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四章

④③

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アシュリーはギルバートと共に馬車に乗り込んでから体を震わせていた。
その両手は顔を覆ったままだ。


「アシュリー……」

「……っ、ふ」

「…………困った子だ」

「っ、……」

「もう我慢しなくていいんじゃないかな?」


ギルバートは優しく微笑みながら、アシュリーの頭を撫でていた。
暫く経つとアシュリーは顔を覆っていた手のひらを外す。


「フフッ、あははっ……!」

「笑い過ぎだよ、アシュリー」 

「だってぇ……!ああ、おかしいッ」

「そうだね」


目に浮かぶ涙をそっと拭ったギルバートは、腹を抱えて笑う姿を見て安心したように息を吐き出した。


「こんなに計画通りにいくなんて思わないでしょう?」

「……そうだね」

「もう壊れはじめていたのね。呆気ないわ」

「あぁ……徐々に崩れているようだね」

「それもそうよね。わたくしとあの子は真逆だもの。そうなって当然よね!ふふっ……あはは」


アシュリーは真っ赤な唇を歪めた。
先ほどまでは濡れそぼっていたはずの目は血走っていた。

会場に入った時のオースティンの顔を思い出す。
恐らく無意識なのだろうが、まるで母に縋る子供のようにアシュリーを見ていた。
命が脅かされて恐怖に怯えている。
だから助けてほしい……そんな表情に見えた。

そんなオースティンを目の当たりにして、もう崩壊がはじまったのだと確信を持った。
ユイナの力がなくなっていることに気づいて焦りはじめている。
それからアシュリーの予想通り、オースティンの病が再発したのだろう。

アシュリーが離れてから半年ほど経つだろうか。
オースティンに会っていたギルバートも「時間の問題だろうね」と言っていた。
このままいけば、彼の言葉通りになりそうだ。

サルバリー国王はアシュリーを頼ることができない。
ユイナさえいれば大丈夫だと最終的に判断を下したのはサルバリー国王自身なのだ。
今更、アシュリーに縋ることはできるはずもない。
サルバリー王国の状況など、今のアシュリーにはまったく関係はないことだ。

サルバリー国王と王妃は歯痒いのか、こちらの様子を窺うようにアシュリーを見ていた。
オースティン同様、何かを求めるような視線を向ける。
絡みつく欲の伴った視線は不快だった。

そんな三人に対してアシュリーは今が最高に幸せだと、この国にいたことが不幸だったのだとユイナを通じて伝えたのだ。
そして……こんなにもあなたたちを恨んでいる、と。

アシュリーが簡単に手出しできない立場にいるのもあるが、プライドの高いサルバリー国王と王妃、オースティンのことだ。
あれだけのことを言っておいて、再び頼むことはできないだろう。


「……本当に目障りで嫌になるわ」

「けれどアシュリーの計画通りなんだろう?」

「えぇ、そうよ。今日はあの人たちが恥をかいている姿を見ることができて満足だわ」

「アシュリーに喜んでもらえたのなら良かったよ」


ギルバートは嬉しそうにアシュリーの手の甲に唇を寄せた。
彼は本当にいい働きをしてくれる。
アシュリーの望むように動き、すべての脅威から守ってくれている。
ギルバートと結婚してからアシュリーは久しぶりに幸せを感じていた。
今までがおかしかっただけなのだが。

アシュリーはペイスリーブ王国を守るために自ら進んで力を尽くしていた。
それが苦ではない。
誰かのためでなく自分の気持ちを優先して動いている。
国民たちもアシュリーに寄りかかるばかりでなく互いに補い合っている印象だ。

サルバリー国王はどうしても『聖女』の力に頼りたいらしい。
今もユイナの力に頼りきりで、動こうとはしない。
本当はこんなことをしている場合ではないのに、見栄を優先している。
ペイスリーブ王国のように武力を強化して、国民を守ろうとは思わないのだろうか。
今、ユイナの負担やプレッシャーは計り知れないものだろう。

(相変わらず、人を道具としか思っていないのね)

今までエルネット公爵家でアシュリーの元に押し掛けていた貴族たちはユイナの力を求めて王宮に殺到したそうだ。
そしてユイナが治療を施せば施すほどに、その噂が広がっていく。
今まで通り魔獣と病に怯えない暮らしをと、必死に王家に訴えかける。

そうして王家がユイナを出し渋れば不信感が募る。
ユイナの力を王家が独り占めしていると思うようになれば、お願いが一転……容赦ない攻撃へと変わっていく。
自分の命が掛かっているからこそ、形振り構ってはいられない。
サルバリー王家は焦りユイナの力は消えていく。
衝突は大きくなり、齟齬が生まれる。
簡単に歯車は軋んで動かなくなっていくだろう。


「すべてあなたが土台を固めてくれたおかげだわ」

「僕はアシュリーが言ったままに動いただけだよ」

「それでもよ……あなたの力なしでは無理だったもの」

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