そうなる前に辺境伯を懐柔し、反抗せぬよう聖王国は妥協点を見出すべきだが、聖王国が辺境伯に与えた任務を果たしていないことは事実で、国王が辺境伯を厳しく追及するとこはあるだろうが、お咎めなしはあり得ないと私は思う。

 私はベリサリウスが辺境伯の兵を率いて聖王国と戦う姿を想像し背筋が震える。

 私はナルセス様へ辺境伯が魔の森と和平を結んだ事を伝えに彼女の館へ足を運ぶ。ナルセス様は特に驚いた様子もなく、「ベリサリウスさん相手なら、そうなるでしょう」と言っていた。
 ベリサリウス! ナルセス様も認める戦場の奇術師トリックスター。戦争芸術と言われるその異名は伊達ではなく、敵の心理まで操り、思い通りの戦場を演出する。

――翌日
 聖教騎士団の食堂で朝ごはんを食べていると、部下の騎士からなんとカミュ様が私を呼んでいると話を聞く。

 カミュ様と言えば、歩兵将様と並び聖王国最強と呼ばれる程の武勇を持ったお方。個人武勇だけでなく兵を率いても一流だと言われている。
 王国の双璧とまで言われる方からの直接の呼び出しとあらばすぐにでも行かねば。

 私は急ぎ王城の左手にある騎兵隊宿舎を訪れると門番に聖教騎士団団長ムンドが来た事を告げる。

 門番が鉄の扉を開けると、なんとカミュ様が私を待っていてくれたのだ!
 私は急ぎ聖教騎士団式の礼を行うが、カミュ様は気さくに手を振り私を中へ案内してくれた。

 カミュ様の執務室に着くと、着席するように促されたのでカミュ様が座ってから私も彼の対面に腰掛ける。

「ムンド殿。来ていただき感謝する」

「いえ、カミュ様のご依頼ならば」

「そんなに固くならないでくれよ。私は堅苦しいのが苦手でね」

 カミュ様は微笑み肩をすくめる。カミュ様は長身でスラリとした体躯を持つが内に秘めた筋肉量は見た目以上で、私以上の怪力の持ち主だ。長い金色の髪はウェーブがかかっており、甘いマスクと相まって民衆からは貴公子と呼ばれている。
 騎兵将と言えば、王国軍のトップ三に君臨する役職で「かたくなるな」と言われても無理がある。

「ありがとうございます。カミュ様。本日はどういった御用向きで?」

「魔の森の将について聞きたい。君は魔の森の者と戦闘したのだろう?」

「ハッ! その節は敗れてしまい申し訳ありませんでした」

「いや、そのことを責めているわけではないし、責めるつもりも無い。魔の森の将について聞きたいのだよ」

 カミュ様が言う「魔の森の将」とはベリサリウスの事だろう。あの悪魔とは二度と戦いたく無い……

「恐らく魔の森の兵を率いている者はベリサリウスという者です」

「ベリサリウスという男なのだな」

 カミュ様は顎に手をやり何やら思案顔だ。

「はい。ベリサリウス……あの男の頭脳は脅威です」

「魔の森を戦力化し、辺境伯に妥協させたのだ。相当な切れ者に違いないはずだな……ベリサリウスは」

「はい。お恥ずかしながら私も奴の手のひらの上で踊らされました」

「ふむ。魔の森と辺境伯が手を組むと厄介だな……」

 カミュ様はこれだけの情報で私と同じ結論を出す。カミュ様の素晴らしいところは決して油断しないところにあると私は思う。彼はどれほど脆弱な敵であっても油断せず全力で潰しに行く。

 私も恐らく辺境伯も相手が極少数だと言うことで、ベリサリウスらを甘く見ていた節があった。カミュ様ならばそのようなことはまず無いだろう。

「ナルセス様がベリサリウスのことを詳しく知っております。宜しければナルセス様ともお話ください」

「聖女様がご存知となると、前世でもお知り合いかな。となるとベリサリウスは英雄か……相手に取って不足は無い」

 カミュ様は不敵な笑みを浮かべると戦場に思いを馳せているようだ。

「おっしゃる通り、ベリサリウスは英雄。芽が出ぬうちに多兵で潰すことが得策かと」

「そうしたいところだが、聖王国は兵を準備するにも時間がかかる。その為の貴族なんだがな。辺境伯が単独で御し得ぬとなると王国本隊が出ねばならない。王に提言するとしよう」

「聖教騎士団にご協力できることがあれば申し付け下さい」

「ムンド殿感謝する。私は草原の民とも戦いたかったのだがな。ベリサリウスとやらも面白そうだ」

 カミュ様は実に楽しげに笑みを浮かべる。
 草原の民は先日王国兵を破り、聖王国が占領した地域を奪還した。戦場に居た兵に聞く限り、敵兵の動きが以前とまるで違ったと証言している。
 敵兵はまるで一匹の狼のようだったと。聖王国兵は羊の群れのごとく喰い散らかされて敗れた。
 ある兵は言ったという……「あれこそ、蒼き狼だと」

 この日を境に聖王国の……少なくとも騎兵将管轄下ではベリサリウスの名が広まることになる。
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