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第45話 難しい話よりおむすびでござる
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にゃんこ先生はぷにぷにとした肉球のついた手を前に掲げると、器用に指を立てる。
「詳細は誰にも分からない。しかし、こうではないかという仮説が一つある」
「そうなんですか」
案外根が深い問題なのかもしれない。でも仮説があるってことは研究対象になってるってことか。
いずれは真実が分かる日が来るのかも。
「この世のどこかに、『世界の図書館』のようなものがあるのではないかという仮説だ」
にゃんこ先生は説明を続ける。
モンスターやスキルの名前は人が名付けたものではない。俺のように勝手に二首とか通称で呼ぶ人はいるけど、正式な名前は全て鑑定で表示されたものを使っている。
例外は人の名前だけで、名づけをする前の赤ん坊にステータス鑑定を使ったら、「名無し」とでるそうだ。
この世界ができた時に「世界の図書館」も生まれ、全てのモンスターやスキルに名前が付いた。鑑定スキルは「世界の図書館」から情報を引き出し表示する能力を持つってことか。
うん、なんだか納得の理屈だ。
「概ね理解できました。不思議な話ですね」
「真実は今だ究明中だよ。ひょっとしたら『大賢者』ならば知っているのかもしれないけどね」
また聞きなれない言葉が出て来たな。
要領を得ない俺を察したのか、にゃんこ先生はヒントを出してくれた。
「ストーム君。君は勇者の伝説を知っているかね?」
「あ、あああ。なるほど。おとぎ話だと思ってましたので、繋がらなかったです」
そういう事か。
遥かな昔、この世界には魔王がいて人々を苦しめていた。
王国は魔王を倒すべく、軍を組織し魔王と戦ったが戦果は芳しいものではなく人は劣勢に立たされる。
そこへ女神のお告げを受けた聖女が現れ、勇者が召喚された。
勇者は三人の仲間たちと共に魔王を打倒し世界に平和をもたらす。
大賢者は勇者の三人の仲間のうちの一人だと言われている。
全ての魔法を操る「オールワン」というスキルを持つという話だけど、現実にそんなスキルを持った人がいるとの話を聞いたことが無い。
伝説は伝説でリアルではないってことだな。うん。
「大賢者は今もどこかにいると言われているのだよ。実際に目撃記録もある」
いるかもしれないってことか。それは夢があっていいなあ。
「へえ。そうなんですか。ウェポンマスターやトリックスターの噂なら聞いたことがありますけど……」
「ウェポンマスターは自称ばかりで本物と確認された例はないのだよ」
勇者の仲間のうち、残る二人の噂ならあちこちで聞くんだけど……。偽物ばかりなのか。
全ての武器を操ると言われる戦士。所持スキルは「ウェポンマスター」。
最後の一人は、大賢者と戦士の推薦を受け仲間に入った人でトリックスターと呼ばれているんだけど、詳細はよく分かっていない。
でも、伝説の二人が認める人なんだから、相当すごいことは確かだ。トリックスターはなんでもこなしたオールマイティな人物だと噂されている。
「しかし、伝説の大賢者ですか。一度会ってみたいですね」
「もし君が会う事があれば、私にもせひ紹介してくれたまえ」
「はい。会えればですが……ははは」
「そうだね。ははははは」
いずれ大賢者を探しに旅に出てもおもしろいかもしれないなあ。
今はそんな気はサラサラないけど。俺にはやらねばならぬことがあるのだ。ふふん。
◆◆◆
一か月の月日が経つ。
俺の計画した商売はうまく回り出し、特に冒険者へ好評を博している。
街の人にも傷薬やリサイクルした「魔石クリスタル」が人気商品になっていた。全て順調そのもので怖いくらいで、「ストーム・ファミリー」の勢力圏も更に拡大し、スネークヘッドの街のおよそ三分の一は俺たちの護衛を受けるまでになっている。
落ち着いてきたところで、最近一つどうしようか悩んでいることがある。
それは、スヴェン商会のことだ。かつて世話になったルドンは元気だろうか。そういや、冒険者ギルドのギルドマスターと同じ名前だ。今まで気が付かなかった。
話は戻るが、ひょっとしたらスヴェン商会がストーム・ファミリーへ接触してくるかと思ったんだけど、今のところ彼らから音沙汰はない。
二度ほど、スヴェン商会が港での荷下ろし作業をしているところを遠目から観察したが、みんな汗水垂らして働いていて事業が継続されていることは確かだ。
あの慎重な親っさんのことだ。新しい風である「ストーム・ファミリー」がいつまで続くか分からないから踏み出せないでいるのだろう。
彼はリスクを非常に嫌う。何故なら従業員を食わせて行くことを一番に重視するからだ。少しでも安定を。これが彼のモットーである。
人情味が厚く、悪い人じゃあないことは分かっている。あの日俺へ頭を下げた彼の姿は今でも忘れられない。
よし、決めた。
スウェン商会とは接触しない。アウストラ商会とのいざこざが決着するまでルドンと会うのはよそう。
会いたい気持ちが無くなったわけじゃなく、むしろ会いたい気持ちが最近どんどん強くなっている。
しかし、彼には彼なりの判断があり「ストーム・ファミリー」へ接触しないのだ。だから、今はやめる。
港の荷下ろしなら、いくつか護衛対象になっている商会もあるんだ。アウストラ商会に不満を持っている業種であることは確実だろう。
ならば、「ストーム・ファミリー」が盤石となったその時、彼に会いに行こうじゃないか。
考えがまとまったところで、伸びをして自室から出ようと立ち上がる。
ちょうどその時、扉がノックされる。
「ストーム殿、いらっしゃいますか?」
「うん」
やって来たのは千鳥だった。
俺はすぐに扉を開き、扉口で彼と会話を続ける。
「お暇でしたらお昼でもご一緒しませぬか」
「おお、いいね。何処にいく」
「何やらオススメのものがあるとかで、蟷螂の人が持ってきてくれた料理が」
「ほう。じゃあ、執務室でいただくか」
「はいです」
◆◆◆
持ってきてくれた食事を俺の執務室に運び込み、来客用のローテーブルにそれを広げる。
ほう。珍しいな。米かあ。
米はこの辺りでは作っておらず、海の向こうにある王国とは別の扶余国というところから船に乗ってやってくる。
遠いところから来るので、それなりに値段が張るからあまり食べられていないのが現状だ。でもたまに食べたくなるんだよな。米ってさ。
濃い味の料理にはパンより合うと思う。
「おむすびでござる!」
「おお、千鳥は米が好きなのか?」
「大好物です!」
ホクホク顔の千鳥を見ていると微笑ましい気持ちになってくる。
米を三角形に固めた……おにぎりにおかずは極厚ウィンナーとレタスか。いいねえ。
ウィンナーは噛んだ時の肉汁がたまらないよな。エールが欲しくなるけど。昼間なんで飲めないところが辛い。
「いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせ、さっそく食べ始めた。
ウィンナーを一口サイズに切って、レタスを巻いて……口に入れる。おいしいい。
濃い味が残っているうちにおにぎりをパクリ。うんうん、予想通りバッチリ。
ん、おにぎりの中に何か入ってるな。
「すっぺええ。何これえ」
「梅干しでござるな」
「ちょっと苦手かも、これ……」
「でしたら拙者に」
「あ、それ食べかけ……」
「そのままにしておくのは勿体ないでござる!」
「あ、そうだな。でも……千鳥。勿体ないと言えば……」
俺は千鳥の顔へそっと手を伸ばし、頬っぺたについた米粒をひょいと取るとパクリ。
「な、なななな」
「千鳥も俺の食べてたおにぎりを食べたじゃないか」
「そ、そうでござった……」
なんて和気あいあいとしていたら、扉がこんこんと叩かれる。
「頼もう!」
ん、この声は村雲。
※明日よりしばらく隔日更新となります!
「詳細は誰にも分からない。しかし、こうではないかという仮説が一つある」
「そうなんですか」
案外根が深い問題なのかもしれない。でも仮説があるってことは研究対象になってるってことか。
いずれは真実が分かる日が来るのかも。
「この世のどこかに、『世界の図書館』のようなものがあるのではないかという仮説だ」
にゃんこ先生は説明を続ける。
モンスターやスキルの名前は人が名付けたものではない。俺のように勝手に二首とか通称で呼ぶ人はいるけど、正式な名前は全て鑑定で表示されたものを使っている。
例外は人の名前だけで、名づけをする前の赤ん坊にステータス鑑定を使ったら、「名無し」とでるそうだ。
この世界ができた時に「世界の図書館」も生まれ、全てのモンスターやスキルに名前が付いた。鑑定スキルは「世界の図書館」から情報を引き出し表示する能力を持つってことか。
うん、なんだか納得の理屈だ。
「概ね理解できました。不思議な話ですね」
「真実は今だ究明中だよ。ひょっとしたら『大賢者』ならば知っているのかもしれないけどね」
また聞きなれない言葉が出て来たな。
要領を得ない俺を察したのか、にゃんこ先生はヒントを出してくれた。
「ストーム君。君は勇者の伝説を知っているかね?」
「あ、あああ。なるほど。おとぎ話だと思ってましたので、繋がらなかったです」
そういう事か。
遥かな昔、この世界には魔王がいて人々を苦しめていた。
王国は魔王を倒すべく、軍を組織し魔王と戦ったが戦果は芳しいものではなく人は劣勢に立たされる。
そこへ女神のお告げを受けた聖女が現れ、勇者が召喚された。
勇者は三人の仲間たちと共に魔王を打倒し世界に平和をもたらす。
大賢者は勇者の三人の仲間のうちの一人だと言われている。
全ての魔法を操る「オールワン」というスキルを持つという話だけど、現実にそんなスキルを持った人がいるとの話を聞いたことが無い。
伝説は伝説でリアルではないってことだな。うん。
「大賢者は今もどこかにいると言われているのだよ。実際に目撃記録もある」
いるかもしれないってことか。それは夢があっていいなあ。
「へえ。そうなんですか。ウェポンマスターやトリックスターの噂なら聞いたことがありますけど……」
「ウェポンマスターは自称ばかりで本物と確認された例はないのだよ」
勇者の仲間のうち、残る二人の噂ならあちこちで聞くんだけど……。偽物ばかりなのか。
全ての武器を操ると言われる戦士。所持スキルは「ウェポンマスター」。
最後の一人は、大賢者と戦士の推薦を受け仲間に入った人でトリックスターと呼ばれているんだけど、詳細はよく分かっていない。
でも、伝説の二人が認める人なんだから、相当すごいことは確かだ。トリックスターはなんでもこなしたオールマイティな人物だと噂されている。
「しかし、伝説の大賢者ですか。一度会ってみたいですね」
「もし君が会う事があれば、私にもせひ紹介してくれたまえ」
「はい。会えればですが……ははは」
「そうだね。ははははは」
いずれ大賢者を探しに旅に出てもおもしろいかもしれないなあ。
今はそんな気はサラサラないけど。俺にはやらねばならぬことがあるのだ。ふふん。
◆◆◆
一か月の月日が経つ。
俺の計画した商売はうまく回り出し、特に冒険者へ好評を博している。
街の人にも傷薬やリサイクルした「魔石クリスタル」が人気商品になっていた。全て順調そのもので怖いくらいで、「ストーム・ファミリー」の勢力圏も更に拡大し、スネークヘッドの街のおよそ三分の一は俺たちの護衛を受けるまでになっている。
落ち着いてきたところで、最近一つどうしようか悩んでいることがある。
それは、スヴェン商会のことだ。かつて世話になったルドンは元気だろうか。そういや、冒険者ギルドのギルドマスターと同じ名前だ。今まで気が付かなかった。
話は戻るが、ひょっとしたらスヴェン商会がストーム・ファミリーへ接触してくるかと思ったんだけど、今のところ彼らから音沙汰はない。
二度ほど、スヴェン商会が港での荷下ろし作業をしているところを遠目から観察したが、みんな汗水垂らして働いていて事業が継続されていることは確かだ。
あの慎重な親っさんのことだ。新しい風である「ストーム・ファミリー」がいつまで続くか分からないから踏み出せないでいるのだろう。
彼はリスクを非常に嫌う。何故なら従業員を食わせて行くことを一番に重視するからだ。少しでも安定を。これが彼のモットーである。
人情味が厚く、悪い人じゃあないことは分かっている。あの日俺へ頭を下げた彼の姿は今でも忘れられない。
よし、決めた。
スウェン商会とは接触しない。アウストラ商会とのいざこざが決着するまでルドンと会うのはよそう。
会いたい気持ちが無くなったわけじゃなく、むしろ会いたい気持ちが最近どんどん強くなっている。
しかし、彼には彼なりの判断があり「ストーム・ファミリー」へ接触しないのだ。だから、今はやめる。
港の荷下ろしなら、いくつか護衛対象になっている商会もあるんだ。アウストラ商会に不満を持っている業種であることは確実だろう。
ならば、「ストーム・ファミリー」が盤石となったその時、彼に会いに行こうじゃないか。
考えがまとまったところで、伸びをして自室から出ようと立ち上がる。
ちょうどその時、扉がノックされる。
「ストーム殿、いらっしゃいますか?」
「うん」
やって来たのは千鳥だった。
俺はすぐに扉を開き、扉口で彼と会話を続ける。
「お暇でしたらお昼でもご一緒しませぬか」
「おお、いいね。何処にいく」
「何やらオススメのものがあるとかで、蟷螂の人が持ってきてくれた料理が」
「ほう。じゃあ、執務室でいただくか」
「はいです」
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持ってきてくれた食事を俺の執務室に運び込み、来客用のローテーブルにそれを広げる。
ほう。珍しいな。米かあ。
米はこの辺りでは作っておらず、海の向こうにある王国とは別の扶余国というところから船に乗ってやってくる。
遠いところから来るので、それなりに値段が張るからあまり食べられていないのが現状だ。でもたまに食べたくなるんだよな。米ってさ。
濃い味の料理にはパンより合うと思う。
「おむすびでござる!」
「おお、千鳥は米が好きなのか?」
「大好物です!」
ホクホク顔の千鳥を見ていると微笑ましい気持ちになってくる。
米を三角形に固めた……おにぎりにおかずは極厚ウィンナーとレタスか。いいねえ。
ウィンナーは噛んだ時の肉汁がたまらないよな。エールが欲しくなるけど。昼間なんで飲めないところが辛い。
「いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせ、さっそく食べ始めた。
ウィンナーを一口サイズに切って、レタスを巻いて……口に入れる。おいしいい。
濃い味が残っているうちにおにぎりをパクリ。うんうん、予想通りバッチリ。
ん、おにぎりの中に何か入ってるな。
「すっぺええ。何これえ」
「梅干しでござるな」
「ちょっと苦手かも、これ……」
「でしたら拙者に」
「あ、それ食べかけ……」
「そのままにしておくのは勿体ないでござる!」
「あ、そうだな。でも……千鳥。勿体ないと言えば……」
俺は千鳥の顔へそっと手を伸ばし、頬っぺたについた米粒をひょいと取るとパクリ。
「な、なななな」
「千鳥も俺の食べてたおにぎりを食べたじゃないか」
「そ、そうでござった……」
なんて和気あいあいとしていたら、扉がこんこんと叩かれる。
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