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4章
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しおりを挟む「私を覚えているか?」
「…はい。」
彼女は俺から顔を逸らさずジッと俺の目を見て聞いてくる。
覚えているさ。
そんなにすぐに忘れるわけがない。
だがここの学生だとは思わなかった。
彼女はこの学校の制服を着ている。
初めて会った時は少し幼さの残る女性だと思っていたが、その格好だと年相応に見える。
「なら話は早い。
あの狼を逃したのは君だろう?」
「何のことですか?」
俺はしれっとしらを切る。
身内には弱いが他人には強い俺はツヴァイ同様大きな猫を被り本当にわからない、と言いたげな表情を浮かべる。
「しらを切る気か?」
「と言われましても…本当に何のことだかわからないんです……」
俺は申し訳なさそうな表情を浮かべて彼女を見上げる。
そう、俺は今上目使いとかいうやつをやっているのだ。
この俺がこんな…上目使いなんて使う日がくるなんて思いもしなかった。
しかも女性相手に、だ。
まぁ年齢差からして目線が違うのは仕方のないことだし、使える武器は使うべき…なのだろう。
何が何でもバレるわけにはいかないのだ。
「………。」
まだ疑っているのだろう。
ジト目で俺を見ている。
痛い、痛いです、その視線。
「ぁ、あの…」
「…すまない、私の勘違いのようだ……」
俺が困惑したように声をかけるとまだ納得はいってなさそうだがジト目で見るのはやめてくれた。
「あの狼、どうなったんですか?」
「君と別れたあと落ち着かない様子だったが暴れることなく目的地には到着したよ。」
「そうですか。
なら良かった。」
「良かった?
どこが?」
「え?」
「私はさっき逃したのは君か、と聞いたんだ。
あの魔獣は野に放たれた。
あの魔獣が村や人を襲うかまた他の人間に捕獲や討伐されるかのどちらかだろう?
それのどこが良かったと言うのだ?」
「…そうですね…でもそれは最悪な事態を想定した場合ですよね?
もしかしたら自由に野を駆けているかもしれません。
森で安全な生活をしているかもしれません。
幸せに暮らしているとしたら良かった、って思いませんか?」
彼女の言いたいことも一理ある。
だがもし俺が逃したんじゃなくて他の人が逃したとして、あの狼の幸せを願って胸を撫で下ろすのは間違ったことじゃないだろう?
彼女は俺の言葉に押し黙る。
何か考えているようだ。
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