徒花の先に

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第二十九話 満月①

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※アラン視点




 軍の準備が整ったとの連絡が入り、帝国までのイライアスの世話などを部下に一任する。
 ……さていよいよだ。
 外に出ると、夕陽に空が真っ赤に染まっていた。まるでイライアスの瞳のようで美しい。見惚れていると、長い影が俺の横に並ぶ。
「綺麗だな」
「……ああ」
 しばらく二人で夕陽を眺めた後、未だ眺め続ける俺にイェルクが事務的に言う。
「こっちももう既に軍の準備は整ってる。いつでも動けるぞ」
「……分かった。ではすぐに出発させよう」
 そう聞くや否や颯爽と離れていこうとするイェルクに「ああ待ってくれ」と彼を止める。
「君とイライアスには言い忘れていたんだが、俺は王国の復興の方針をあらかたここで決めるから一日ここに残る。イライアスにもそう言っておいてくれ」
「分かった」
「それと……」
 ポケットからガラスで出来た花を取り出し、イェルクに返す。
「世話になった。おかげで随分イライアスの体調も良くなった」
「ああこれか」
 イェルクが受け取った花をくるくると指先でいじる。
 イライアスには御守りと教えたが本当は違う。それは魔法を使えない俺がイェルクに頼んで、もらった魔道具だった。
 その魔道具は俺がイライアスから魔力を吸い上げるための補助のような役割を果たす。魔道具がイライアスの魔力を吸い上げ、それを俺に送り、俺が全身をもって受けとめる。
 そうして体を暴れ回る魔力からイライアスを守っていた。
 魔力を溜めるという魔道具もあったが、貴重で数が少なくイライアスの溢れる魔力を吸いきれないということで却下となった。
 イェルクが花から鋭い視線を俺へと向ける。
「随分とアイツの体調が良さそうだったな。使い過ぎないよう忠告はしたはずだが、お前一体どれだけ使ったんだ?」
「…………」
 それに答える必要はないだろう。俺の運命は既に決まってる。使い過ぎようがいまいが、運命が決まっている以上自身の体のことなどどうだっていいことだ。
「……意外だな、お前がそのような心配をするとは。だが今は俺の心配より自分の心配をした方がいい。イライアスに結婚の申し込みをするのだろう?」
「あくまで形だけのものだがな。結婚って言っておいて本当は療養のようなものだ」
「だが結婚は結婚だ。なら機会は慎重に窺うべきだな。『イライアスとの婚姻』。頼みを聞いてもらいはしなかったが、狂った俺の目を覚まさせてくれたお礼だ。お前との約束は必ず守る。父上もなんとかして説得したんだ。最後はイライアス次第。……しくじるなよ」
「言われなくたって心得ているさ」
 イライアスのことを想うと心配で仕方なくなる。けれど俺にはイェルクを信じることしか出来ない。
「……イェルク、弟のこと頼むぞ」
「ああ勿論だ」
 俺が真剣な眼差しでそう言うとイェルクも俺と同様の眼差しでそう返す。
 満月の夜までイェルクが来なかったら俺はイライアスだけでも戦場から逃がすつもりだった。しかしイェルクはイライアスのために駆けつけた。その揺るぎない彼の心を俺は信じよう。
「イライアスは果物が好物だ。特に太陽の光を存分に浴びたオレンジがな。嫌いなものは長い戦場生活で特にないが、辛いものは少し苦手だ。あちらで食事を出す時は気をつけてくれ。それとイライアスは野に咲いているような名もない花を好む。体の調子がいい時は整えられた庭園もいいが、ただ外を散歩するのもいいだろう。勿論、風邪を引かないよう外套を羽織らせるなどして充分気をつけることだ。薬に関しては幼少からの記録を残しているからそれを後ほど渡させよう。それから──」
「おいおいおい。弟を想う気持ちは分かるが、そんないっぺんに言わなくても帝国についてからでもゆっくり教えてくれてもいいんじゃないのか」
 確かに俺に時間があればそうしたろうが、もう今は残り少ない。イライアスについて知っていることは全てイェルクに託しておきたいが、伝えるべきことだけ伝えた方が彼の頭にも残りやすいか。
「……ああそうだな。だがこれだけは重要だから今言っておこう」
 俺の言葉にイェルクが真面目な様子で耳を傾ける。
「イライアスの性格はどんなものか知っているか?」
 思いもよらない質問にイェルクが目を丸くする。
「なんだよ重要って言ったから義兄として何か言われるんじゃないかと身構えちまったじゃないか」
 不満を漏らすも、イェルクは笑みを浮かべ楽しそうに話し始めた。
「イライアスの性格? ああ勿論知ってるさ。無愛想でいつも眉間に皺を寄せてておまけに目的のためなら手段を問わない冷酷さもある。……けれど敵の中に一人突っ込むほどに気高い精神もあれば仲間を思いやる心もある。冷酷さも裏を返せば身内のため。アイツは本当に愛情深いいい奴だよ。それにかわいいところもあってよ。俺に対して無愛想さに磨きがかかるのにふと本音が見え隠れするんだ。そこがかわいくてかわいくて思わず悶えそうになるんだよ。そんでよ──」
「…………」
 イライアスといる時間が余程楽しいのだろう。口調は加速し、永遠とイライアスのかわいさを説明する。彼の笑顔は新婚の夫婦より好きという感情が分かりやすいほどに伝わってくる。
 彼は完璧にイライアスを理解していた。一つを除けばだが。何も返事をしないでいるとイェルクが訝しげに首を傾げる。
「あれ? なんか俺間違ったこと言ったか?」
「いや一言一句その通りだ」
「だよなぁ」
「しかし欠点として一つ欠けている」
「欠点?」
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