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三章 悪女のお気に入り
②⑧
「どこでそれを知った?」
「あら、なんのことでしょうか」
「…………答えろ」
ヴィクトールの低い声が耳に届く。
しかし剣先が首に触れようとした瞬間、テネブルが短剣に巻きつくようにしてヴィクトールを止めた。
触手を尖らせて怒りをアピールしている。
つまりシャルレーヌを傷つけるなということを言いたいのだろう。
「テネブル、わたくしは大丈夫ですわ。むしろ……」
シャルレーヌはヴィクトールの剣を掴んでいる手を掴んで自分の方へと引き寄せた。
剣先がシャルレーヌの細い首に食い込んでいく。
ヴィクトールは反射的に距離をあけようとするが、その手が動くことはない。
ヴィクトールもシャルレーヌがここまで力が強いと思わずに戸惑っているようだ。
「おい! 手を離せ」
「うふふ、陛下こそこのまま力を抜いてくださいませ」
「……何を!」
「どうぞ最後まで突き刺してください」
さすがのヴィクトールにも焦りが滲んでいた。
シャルレーヌは微笑みつつも、力を緩めることはなかった。
このままでは間違いなく短剣が首を突き抜けてしまう。
「くっ……!」
「……ふふ」
もう少しで皮膚を突き破る、そんな時だった。
テネブルがプルプルと震え出し、ガバリとシャルレーヌの頭を覆うように被さってしまった。
シャルレーヌは手を離してしまい、カランカランと短剣が床に落ちた。
(残念……テネブルに邪魔されてしまいましたわ)
視界は真っ暗の闇の中、ひんやりと冷たいものが顔を包み込む。
いつまで経っても離れてくれないため、呼吸ができないと軽くテネブルを触れる。
何度か叩いてアピールすると、ずるずると這いずるようにして離れてくれた。
「ぷはっ……! 苦しいですわ。もう、テネブルは少々強引なところがありますわね」
テネブルは触手をブンブンと横に振っており、シャルレーヌのことを心配しているようにも見えた。
それを見たヴィクトールは目を見開いたまま固まっている。
テネブルの行動に何か思うところがあったのかもしれない。
「あらあら、かわいい子」
「…………」
「ふふっ、びっくりしたのよね。ごめんなさいね」
テネブルは怒っているのか、今度は触手を縦に揺らし始めた。
ヴィクトールはいつのまにか短剣を拾い上げて、シャルレーヌに警戒するような視線を送っているではないか。
シャルレーヌは何事もなかったかのように髪を整えていた。
「何を考えている……?」
「あら、陛下はわたくしを殺そうとしたのではないのですか?」
「殺そうとはしていない。ただ少し動揺して……脅そうとしただけだ」
ヴィクトールの意外な言葉にシャルレーヌは目を見開いた。
歯切れの悪い言葉にシャルレーヌは吹き出すようにして笑う。
「クソ……サンドラクト国王の言った通りだな」
「やはり陛下はお父様と取り引きをしたのですね。そんなことだろうと思っておりましたけれど。でなければナリニーユ帝国に嫁げなんて言うことはありませんもの。お父様ったら、ご迷惑ばかりおかけして……」
ヴィクトールになんらかの条件を出して掛け合ったのだろう。
(まぁ、わかっていたことですけれど。厄介なことを押し付けられて可哀想ですわねぇ)
ヴィクトールは最初からシャルレーヌと距離をとり、警戒していたように思う。
突拍子もないことばかりなため彼が戸惑うのも無理はない。
「陛下は随分とお優しいのですね」
「俺が優しい……だと?」
「えぇ、そうですわ。わざわざテネブルを迎えに来たり、わたくしの行動を止めたり、お優しいですわ」
「……意味がわからない」
ヴィクトールの表情は険しいままだ。
「それとわたくしを脅すのは無意味だとわかっていただけましたか?」
「…………」
黙ってこちらを睨みつけるヴィクトール。
これ以上話をしても仕方ないため、ここは文化の違いということにしておこう。
「…………変な奴だな」
「まぁ! ありがとうございます」
「褒めたつもりはない」
それから部屋に沈黙が訪れた。
手持ち無沙汰になったシャルレーヌはテネブルを撫でながらいつもの遊んでいた。
しかし明らかにヴィクトールは苛立っている。ここは空気を読んでテネブルに声をかけた。
「テネブル、そろそろお別れしないと。陛下が寂しがっておられますわ」
「……おい、まだ話は終わってないぞ?」
不満気なヴィクトールを見て、シャルレーヌはクスッと笑った。
「こんな真夜中にわたくしの部屋をそんな格好で訪れて、他者が見たらどう思うのでしょうか」
他の妃たちより先にシャルレーヌの元へ訪れたとなれば、大騒ぎになるはずだ。
シャルレーヌの口角がどんどんと上がっていく。
(これを広めて引っ掻き回すのもおもしろそうですわね)
だが、まだその時ではない。
今は何もないままヴィクトールには帰ってもらわねばならない。
「他の妃に勘違いされたらどうするのです? 立場が悪くなるのは望んでいないのでは?」
「…………!」
「あら、なんのことでしょうか」
「…………答えろ」
ヴィクトールの低い声が耳に届く。
しかし剣先が首に触れようとした瞬間、テネブルが短剣に巻きつくようにしてヴィクトールを止めた。
触手を尖らせて怒りをアピールしている。
つまりシャルレーヌを傷つけるなということを言いたいのだろう。
「テネブル、わたくしは大丈夫ですわ。むしろ……」
シャルレーヌはヴィクトールの剣を掴んでいる手を掴んで自分の方へと引き寄せた。
剣先がシャルレーヌの細い首に食い込んでいく。
ヴィクトールは反射的に距離をあけようとするが、その手が動くことはない。
ヴィクトールもシャルレーヌがここまで力が強いと思わずに戸惑っているようだ。
「おい! 手を離せ」
「うふふ、陛下こそこのまま力を抜いてくださいませ」
「……何を!」
「どうぞ最後まで突き刺してください」
さすがのヴィクトールにも焦りが滲んでいた。
シャルレーヌは微笑みつつも、力を緩めることはなかった。
このままでは間違いなく短剣が首を突き抜けてしまう。
「くっ……!」
「……ふふ」
もう少しで皮膚を突き破る、そんな時だった。
テネブルがプルプルと震え出し、ガバリとシャルレーヌの頭を覆うように被さってしまった。
シャルレーヌは手を離してしまい、カランカランと短剣が床に落ちた。
(残念……テネブルに邪魔されてしまいましたわ)
視界は真っ暗の闇の中、ひんやりと冷たいものが顔を包み込む。
いつまで経っても離れてくれないため、呼吸ができないと軽くテネブルを触れる。
何度か叩いてアピールすると、ずるずると這いずるようにして離れてくれた。
「ぷはっ……! 苦しいですわ。もう、テネブルは少々強引なところがありますわね」
テネブルは触手をブンブンと横に振っており、シャルレーヌのことを心配しているようにも見えた。
それを見たヴィクトールは目を見開いたまま固まっている。
テネブルの行動に何か思うところがあったのかもしれない。
「あらあら、かわいい子」
「…………」
「ふふっ、びっくりしたのよね。ごめんなさいね」
テネブルは怒っているのか、今度は触手を縦に揺らし始めた。
ヴィクトールはいつのまにか短剣を拾い上げて、シャルレーヌに警戒するような視線を送っているではないか。
シャルレーヌは何事もなかったかのように髪を整えていた。
「何を考えている……?」
「あら、陛下はわたくしを殺そうとしたのではないのですか?」
「殺そうとはしていない。ただ少し動揺して……脅そうとしただけだ」
ヴィクトールの意外な言葉にシャルレーヌは目を見開いた。
歯切れの悪い言葉にシャルレーヌは吹き出すようにして笑う。
「クソ……サンドラクト国王の言った通りだな」
「やはり陛下はお父様と取り引きをしたのですね。そんなことだろうと思っておりましたけれど。でなければナリニーユ帝国に嫁げなんて言うことはありませんもの。お父様ったら、ご迷惑ばかりおかけして……」
ヴィクトールになんらかの条件を出して掛け合ったのだろう。
(まぁ、わかっていたことですけれど。厄介なことを押し付けられて可哀想ですわねぇ)
ヴィクトールは最初からシャルレーヌと距離をとり、警戒していたように思う。
突拍子もないことばかりなため彼が戸惑うのも無理はない。
「陛下は随分とお優しいのですね」
「俺が優しい……だと?」
「えぇ、そうですわ。わざわざテネブルを迎えに来たり、わたくしの行動を止めたり、お優しいですわ」
「……意味がわからない」
ヴィクトールの表情は険しいままだ。
「それとわたくしを脅すのは無意味だとわかっていただけましたか?」
「…………」
黙ってこちらを睨みつけるヴィクトール。
これ以上話をしても仕方ないため、ここは文化の違いということにしておこう。
「…………変な奴だな」
「まぁ! ありがとうございます」
「褒めたつもりはない」
それから部屋に沈黙が訪れた。
手持ち無沙汰になったシャルレーヌはテネブルを撫でながらいつもの遊んでいた。
しかし明らかにヴィクトールは苛立っている。ここは空気を読んでテネブルに声をかけた。
「テネブル、そろそろお別れしないと。陛下が寂しがっておられますわ」
「……おい、まだ話は終わってないぞ?」
不満気なヴィクトールを見て、シャルレーヌはクスッと笑った。
「こんな真夜中にわたくしの部屋をそんな格好で訪れて、他者が見たらどう思うのでしょうか」
他の妃たちより先にシャルレーヌの元へ訪れたとなれば、大騒ぎになるはずだ。
シャルレーヌの口角がどんどんと上がっていく。
(これを広めて引っ掻き回すのもおもしろそうですわね)
だが、まだその時ではない。
今は何もないままヴィクトールには帰ってもらわねばならない。
「他の妃に勘違いされたらどうするのです? 立場が悪くなるのは望んでいないのでは?」
「…………!」
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